シェフのお気に入りですわ~!!
「別に、毒なんか入っちゃいねえよ」
いかつい顔をした料理人の方がオルフェットへ供したシチューを掬って自身で味わっています。
まるで毒物の類いを恐れぬその様子に、わたくし達もようやく状況を正しく飲み込めました。
「申し訳ございません~! わたくし、すっかり勘違いしておりましたわ~!!」
「僕も、すみません。まさか料理長とは知らず、失礼な事を……」
「分かってくれたなら俺は別にいいさ」
勝手な想像を膨らませてオルフェットの周囲にいた人達を悪者扱いしてしまう所でした。
そして、このいかついお顔のお方こそがこの厨房の料理長を任されているダルクバルクさんだったそうなのです。
寛大な人なのか、わたくしとアッシュの事はお許しくださるようでした。
「……おし、今日の味も完璧だな。さ、食ってくれ」
「わぁ、いただきます」
「それで~……どうして皆様はオルフェットを囲んで料理を食べさせていますの~?」
自分でシチューの出来を確認した料理長がオルフェットに再度シチュー皿を渡す姿に、わたくしは確認の意味も込めてそれを問いました。
すると、彼の周囲の料理人たちが次々に口を開きます。
「いやぁ、なんか放っておけないっていうか」
「親戚の子に似てる気がするんだよな。そのせいかいい物食わせてやりたい、って思うんだよな」
「美味そうに食ってくれるからなぁ。正直今までで1番作り甲斐を感じてるよ」
「……やっぱり、またオルフェットは気に入られてましたのね~」
「え、また?」
反乱軍でもそうだったように、料理人の方々はオルフェットになにか特別なものを感じているらしく、口々に好意的な言葉を発しています。
まだ小さい子供ですから、そういうのも相まって惹き付けられているのかもしれませんけれど、ここまでくると彼には何かそういって才能があるのではないかとも思えてきました。
「それで料理長さんまでオルフェット君にメロメロになっちゃったんですね」
「へっ、馬鹿言ってくれるな。こんな坊主にゃ惚れるわけないだろうよ」
カトレアにはそう仰いますが、彼が持って来ていたシチューはてんこ盛りになっています。
「そんな事いって料理長、俺達が作る予定だったビーフシチューいきなり自分で煮込み始めたじゃないですか」
「手前ぇらが仕事サボんねえように代わってやったんだよ!! いいから残りの仕込みも終わらせて来い!!」
ダルクバルクの一喝でオルフェットを囲んでいた人々は自分の持ち場へと逃げるように去っていきました。
そして、彼はオルフェットがお手製のシチューを頬張っていくさまをじっと睨むように見ています。
「……ダルクバルク料理長。オルフェットの事、気に入ったんですか?」
「別に。正直何とも思っちゃいねえが、俺に孫がいたらこんな気分なのかって思うぐらいだな」
「……それはとても高評価なのでは~?」
「最上級くらいに気に入ってますよね」
表情からは想像もつきませんが、料理長もオルフェットの事は大事に想ってくださっているようでした。
直接言うと怒鳴られてしまうかもしれないのでカトレアとこっそり囁き合うだけですが。
「どうだ坊主、美味いか?」
「うん! お肉も野菜も、全部とろとろで……すっごく美味しいです」
「そうか。デザートもあるから、それ食ったら早速包丁の使い方から覚えてもらうからな」
「デザートもありますのね~……」
「欠片も早速という感じが無いですね」
ロズバルトとオルガスが戦っている間、彼は厨房の皆様から好待遇を受けていたようです。料理人の仕事を教えるのもそこそこに腹ごしらえとは……あやうく死んでしまう所だったロズバルトが聞いたら泣いちゃうかもしれません。
「ダルクバルク料理長? オルフェットの事もの凄く気に入ってますよね??」
「しつけえぞ、んな事ねえってさっき言っただろうが。……で、お仲間の様子見はもう十分か?」
アッシュの追及を難なくはねのけ、料理長はわたくし達に聞いてきます。
上手くやれているがどうか心配でしたが、料理長であるダルクバルクからもこれだけ歓迎していただけているなら大丈夫でしょう。
あんまり長居してお料理の邪魔をしてもいけませんから、わたくし達もそろそろ退散する頃合いかもしれません。
こちらをちらりと見るアッシュに頷きを返すと、それで言いたい事は伝わったようでダルクバルクの方へ向き直ります。
「……はい。優しくしてもらえてるようなので、安心しました」
「優しく、ねえ。先に言っとくが、ココは厳しいぜ。腹を空かせた貴族連中を満足させる食事を作るための場所なんだから、使える人手は何でも使う。ここでは子供だろうが情けも容赦もかけやしねえ」
「あっ、あふい……」
「坊主、そういう時はスプーンで具を割って冷ましてやるんだ、こうやって。そうすりゃ自然と熱も逃げてくんだぜ」
「ダルクバルク料理長、さっきなんて言いました?」
「ここでは子供だろうが情けも容赦もかけやしねえ。他の大人共と平等に扱うから、叱りつけたからって文句は言わせねえぞ」
特に言い淀む姿勢すらなくオルフェットのシチューの中の大きい具を崩しながら厳格な料理長の表情を彼はアッシュへと向けてきます。
スパルタっぽく聞こえはしましたが、これなら心配はいらなさそうですね。
「さ、もう用が無いなら帰りな」
「待ってください料理長さん! 私もお腹空いてるから、何か食べる物くれませんか?」
追い返される直前、カトレアが手を挙げてお願いしました。
オルフェットの様子を見るついでに少し何か食べさせてもらいましょう、とは話していましたからね。わたくし達も彼のように何かお出ししていただけるでしょうか?
「やるわけないだろう。俺達だって配膳が終わるまではメシ抜きなんだからな」
「ダルクバルク料理長……」
何も言わずオルフェットを指差すアッシュでしたが、料理長は知らんぷりをしていました。
「え、料理長さん、ご飯食べてないの?」
「坊主が気にする事じゃねえよ。お前はゆっくり味わって喰え」
「……姉さん、あの人操られてたりする?」
「い、いえ~。多分オルフェットにはそういう力はないかと~……」
不安に駆られたアッシュが確認を取ってきますが、あの子は何の力も持たない子供のはずです。
もしかすると人を魅了する才能のようなものはあるかもしれませんけれど、どちらかといえばオルフェットの周囲の方が優しい人だっただけではないでしょうか。
まあ、いずれにしてもこの調子ならいじめられたりはしないで済むと思います。オルフェットの安全も確認できましたし、本日はこんなところで厨房から去る事にしたのでした。




