命令とあらば仕方がない、ですわ~!!
今まさに死の淵より落ちようとしているリゲルフォード陛下、それをラトゥならば救う事ができるというのです。
闇の中、一筋の光が差し込んだような気分でした。わたくしはその光を追うように、震える声で懇願します。
「お願いです、ラトゥ、どうか陛下を、助けて……!!」
「2度も言うな! 不本意だが仕方あるまい、フィアラに乞われては我が動かんわけにもいかんではないか」
振り返りながらそう言って、ラトゥは外套の中からまた短剣を取り出しました。
「では、まず血を貰うぞ」
「分かりましたわ、わたくしの血で陛下をお救い出来るなら、いくらでも~!」
「いや違う。今必要なのはフィアラのではなく」
そう言って彼はわたくしではなく、カトレアに向けて短剣を差し出したのでした。
胸元に突き出されるそれを見て、彼女の方はどことなく察していたような顔をしています。
「うっ……やっぱり、私?」
「拒んでいる時間は無いぞ! リゲルフォードを救うにはまず我が力を取り戻さねばならん!」
「そうなんですの!?」
「ああ。だから今の我にはカトレア、貴様の血を渡してもらわねば何もできんのだ!」
わたくしに頷き、ラトゥはカトレアを見ながら叫びます。
彼のヴァンパイアの力を使えば陛下は死なずに済むようですが、けれどカトレアは先程。
「カトレア……」
「やっ、そんな顔しないでください! さっきとはほら、状況も違いますから!」
「お喋りしている暇はないというのだ! カトレア、早くしろ!」
「もー分かってるってばしょうがないなあ!!」
わたくしが続けるよりも先に、彼女は短剣を奪い取って服の袖をまくり、深く腕に切りつけました。
血の流れ落ちる腕をラトゥの頭上に伸ばし、彼へ血の雫を滴らせます。
「ほら、これでいいんでしょう。私にここまでさせておいて……もしこれで助けられなかったら後でボコボコにしますからね!」
「案ずるな、フィアラの命であるぞ」
与えられた血液を飲み込むと、ラトゥの体にはすぐに変容が起きました。
子供のような体型だった彼は赤黒い輝きを放ちながら大きくなっていきます。
髪も伸び、その姿は瞬きの間に城内に飾られた絵画に描かれたヴァンパイア達の王、ラトゥ・ノトリアス・フェリアスそのものになりました。
「凄まじい力を帯びた血だ……が、やはり酷い味だ。こんな事でもなければ金輪際口にしたくないな」
「うわー、女の子に流血させてそんな事言うとかひどーい!! いいから皇帝さんをどうにかしてくださいよ!!」
成長……ではなく元の青年の姿に戻った彼は口元を拭いながら陛下の頭を抱きます。
ラトゥは躊躇もせずに顔を近付け、陛下の首筋へ牙を突き立てました。
「フィアラの頼みだ。……せいぜい感謝するがいい」
「う……。……? なんだ、これは。どういうことだ?」
「へ、陛下~!!!」
ほどなくして、陛下は意識を取り戻しました。自身の体を見て、大変驚かれているようです。
それもそのはず、炭のように焼かれていた半身は綺麗な肉体に戻っており、傷一つありはしないのですから。
まずは状況から説明して差し上げるべきなのでしょうが、それよりも再び陛下の声を聞く事ができた喜びで、わたくしは真っ先に彼へ抱き着いてしまいました。
「フィアラ!? 馬鹿な、俺は死んだはずではないのか? ……まさか、お前も俺の後を追って!?」
「もう~、馬鹿な事を仰らないでくださいまし~! 周りをよく見てくださいな~!」
困惑する彼が見回す先にはわたくしと共に経過を見守っていた4名の姿が。
それを確認して陛下もご自分が生存しているのだとようやく理解なさったようです。
「……そうか、助かったのか。……だがあれは俺にも確信が持てるほどの致命傷だったはずだぞ、この場所を訪れた時点で死んでいたようなものであったろうに……誰が治療できたのだ?」
「……。その事なんですけれども~……。まずは陛下に、謝罪をさせていただきたく」
「な、なんだフィアラ? 別に謝るような事ではあるまい、俺の命を救ってくれたのだろう?」
陛下から離れ、深々と頭を下げるわたくしに困惑の言葉が投げかけられます。
喜んだり謝ったり忙しいのはその通りですが、それでもやはりこうせずにはいられません。
「フハハハハハ!! そうだ、この我が貴様の命を救ったのだ!! 感謝するがいいベラスティアの皇帝! そして我の、ラトゥ・ノトリアス・フェリアスの名を生涯心に刻み付けるがいい!!」
高笑いと共にラトゥがやってきて、上半身を起こした陛下へ見下ろすように顔を近付けます。
「……これに救われたわけか」
「はい~……」
それだけで自身を蘇生させたのが誰なのかを察した陛下に、わたくしは顔面いっぱいに申し訳なさを浮かべる事しかできません。
「これとは無礼な! 我はヴァンパイアの王、ラトゥ・ノトリアス・フェリアスであるぞ! 貴様は我が下僕として蘇ったのだから、相応の態度を示すべきであろうが!」
彼は陛下の物言いに食ってかかります。
そう、ラトゥが言う陛下を救う方法とは、自分の下僕へと変えてしまう事だったのです。
わたくしの時は魔力が欠片もなかったせいで失敗したものの、彼が血を吸えばその対象は本来ラトゥへ従属する存在に作り替えられるようなのです。
それを利用し、カトレアの血で力を取り戻した彼はリゲルフォード陛下の血を吸って、眷属化させてしまいました。
結果として陛下の体は再生し、無事に命を繋ぐことはできましたが……皇帝ともあろうお方をヴァンパイアのしもべにしてしまったことは申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「本当に申し訳ありません~! 陛下をお助けするため、わたくしにできる事はこれくらいしかなく~!」
「まあ、構わんさ。俺を救うためにフィアラが尽力してくれた事実までは変わらんからな。それが何よりも嬉しい」
「そ、そうですか~……? ふふっ……」
想像以上に陛下は寛大でした。それどころか喜んでまでくださいました。
戸惑いはしましたが陛下の小さく笑ったお顔を見て、わたくしも思わず顔が綻びます。
「おい! 我を無視するなリゲルフォード!! 貴様はもう我の眷属なのだから、王の前に跪くくらいしてはどうなのだ!?」
「断る」
「え!? 断るのか!? なっ……何故だ!? フィアラとは違い貴様は確かに我が従属させたはずだというのに!?」
そして心配だった「陛下がラトゥに操られてしまうのではないか」という不安も彼の態度で消え去りました。
従属の力にも屈しないその強い姿に、改めてわたくしは陛下を助け出す事ができたのですね、と実感するのでした。




