紅蓮なる聖剣の皇帝ですわ~!!
「……で、何が起きたら無敵の皇帝様があんなボロボロにされるんだよ」
陛下が無事の復活を迎えた事を確認してかロズバルトが疑問を投げかけました。
そうです、それは彼だけでなくわたくしも含めた全員が気になっている事柄でしょう。
カトレアとの戦いでも無傷で切り抜けたリゲルフォード陛下を追い詰めたのは誰なのか、それを聞かれて彼は珍しく言い淀みます。
「うん、やはり話さねばならんよな。……その前にフィアラ、すまない」
「へっ、陛下~!?」
わたくしへ体を向けたかと思えば、なんと彼は深く頭を下げたのです。
驚愕以外の言葉がありません。大帝国ベラスティアの皇帝が一個人に謝罪するなどこれまでに前例のない事ですから。
「そんな、頭をお上げください~! どんな理由があるのか知りませんけれども、陛下が謝らねばいけない事など~!」
「いや、俺はまずフィアラに謝らねばならない。俺のあの傷は、アッシュに付けさせてしまったものだからだ」
「!? ……アッシュが、陛下に……?」
心臓が止まる思いでした。アッシュが、わたくしの弟があの傷を負わせたと言うのならば、ますます陛下が頭を下げる理由がわかりません。
「でしたらそれこそ、わたくしがアッシュに代わって~!」
「違うんだフィアラ、結果的にそうなりはしたが、元の原因は俺にある」
どういうことでしょう。その言葉に疑問を浮かべたわたくしに、陛下は子細を話してくださいました。
「俺はカトレアを倒すため、アッシュと共にアルヴァーン大火山へ向かった。……アルヴァミラの始祖が振るったとされる紅蓮の聖剣を求めてな」
「リズモール様の~!? ではまさか、レゼメルを~!?」
確認すると陛下は頷きます。
アルヴァーン大火山、その火口へリズモール様の亡き骸と共に葬られた伝説の聖剣、その名をレゼメルと言います。
強い炎の力を宿すその刀身は常に赤熱し、一振りすれば紅蓮の炎が全てを焼き払ったとされている剣。
それを手にしたアッシュが、まさか陛下を? そう考えたくない事を考えてしまった時、ラトゥが笑い始めました。
「クハハハハハ!! なんだ貴様、家臣に裏切られたのか!? それもあの男の剣で死にかけていたとは、実に笑わせてくれるではないか!」
「まったくだ。よもや建国の英雄の聖剣で焼け死ぬ所だったのだからな。ははは」
「わ、笑いごとではありませんわ~~!!!」
助かったから笑い飛ばせているのでしょうけれど、その下手人はアッシュだったと知らされてはわたくしには余裕など持てません。
「おっと、すまない。……まあ聖剣レゼメルの力が凄まじいのは事実だったわけだが、それ故にアッシュは聖剣に支配されてしまった。俺は強引にでも奴から切り離そうとしたのだが、返り討ちにあってしまってな」
「それって、アッシュさんは自分の意思であなたを殺そうとしたって事では、ないってことですか?」
「そうなるな」
オルフェットに頷きを返す陛下は面目無さそうな顔をしました。あくまであの火傷はご自身の失敗であると。
あれほどまでに陛下がやられるということは、聖剣レゼメルの力が彼を上回っていた事を示しています。そんな力を有するものに操られてしまっては、アッシュも抵抗できなかったのでしょう。
「結局俺では聖剣の暴走を止められなかった。お前の弟を奪い返す事もできず情けなくも死にかけていたのだ。だから、責めるなら俺を責めてほしい」
「そんな、陛下は~……」
アッシュに温情をかけてくださるような物言いです。あの子はそれほどまでに陛下と親しくなってでもいたのでしょうか。
なんにせよ陛下もアッシュも責める気にはなれません。原因が紅蓮の聖剣レゼメルにあるというなら、どちらも決して抗いきれはしなかったはずですから。
「ほう、それで貴様を殺しかけたアッシュだかはどうした? とどめを刺しにここへ向かってでも? ククク、だとすれば丁度いい。力を取り戻した我があのおぞましき刃を叩き折ってくれようではないか!」
「案ずる必要はない。アッシュを支配した聖剣は俺を焼いた後皇都へ向かったようだからな。俺を追っては来ていないさ」
「あら、それは安心~」
ラトゥの予測にレゼメルとの戦いが迫っているのかと身構えましたが、すぐに陛下は否定してくださいました。
進行方向がフェリアス城ではなくベラスティア皇都ならば、安心ですね。
「……安心できませんわ~~~~!!! もっと大変ではありませんの~~~~!?」
「ははは、そうだな。今頃レゼメルは俺を殺せたと思って次代の皇帝でも名乗っているかもしれんな」
「ほお、差し詰め『紅蓮の皇帝レゼメル』とでも言った所か」
「言ってる場合じゃありませんわ~~~!!」
格好いい二つ名を考え始めたラトゥに叫びました。
皇帝を殺害し、自分がその座に就こうだなんて大事件にも程があります。
……まあ、先日までずっとわたくしはそのために動いてきてはいたんですけれども。ほら、未遂ですから、わたくしは。
でも状況的には結局弟がやっちゃった形にはなりますね。ごめんなさい陛下、わたくしは姉弟揃って玉座の簒奪を狙った悪い子です。
「と、ともかく止めに向かいますわよ~! 体はアッシュなんですからあまり帝国の皆様に見られてはアルヴァミラ家が反旗を翻したと思われてしまいます~!」
「そこは後で俺がどうにかしてやろう。まああまりアッシュを苦しめさせたくもないし、急がねばならんのは変わらんが」
暴走した聖剣を止める事で話はまとまり、わたくし達は皇都へと戻る事になりました。
「さ、カトレア! 行きますわよ~!」
「え? ……あ、はーい、分かりました!」
ずっと静かに話を見守っていたカトレアの手を握り、ちょっと間の開いた返事を聞いてフェリアス城を立ち去る準備をします。
聖剣に支配されたアッシュを救うため、こんな場所に隠れているのはもう終わりです。
暴走しているというレゼメルの被害が広がる前に、なんとしてでも止めなくては!




