盗賊なんて返り討ちですわ~!!
「こんな夜中に照明の魔法とはな、馬鹿な連中だぜ」
「見付けてくれって頼んでるようなモンじゃねぇかあ!」
「ひいい~……」
餓えた獣のようなぎらぎらとした瞳がいくつもわたくしとカトレアへ向けられています。
既に彼らはわたくしたちを逃がさないように取り囲み、逃げ場を失ったわたくしは悲鳴を上げてしまいました。
「……えへへ、明るくしすぎちゃいましたね」
「落ち着きすぎですわ~!! どうしますのカトレア~!?」
少しでもおかしな真似をすれば殺しにかかって来そうな殺気を放つ彼らを前に、カトレアはまるで関係ないかのように落ち着き払っていました。
彼女が強い魔術師であるのは理解していますが、それでもこの数を相手にしては無傷で済まないのではないでしょうか?
「いつまで仲良くお喋りしてる気だぁ!? とっとと服を脱げやぁ!!」
「ひゃあ~!?」
痺れを切らした盗賊の1人がわたくしの足元に矢を放ち、足と足の間に突き立った矢を見て再び情けない声が。
「まったく、怖い人たちですね。脱げばいいのでしょう?」
「な、何を仰いますのカトレア! そんなみだりに脱衣なんてしてはいけませんわ~!」
いえ、今は緊急時と言えば緊急時ではありますが。
それでも彼らの要求に従ったところで無事に見逃して下さる保証などございません。
ですが、カトレアはそんなわたくしを見て、小声で「任せてください」と囁きました。
「おお素直じゃねえか。いいぜ、そのまま俺達の言う事聞いてりゃ、命だけは……ってそこからかよ!」
彼らに従順になったのかと思ったカトレアですが、まず脱いだのは……手袋からでした。
「あぁ~……やれますのね」
「焦らしてくれるねぇ、まあこの後どうなるか分かってっから、少しでも引き延ばそうってとこか? 仕方ねえ、それくらいは待ってて……」
「いえ、もう準備はできていますのでご心配なく」
「あぁ……?」
「……えっ!? カトレア、その手……!?」
カトレアの炎が辺りを照らす中、掲げられた彼女の手は真っ黒く焦げていました。ひどい火傷を負っているかのような有り様に、わたくしの目も大きく見開かれます。
ですがカトレアはそんなもの気にも留めていないかのように、触媒を自分の手に纏わせます。
黒い煤のようなものが彼女の手に集まり、それが一瞬の内にあの黒鉄の手甲へと変化していきました。
「ちょっとだけ、加減してあげます!」
その手を振るうと、わたくしたちを取り囲んでいた盗賊の方々は瞬く間に燃え上がり、声もなく焼失しました。加減……というのは、どういう意味だったのでしょう。
「……ふうっ。ごめんなさいフィアラさん、私の不注意でビックリさせてしまって……? フィアラさん?」
もう危険は去ったのか、一息ついたカトレアは触媒をしまいました。
わたくしは、すぐさま彼女の手を握ります。
「……なんてことですの、焦げ焦げですわ。カトレア、痛むでしょう?」
「あ、これですか? そんなに心配してくれなくても」
「はっ、もしやあの触媒を出したり引っ込めたりする度に痛んでいたりしましたの!? だからあんなに強い魔法を使えるのでして!?」
「いえ、痛くもないんですけど」
「そんな痩せ我慢をしてはいけませんわ~! こ~んな真っ黒焦げ焦げで痛くないはずありません、わたくしをお姫様抱っこしていた時も辛かったのでしょう!」
「……ほんとに平気なんだけどなあ」
困ったように笑うカトレアですが、わたくしには痛々しい傷を誤魔化すためのものにしか見えませんでした。
アッシュと過ごしていた時に覚えがあります。あの子も皇都に出かけた際に転んで、膝から大量に血を流したりしていた事があったのです。
カトレアと同じように、「痛くない」「心配しなくていい」などと涙目で我慢していました。もちろんすぐお医者様を呼び、傷が消えるまでわたくしが付きっきりでお世話をしましたが。
「無理だけは絶対にしないでくださいまし! わたくしカトレアがいなくなってしまったら、何もできなくなってしまいますのよ~!」
もしもこの傷が原因で彼女が命を落とすような事があれば、それはわたくしの終わりをも意味しています。
魔法もろくに使えないわたくしだけで1年以内に皇帝となるなど到底不可能。きっとカトレアの後を追うように焼き殺されてしまうのでしょう。
「んー、じゃあ、このまま手を握っていてもらってもいいですか?」
ようやくカトレアも遠慮する事をやめてくれたようで、観念したようにそうわたくしへと求めてきたのです。
「お安い御用ですわ~!」
すぐにわたくしは彼女の炭のようになってしまっている手を優しく両手で包みます。
不思議な事に、ざらっとしているカトレアの手はしっかりと熱を帯びているのか、とても暖かったです。
「あっ、フィアラさんの手、柔らかくてひんやりしてますね」
「わかるんですの?」
「はい。……わ、すべすべ」
手袋をしたままのもう片方の手をわたくしの手の上に重ねながら、カトレアはわたくしの手を確かめるように触ってきます。
とても感覚が残っているようには見えないほどの状態ですが、きちんと感触は伝わっているようです。
「なんだかくすぐったいですわね~」
「大人の女の人の手って初めて握ったかもしれません。……おっと、忘れる所でした。道案内をしてもらわないとですね」
「道案内? わたくしにですの?」
先程も言いましたが、わたくしこんな場所には見覚えがありません。
別にカトレアもそれを忘れていたわけではないようで、首を横に振りました。
「そうじゃなくて、さっきの盗賊にです。さ、行きましょう」
と言って、カトレアはわたくしを引っ張っていくのでした。