血が彼の力なのですわ~!!
言い終えると、ラトゥはカトレアに叩き潰されて土の中に埋められてしまいました。
「瞬殺ですわ~……!」
「急に何言い出してるんでしょうねこいつ」
「……き、貴様こそ急に何をしてくれるのだ」
彼女が手袋を付け直した辺りで再生したラトゥが這い上がってきました。
「まあ我もこうなるだろうとは思っていたが。……やはりこれでは話にならんな。フィアラ、カトレアを遠くへやってくれ」
「絶対離れません!! いきなり刃物渡して血を流させようとするやつとフィアラさんを2人きりになんてさせるわけないでしょうが! もう1回埋めてもいいんですけど!」
「か、カトレア~、せめて話を聞いてからにしてさしあげて~!」
また黒鉄の触媒を出そうとする彼女を押さえつつ、わたくしはラトゥに理由を求めます。
流石に何の意味もなくわたくしの血を欲しているわけではありませんでしょうし、まずはお話を伺いませんと。
「それで、どうしてわたくしの血が飲みたいんですの~?」
「うむ、フィアラは話が速くて助かる。……しかしあらかじめ言ってしまうと、ほぼ意味はないのだが」
「……。カトレア、お願いします」
「はーい」
「ま、待て! 今のは前置きだ! 本題はこれから話……聞け!!」
ラトゥの声が届く前にカトレアは素早い仕事で再び土の中に埋めてしまいました。
どうにか這い出してくるとラトゥは外套の汚れを払いながら起き上がります。
「まったく……仕事が速いのはいいが我は毎回喋る度に地中から脱さねばならんのか?」
「今のはラトゥも悪いと思いますけれど~」
わたくしの言葉は聞かなかった事にするのか、彼はようやく本題に入るようです。
「血を欲したのは皇帝と戦うためだ。聞けば当代の皇帝は超常的な強さだというではないか」
リゲルフォード陛下の力を知ったらしいラトゥはそう切り出してきました。
昨夜ロズバルトやオルフェットから話を聞いていたのかもしれません。認識については正しいですから、わたくしは頷きを返します。
「リゲルフォードと言ったか。我もフィアラと共にその男へ挑む以上、できれば全盛の力を取り戻しておきたい、そう考えたのだ」
「なるほど~。つまりわたくしの血を飲む事によってラトゥは強くなれますのね~」
どうやら彼はわたくし達と皇帝陛下と戦ってくださる決意をなさっていたようです。
ヴァンパイアというだけありまして、他者の血を吸う事で力を増す事ができるのでしょう。
だから、わたくしの血を求める必要があったのですね。……そう思ったのですが、ラトゥは首を横に振りました。
「いいや、初めにも言ったが無意味だろう。フィアラの有する魔力はあまりにも低すぎる。味は良いが、干乾びるまで吸いつくした所で今の我と誤差程度にしか力は帰って来ない」
「カラカラになってしまいますのは、ちょっと~」
少しでも強くなって役に立ってくれようとするのは嬉しいですけれど、それは許可できません。
どうやら彼が求めているのは血というより、そこに込められた魔力のようでした。
「……あんまり意味ないんだったら、結局フィアラさんの血が飲みたいってだけじゃないです? そんなの私が許しませんよ! フィアラさんの血液は嗜好品じゃないんですからね!!」
「そうだろうな、我も今は我慢するとしよう」
「後で我慢しないような言い方が気になりますけれども~」
ともかく、彼の視線はわたくしが押さえているカトレアの方へと移っていきました。
「カトレア、貴様でいい。貴様の魔術の威力は我も身をもって知っているからな、いくらか飲めば我も戦えはするようになろう」
こうなることを分かっていたかのように、ラトゥはカトレアへそう仰いました。
確かに、魔術師としてカトレアは優れた力を持っています。ラトゥが求めているのが魔力であるなら、彼女の血にはきっと凄まじい魔力が込められているに違いありません。
まあ、その肝心のカトレアはこの上なく嫌そうな顔をなさっているんですけれども。
「絶対いやー!!! 何よりその私で妥協してるみたいな言い方が嫌です!!」
「みたいではなく妥協しているのだ!! 手っ取り早く力が戻せそうだから提案しているのであって、我とて好みでもない者の血など吸いたかないわ!!」
恋愛においても相手から選んでもらいたい考えだからなのか、ラトゥの言葉を聞いた彼女はわたくしを抱えて彼から距離を取りました。
「……決めました。絶対私の血はあなたにあげません」
「なっ、なんだと!? リゲルフォードなる皇帝は目を疑うほどに強いのだろう!? だからこそ我も手を貸してやろうというのに、断るのか!?」
「必要ないです。元々手なんか借りなくても私だけでやれますし。例え世界が滅びるとしても血の1滴すら飲ませたりしませんから」
「ラトゥ、言い方が良くありませんでしたわね~」
彼としても本意ではなかったかもしれません。好きな方の血しか飲みたくないみたいですから、カトレアに血を寄越せと言ったのも仕方なくなのではないでしょうか。
彼女にも可愛らしい所はあると思うのですが、ラトゥにはあまり気に入られていないようですね。
カトレアの方も意思を曲げるつもりはなさそうですから、ラトゥの助力は得られなくなりそうです。
まあ陛下とはできれば和解の方向でお話を進めたいなと思っていますから、それでも……。
「……ん~? カトレアの血は吸いたくないけど、わたくしの血を吸いたいとなりますと、それって~……」
「あっ、フィアラ様! こんなところに!」
血を寄越せ、あげません、の言い合いを聞きながらある事に気付きかけた時、オルフェットがわたくし達を発見して走ってきました。
「あら、どうしましたのオルフェット~? そんなに慌てて~」
全力で駆け回りでもしていたのか、彼の顔は玉のような汗がいっぱいで激しく息を切らしていました。
「なんだ、食事の時間か? と言っても人間の食事など我には不要だから関係はないがな。……で、カトレアよ。我にとっては血が食事のようなものなのだが」
「あげないって言ってるんですけど!! 皇帝なんか私1人でどうにでもできるんだからあなたは一生その姿でいてください!!」
「そ、その……っ、皇帝、が……!」
「……? 陛下がどうかしましたの~?」
カトレアの発言に繋げるようにオルフェットが声を絞り出し、わたくしは首を傾げます。
まさかとは思いますが、もうわたくし達の潜伏場所がバレてしまったのでしょうか……!?
「重体の皇帝が、フェリアス城に……!!」
彼の告げた言葉は、わたくしの想像の何段か上を行くものでした。




