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魔力無しで家を追放されて婚約も破棄された令嬢が炎の魔女様と共に帝国の皇帝となるまで~けれど、皇帝陛下はわたくしを愛していらっしゃったそうですわ~  作者: カイロ
後編 フィアラ戴冠編

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懐疑の瞳ですわ~!!

 皇都周辺に残されたレゼメルの破壊から遠く離れるような場所へわたくし達はやってきました。

 「避難している者がいるとすればこの辺りだろう」と陛下が当たりを付けていたのですが、その読みは見事に当たっていたようです。

 わたくし達が訪れた場所にはまばらに人の往来があり、先頭に立って歩く陛下の姿を見るや人々は驚きと歓喜の表情で次々に集合してきました。


「陛下!? なぜリゲルフォード陛下がここに……討たれた、とお聞きしておりましたが……!」

「一時、死にかけはした。どうにか生きながらえる事は出来て、俺はここへ戻って来た次第だ」

「おお……!!」


 やはり皆様、陛下が紅蓮の聖剣の力で殺されてしまったと思っていたようです。

 レゼメル本人が宣言でもしたのか、誰も彼もが暗い顔をしていましたが傷一つない陛下のお顔を見るや、瞬く間に活気が溢れかえります。


「では、あの炎を纏った魔術師は!? 奴の姿、確か先日陛下にお付きになったアッシュとかいう男だったはずですが!」


 怒りを帯びた声で弟の名を出され、わたくしの体が思わずビクリと震えます。

 やはりあの子の姿を目撃した者はいるようで、アッシュが陛下を殺害しようとしたという状況へ強い憎悪を抱いている方が多いのではないでしょうか。

 そんな不安を覚えたわたくしの前に、陛下は立って軽く視線をくださいました。「心配はするな」、そう言ってくださっているような気がします。


「あれは邪悪な力を持つ剣に心を奪われ、体を操られていただけだ。あまり責めてやるな」


 レゼメルの名前は伏せながら陛下は説明します。形状はともかく、その聖剣の名はリズモール様の使った剣として有名ですから、余計な憶測を避けるための措置なのでしょう。

 話を聞き、民衆の1人が考え込みながら声を上げました。


「剣に操られて……。ですが、それならばそんな危険な物を手にしようとした事そのものが間違いなのでは?」

「そうだな。俺もあんな剣をアッシュに発掘させたのは間違いだったと悔いている。……やはり、お前達も俺に責があると考えてくれるわけか」

「えっ!? そ……そうでしたか。であれば、我々もあまり強くは言えませんね」


 原因が陛下自身にあると分かるや、アッシュへ向けられていた負の感情が途端に薄れていくのが分かりました。


「うわー、分かりやすい手のひら返しですね。どうします、フィアラさん? こっそり焼っちゃってもいいですけど」

「絶対ダメですからね~」


 囁いてくるカトレアに小声でしっかりなだめます。気持ちの上では少しくらい懲らしめてやりたくもないですけれど、絶対やりすぎる気がするのでここは我慢です。大切なベラスティアの民ですからね。


「剣の始末も俺達が付けておいた。だからアッシュの事は許してやってくれ。全ては俺の責任だ」

「へ、陛下自らが!? い、いえ……そういった顛末であれば、このベラスティアに陛下もアッシュも非難する者は1人としておりませんでしょうが」

「そうか。ならば俺としても有難い事だ。……それと訂正をするが、事態を解決したのは正確には俺ではなく、彼女だ」


 そう言うと陛下は体をずらし、ひそひそ話をしていたわたくし達を避難していた方々に手で示しました。

 確かに、レゼメルを打ち倒したのはカトレアでしたからね。


「紹介しよう、邪悪なる剣を破壊し、アッシュを救い出した者……フィアラだ」

「そうですわ~、わたくしが拳で剣を砕き、アッシュを……。はい~?」


 なんと、陛下が上げた名前はカトレアではなく……わたくしの方でした。


「わ、わたくしですの~~~~!?」

「さっきそういう話皇帝さんがしてましたよ」


 そ、そうだったでしょうか。周りに聞こえないよう補足してくれるカトレアですが、まるで覚えがありません……。もしかして彼女から手袋を受け取った時に陛下がそんなお話しでもしていたりしました?

 どうしましょう、そういえば「わたくしの存在をアピールする」というような事も言っていましたし、これもその一環なのかもしれません。

 カトレアの手柄を奪ってしまうような形ですが、彼女自身は気にした様子を見せません。そういうものに興味がないのでしょうか。

 ともかく、いきなりそんな大手柄を立てた人として扱われるなんて思いもしませんでしたので、ものすごく動揺してしまいます。


「フィアラ……?」

「ご、ごきげんよう皆様方~。フィアラですわ~」


 避難民の方々も疑うような目でわたくしを見てきます。こんなに沢山の方に注目していただける機会なんてあまりないものですから、緊張してしまいます。

 なにか気の利いた事でも言えればいいのですが、頭が真っ白になって言葉が思い浮かびません。


「それって確か、アルヴァミラ家の令嬢の名じゃなかったか?」

「ああ、『不良品』か。……あんな奴にそんな事ができる力があるのか?」


 その呼称にわたくしの口は完全に動きを止めてしまいます。

 アルヴァミラ家に生まれて魔術師の才覚をまるで発揮せず成長したわたくしにつけられた蔑称。

 普段であればそこまで気になりませんが、今は偉業を成した者として名乗り出ている最中。その呼び名を知られていては、自然と実績にもまた疑いがかけられてしまいますから。


「ハハァ、そういやあのアッシュもアルヴァミラの次男だったな。弟と組んで陛下を襲撃し、帝国を救った偽の功績でも作ろうとしてるんじゃないか?」

「後ろにいるのはお仲間かしら、子供と、顔を隠した怪しいやつに怖い顔した男……。高貴な家の人間が連れ立つ面子ではありませんね」

「それと両腕の焼け焦げた女か。どいつもこいつも、何の覇気も感じられないな。なんであんな醜い連中が陛下の後ろに……うわぁっ!?」


 わたくしだけでなくカトレア達にも見下すような声が囁かれ始めた時、陛下の剣が抜かれていました。

 見る事すら叶わないはずの刃、それがわたくし達を守るように避難民との間に立ちふさがります。


「――フィアラ達は俺と共にこの帝国の窮地を救った、勇と武ある者だ。それ以上の侮辱は、リゲルフォード・トーチャー・ベラスティアの名に懸けて、許せはしない」

「……!!」


 鋭い言葉に、民衆はぴたりと静まり返りました。見れば、そのお顔にはかすかな怒りが滲んでいます。

 陛下も暴君というわけではありません。民へはいつも優しく接し、決して無闇に暴力を振るうような事はしないのです。

 そんなお方がよもや剣を抜き放ち、その刃を見せるなんて。あまりの出来事に、彼らは誰も声を発しません。


「……申し訳ありません陛下、わたくしのせいで」

「フ、謝るな。一国の主の頭というのはそう安いものではないんだ。今の内に、その辺りにも慣れてもらわねばな」

「そこは我も同感だな。下々のしょうもない罵声など笑い飛ばせるぐらい剛毅でなくてはいかん」


 国の頂点に立つ2人からそう言われてしまいます。

 確かに皇帝となる人間が気安く謝罪などしてはいけないのでしょうけれど、わたくしにとっては大事な事だったのです。

 陛下に臣民へ刃を向けさせてしまった事、謝らずにはいられません。


「へ……陛下? 今の言葉の意味は、一体……」

「お、気付いたか。そうだ、俺はただ健在である事を知らしめに来たのではない。本題は別にある」


 わたくしへと投げかけられた物言いに何かを感じ取ったのか、避難民の1人が問いかけてきました。

 カトレアの反対側に立ち、わたくしを挟み込むように立った陛下は、大きな声で宣言します。


「ここにいるフィアラは、この俺リゲルフォードに代わって近い内、新たなるベラスティア皇帝となる!!」


 響き渡るその声は、この場に集まった人々だけでなく皇都全域にまで轟くかのようでした。

 そうして、わたくし達が果たすべきだった目的――次代皇帝の座を継ぐわたくしの姿を、多くの人々へ印象付ける事は見事に成功したのでした。

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