厨房ですわ~!!
「ひどーい……せっかく増やせたのにー……」
決闘で違法に稼いだ貨幣を取り上げられ、カトレアはすごく残念がっていました。
ロズバルトが大将軍に就任したのを報せるために皇都の帝国兵駐屯地へ顔を出して回るそうだったので、わたくし達3人は陛下と別れて訓練場を後にしていく所です。
「この上なく温情ある措置だったと思うけど……。没収されたのは配当だけだし、それ以外のお咎めだってなかったんだから」
「それはそうかもですけど、折角ロズバルトさんのために使おうとしてたんだからそれくらいの分は残してくれてもよかったと思いませんか!?」
「ま、まあ~きっと陛下もその時にはお金を出して下さるでしょうから~」
カトレアから取り上げたお金ですが、別に元の持ち主には返されませんでした。
元々決闘に賭けてはいけなかったようですし、そこは陛下も「自業自得だ」と思ってるのかもしれません。
ちなみに没収されたお金はロズバルトの装備の新調に使うそうです。大将軍として、立派な装いにしなくてはいけないとの事でしたから。
余ったら、ちょっとくらいはお祝いにも使ってくださるかもしれません。
「頑張ってロズバルトさんが放ってるっぽく炎の出し方とか調整したのになぁー……。ああいう細かい操作ってあんまりしないから、神経使ってお腹減ってきちゃいました」
「あら、でしたら厨房へ行ってみましょう~! オルフェットの様子も見ておきたいですし~!」
空腹を覚えたカトレアに、わたくしはそれならば、と提案しました。
陛下の命を受け、食事に毒が混ぜられていないかを確認するため厨房へ送り込まれたオルフェット。
彼がどうなっているか、ちょうど気になっていた所だったのです。
「いいかもね、あの子が馴染めそうかも気になるし」
「ではオルフェットの所に行きましょう~!」
「他の人と仲良くできてるといいですね。……何作ってもらおうかな」
「献立は決まってると思うからそんなに選べたりはしないはずだけど」
そういうわけで、3人でオルフェットの働いている厨房へ行くことにしたのでした。
「まあ~。大忙しですわね~」
様子見を兼ねて訪れた厨房は、どうやら最も稼働し出す時間帯だったようで料理人の方々がせわしなく動き続けていました。
カトレアだけでなくわたくしもお腹は減ってきていた所ですし、食事時なわけですから当然と言えば当然ですね。
「これは出直してきた方がよろしいのかしら~……」
「……そうでもなさそうですよ」
お城で暮らす方々、特に皇帝陛下などの帝国の重鎮のお食事もここで作られています。もしもそれが作れなかったり、量が少なかったりしたら怒られてしまうのは彼らになってしまいます。
無理に何か食べ物を頂かずとも少し待っていたらご飯の時間になりそうですし、オルフェットの様子だけ見て帰ろうかな、と思っているとカトレアが厨房の奥に視線をやりました。
色んなお鍋から立ち上る湯気と煮込まれたお肉の香りが漂うその向こう側、オルフェットの頭がわずかに見えます。
「あら、あんな所に~。大丈夫かしら、いじめられたりとかしてませんこと~?」
「よく見えないけど……そんな感じではなさそうじゃない?」
他の方に比べて、オルフェットは動いていないようでした。一か所でじっとして、何かに座ってるのかもしれません。
「んー……なんだか前にも見た光景のような」
カトレアは既視感を感じているようですが、わたくしには彼がどうなっているのか気になって仕方がありません。
お料理中の皆様の邪魔にならないように隙間を縫ってオルフェットの所へ向かいます。
「……よし、次は今日のメイン料理、ビーフシチューだ」
わたくしが思った通り、オルフェットは厨房奥のテーブルに座らされていました。周囲を複数の料理人に囲まれ、そこは厨房の中でも特に神経が張り巡らされているかのような緊張感が漂っています。
その中心、オルフェットはいかついお顔の壮年男性がコトリと置いた深皿を差し出された瞬間だったようです。
「これは~……オルフェット、お仕事中ですのね」
なみなみとお皿の中に注がれたブラウン色の液体。お肉、玉ねぎ、にんじんなどの具材がごろごろと入ったそれを見て、わたくしもこわばります。
彼はわたくし達が食べるためのお食事の中に毒物が仕込まれていないかを確認するための役、毒見を任されているのです。
陛下が言うにはただ見張るだけだったはずなのですが、オルフェットは新入り。もしかすると無理矢理危険な役目を押し付けられてしまったのかもしれません。
「毒見か。簡単な解毒なら僕にもできるけど、不安だな……」
「いや、その割にはちょっと量が多くないです?」
はらはらした顔のアッシュとは違い、カトレアは冷静にそんな事を言っていました。
……言われてみると、単なる毒物の確認にしては大盛りです。お皿からこぼれる寸前まで盛られていますし、具もやけにたくさんあるような。
「――! おい、なんだお前らは!?」
こっそり見守っていたつもりでしたが、いかつい男性がわたくし達に気付いてしまったようです。
テーブルを囲んでいた方々が一斉にこちらを見て、後ろで料理をしている方の視線も……集まりましたが、こちらはすぐに調理へと戻っていきました。
「あっ~! わ、わたくし達は、その~!」
「……ん、あんた、陛下の付き添いの奴か。何しに来た」
言い訳を考えようとした時、いかついお方はアッシュの方を見てすぐ怒気を収めてくれました。
「……僕はここに派遣されて来た仲間の様子を見に来ただけだ。姉さ、次期皇帝陛下と共に」
「次期皇帝? ……ああ、そういや陛下がそんな話してたっけな」
「あ、フィアラ様」
オルフェットの方もわたくし達の存在に気付き、こっちへ顔を向けてくれました。
とってもキラキラしていて、すごく嬉しい事でもあったみたいです。
「フィアラ様? なんだ坊主、知ってるのか」
「うん。あの人が……フィアラ様が、僕の主なんだよ」
「はぁ、主ね。そんじゃ坊主はあれに飼われてるのかい?」
「か、飼っているというわけでは~~~~!!」
とんでもない事を言われてびっくりしてしまいます。身寄りもない子ですし、一緒に行動を共にしてその身を預かる形ではあるかもしれませんが、飼育だなんてそんなつもりは。
「……冗談だよ」
「し、心臓に悪い冗談はおやめくださいまし~……」
流石にオルフェットのような小さな子供にそのような事をする趣味はございません。
まあ本当にそう思っていらっしゃる訳ではなさそうだったのでひとまずわたくしは胸を撫で下ろしました。
「それより、そのオルフェットにどうして毒見なんてやらせてるんだ。そういう話があったのかもしれないけど……僕も見てて気分はあまり良くなかったぞ」
わたくしに代わり、アッシュがいかつい方を問い詰めてくれました。オルフェットがさせられている事は陛下の説明とは少し食い違う部分がありますからね。
ですが、彼は周囲の料理人と共に首を傾げてみせるだけでした。
「毒見? そんな事させちゃいないよ」
「……今やっていたばかりじゃないか。現行犯だっていうのにしらを切るのか!?」
「あー、アッシュ君。多分そのおじさんの言ってる事、本当ですよ」
何の事かわからない、という雰囲気の彼にアッシュは声を荒らげましたが、なんとカトレアが向こうの言い分を支持します。
「なっ、なんでそんな事言いきれるのさ! オルフェットが無理矢理毒見をやらされてるかもしれないだろ!?」
「アッシュ君は知らないかもですけど、これと似たような状況に覚えがあるんですよ。ね、フィアラさん」
と、彼女はわたくしへ話を振ってきました。それってつまり、わたくしも心当たりがあるという事でしょうか?
でもそんな事あったかしら。オルフェットがたくさんの人に囲まれて、食事を出されていて……。
あ、そこまで順に考えてわたくしも思い出しました。
「……もしかしてオルフェット、毒見とかではなく普通にご飯をご馳走になってますの~……?」
確かめるように聞くと、彼はえへへと声を漏らしました。
「うん。料理長さんから味見、任されてたんです」
「あ、味見……!?」
未経験の状況に、アッシュだけはまだ理解が追い付いていない様子で戸惑っていました。




