焦げ付く心ですわ~!!
「あんなこと言った手前恥ずかしいんですけど、やっぱりフィアラさんが他の人のものになるの、我慢できなくって」
彼女はそう語りだしました。
わたくしに幸せになってほしい、だから選ぶならば自分以外にしてほしい。以前カトレアはそう仰っていました。
やはり、陛下の真っすぐな告白を聞いて衝撃を受けたのかもしれません。
「いえ、元々それが正しい形なのは分かってるんですよ! 婚約の予定はあったんですもんね!」
「そうですわね~」
カトレアが召喚される直前、お父様とお母様からアルヴァミラの家を出るよう宣告された時まではそれが決まっていました。
本来であれば陛下の妻となる事は約束されていましたが、まさかその約束が消えた今も「愛している」などと言って貰えるとは思ってもいませんでした。
「だから、どっちかって言うと邪魔者なのは私ですし、このままみんなで聖剣を止めて、皇帝さんに事情を説明してフィアラさんに皇帝になってもらって、私は消えちゃうのが絶対正しいはずなんですけど……どうしても、諦めきれなくって」
陛下のお言葉に、どうやら彼女は身を引こうと決めたつもりだったようです。
ぎゅっ、と胸に置かれた手が強く握られ、その選択を貫く事ができなかったと仰いました。
本当はわたくしに気付かれるような素振りも見せずにいるつもりだったのですね。ですが心の迷いを振り切れず、その挙動に現れてしまったのでしょう。
「自分で言ったくせに最悪ですよね。皇帝さんを選んだ方がいいって言ったのに、本心は……えへへ」
自らの矛盾を蔑むように笑う彼女は、それからわたくしへ顔を向けました。
「絶対、フィアラさんを不幸にしちゃうんですけどね。フィアラさんが皇帝になったら、私はいなくなるんだし」
「……それでも、自分を選んでほしいと仰いますの?」
「もー、だからそんな事言えませんってば。だいたい皇帝さんを選んだんですから、今からそんなのできませんよ」
やはり、カトレアはわたくしの側から選んでいただきたいようでした。
笑ってこそいますが、その与えられていない選択をしてほしかったのでしょう。ですがもうわたくしは陛下を……。んん?
「あの~……カトレア? わたくしまだ、陛下の言葉にお返事はしておりませんけれども~?」
当たり前のように言うものだからそのまま流しかけるところでした。
告白されたのは事実ですが、まだそれには何の返答もできていないのです。陛下を選んだ、というのはまだ確定してはいないはず。
どうしてカトレアはそんな勘違いをしているのでしょうか? と思って訂正すると、彼女は目を丸くしました。
「えっ……。してたじゃないですか。だから私も諦めようって思ったんですもん」
「してませんわ~!! カトレアも見てましたでしょう! あの直後にアッシュが大変な事になってると聞かされてお返事どころではありませんでしたでしょう~!?」
「いやいや……思いっきりあの人の手握り返してましたよ」
「え、手~?」
そう言われてあの時の事を思い返してみます。ロズバルトに介抱されていたボロボロの陛下。死を覚悟していた彼が愛の告白をして……。
その後彼から伸ばされた手が落ちるのを咄嗟に受け止めました。思い当たるのはこれくらいですが……。
「握ったは握りましたけれど~。あれはただそのまま床に落ちていたら陛下が死んでしまう気がして掴んだだけでして~……そこまでのつもりは~……」
「そんなの向こうは絶対知った事じゃないですよ。あんなの普通に結婚を申し込まれて首を縦に振ったのと一緒ですって!」
「そ、そうですの~~~~!?」
本当に反射的な行動だったんですけれど。よもやそれほど深く考えていませんでした。
衝撃に立ち上がり、わたくしは窓を開いて地上で今なお剣戟を続ける陛下に呼びかけます。
「陛下~~~!! わたくしに手を伸ばした時の事、覚えておりますか~~~!?」
「ん? 昼間の事か?」
「あっ貴様! 戦いの最中にお喋りだと!? 余裕ぶるにもほどがあるぞ!!」
ラトゥから顔を背け、わたくしを見上げつつ陛下は迫り来る殴打を捌いていました。
「すまん! あの時は朦朧としていてな、実を言うと喋りながら気絶していたようなものだ! 内容は思い出せん!」
「わかりましたわ~~!!」
パタンと静かに窓を閉め、静かにベッドへ戻ってくるとカトレアの隣に腰掛けました。
「覚えていないそうでしたわ」
「あの人意識失いながら告白するんですか……」
やはり死の間際でしたから、自然と言いたい言葉が口を突いていたのかもしれませんね。
ともかく陛下がわたくしの行動を正確に覚えてはいないようですから、結局お返事をしたという事にはならないと考えてよいでしょう。
「……それで、カトレアはもうわたくしの事は諦めてしまいますの~?」
「――っ! ず、ずるい……。今このタイミングでそんな事聞かれたら……!!」
わたくしが確認しますと、彼女のお顔は一気に赤くなってしまいました。こんなに恥ずかしがるカトレア、始めて見たかもしれません。
向こうも自覚するほどの紅潮なのか、すぐに顔を伏せてこちらからは見えなくされました。
「……いいんですか、1回諦めかけた分、前より積極的になるかもですけど」
「まあ元気のないカトレアを見ているのもなんだか悲しかったですし、ちょっとくらいならいいですわよ~」
「へえー、いいんだ」
そう言うとカトレアは少し悪い顔になってこっちを向き、白手袋の手をわたくしの手の上に重ねてきます。
「じゃあフィアラさん、私と一緒に、不幸になってくれますか?」
「ま、まあ~、ちょっとくらいでしたら~」
彼女の顔が寄せられ、そう言われました。
ラトゥやカトレアの助力によって死に瀕した陛下を救えたばかりか、1度は刃を向けたわたくしをお許しいただく事までできたのです。
こんな奇跡を起こしてくれた彼女の願いが何も叶えられないなんて、わたくしも納得はいきません。
やりたい事がカトレアにあるのなら、少しでもそれに力添えさせてほしいのです。
「えー、ちょっとで済むかなあ」
「な、何をなさるおつもりですの~……? もしかしてわたくし、殺されます~?」
「好きな人にそんな事しませんよー。どっちかって言うと……」
「助けてくれフィアラ!!!!」
カトレアがわたくしへ片手を伸ばそうとした時、ドアが盛大に開かれてラトゥが転がり込んできました。
彼の衣服はボロボロにされていて、一目で敗北したのかな、と察せました。
「あらラトゥ、陛下との決闘は終わりましたの~?」
「おい、ここはフィアラの泊まる部屋だぞ、勝手に入り込むな」
そんな言葉と共に、恐らく勝者であろうリゲルフォード陛下が姿を見せます。
……なぜかその手にはリードと繋がった首輪が握られていました。
「あの、陛下~? それは一体~……」
「ん? ああ、決闘の前にそいつが言ったからな。敗者は勝者の飼い犬になるルールだったようだから、それに従おうとしているだけだ」
「アホか貴様!! それは我が勝利した時の話だ!! 貴様が勝った時の話ではないわ!!!」
「そうだったのか? ……まあ他の内容も特に思いつかんし、やはりお前は今日から俺の犬にでもなっておけ」
「ならんわ!!!!」
そう叫んでラトゥはわたくしとカトレアに隠れるようにして陛下から逃れます。
「頼む、あの男どうにかしてくれ! このままでは我はたかが人間に犬として飼われてしまう!」
「知るかーー!! 勝手になってればいいでしょーー!!」
首元を掴み上げられ、ラトゥはカトレアの手によって陛下の元へ投げつけられました。
弾丸のように飛ぶ彼を陛下は見事にキャッチして手早く首輪を付けました。
「よし、帰るぞラトゥ」
「くううッ……、単なる脅し文句だったというのに! 本気にする上実行する馬鹿がいるか!! おかしいぞ貴様!!」
非難の声が投げかけられますが気にせず陛下に紐を引っ張られ、ラトゥは退場していきました。
「ま、また邪魔された……。なんなのあのヴァンパイア……」
「災難でしたわね~。どうしますの、カトレア~?」
溜息を吐くカトレアに続けるかどうか聞きましたが、悲しい目で首を横に振られました。
「……いや、もう今日はいいです。そんな気分じゃなくなっちゃいました」
結局、その夜は特に何をしたという事もなく、いつものように一緒に眠っただけです。
ですが、カトレアは普段の元気を取り戻してくださったようなので、そこはわたくしも安心できました。




