将来の伴侶は? ですわ~!!
「やだー……あんなのにだけはフィアラさんの事、渡したくないー……」
フェリアス城に戻り、ロズバルトの作った食事を食べ終わって綺麗に掃除した寝室へやってきたカトレアはベッドに突っ伏し、そう零すのでした。
村からの帰り際にラトゥが言い放った言葉がまだ尾を引いているようです。
彼がわたくしの夫となろうとしている事がそれだけ衝撃だったのでしょう。
「そんなに気にしなくっても~。別にラトゥも本気で仰ってるわけではないでしょうし~」
「絶対本気ですよ! フィアラさんに惚れてる顔してましたもん!」
「そうだったかしら~……?」
まあ帰り道でも「フィアラの夫か……悪くない」なんて呟いてましたけれど、外見はオルフェットと変わらないくらいの歳ですから冗談っぽく思えてなりません。
隣の寝室でロズバルトたちと一緒にいるラトゥに聞こえないようにとカトレアは声を潜めて囁いてきます。
「外見に惑わされちゃダメです。ああいう自分の事しか考えてないタイプと結婚なんてしたら絶対フィアラさん振り回されちゃいますよ」
「確かに、彼の力が戻ったらそうなってしまうかもしれませんわね~」
今はわたくしでも片手で振り回せてしまうくらいには貧弱なラトゥですが、1000年前のヴァンパイアの王だった頃の力を取り戻せば力関係は逆転するでしょう。
契約によって今は従属していますが、それも将来的にどうなるかは不明です。
「とにかくあれがフィアラさんの事大事にしてくれるなんて思えません。間違っても選んじゃダメですからね! どうせならロズバルトさんとかにするべきです」
「あら……意外な代案ですのね」
代わりに出された名前にわたくしは驚きました。カトレアはそんなわたくしを見て首を傾げます。
「そんなに意外です? 恋人にそっくりなフィアラさんの事を手荒に扱うような人じゃなさそうだし、ラトゥよりはマシかなって思っただけなんですけど」
「いえ~、てっきりあなたの事を推してくるのかしら、って~」
彼女がわたくしの事を特別に想っているのは以前から知っています。ならば「結婚するなら私がオススメですよ」くらいは言うのかと思っていたのですが、そうではありませんでした。
それを伝えると、カトレアは小さく微笑みます。
「そんなことしませんよ。フィアラさんの事は好きですけど、私から選ばせるんじゃなくてフィアラさんの方から選んでほしいだけですから」
返ってきたのはそんな答えでした。あくまでわたくしの方からアプローチをかけてほしい、ということでしょうか。
確かに以前も言っていました。カトレアの方からは何もしないと。
その代わり、わたくしが望めば彼女はどんな事でもしてくれるとも仰いました。それこそ、彼女を選べば本当にわたくしと結婚だってするつもりなのでしょう。
そう考えていると、カトレアの顔が急に明るくなりました。
「あっ。それを無しにしてもやっぱり私を選ぶのはダメです! だってフィアラさんが皇帝になったら私もいなくなっちゃうから、選んでもらえてもフィアラさんを独りにしちゃいますし」
「……カトレアはそれでいいんですの?」
「えへへ、流石にせっかく手を取ってくれた人を残してくのも気が引けちゃいますから。こればっかりは他の人にしてくださいね」
そう言って彼女は手を合わせます。重ねて、選ぶなら自分以外にしてほしいと。
これは本心なのでしょうか。それとも、にこやかな表情とは裏腹にもっと別の意味が込められているのでしょうか。
「……ともかく! ぜったいあのヴァンパイアだけはやめた方がいいです! ロズバルトさんが嫌ならオルフェットとかでもいいと思いますよ」
「別にロズバルトの事が嫌いとは~……いえそういう意味ではないんですけれども~! ただ彼の奥様の事を考えるとわたくしがそんな事を考えるのは……ってオルフェットですの~!? いけませんわ、まだアッシュよりも若い子だなんて~!!」
「へえー。じゃあいっその事弟さんでもいいんじゃないです? そんなに歳離れてないんですよね」
「えっ!? ……。……も、もっといけませんわ~!!」
カトレアの真意がどこにあるのか悩んでいたところ、彼女はすぐに話題を自分から逸らしてしまいました。
次々にとんでもない選択肢を与えられては、言葉の裏に隠された本心を探り当てるどころではいられません。
「ど、どうしましょう~、段々カトレアを選ぶのが正解な気がしてきましたわ~……!」
「えー、そんな消去法な感じで選ばれても頷けませんよー。……あ、ここはやっぱり皇帝さんにします? 1番まともそうじゃないですか」
「陛下ですの~!? ……まあ、確かにそうできれば理想的ではありますけれども~……」
わたくしが皇帝の座を奪い、リゲルフォード陛下がなお存命であればそういった選択もできなくはありません。本来は陛下と婚約する未来もありましたし、ある意味元の形に戻せるわけですから。
しかしそれは遥か遠い世界。あの時ロズバルトを庇ってしまった時点で、一縷の希望も見出せない夢のような結末です。
陛下に、帝国に反逆したわたくしがそんな願いを口にしたところで、容赦なくこの首が刎ね飛ばされるに違いありません。
「む、無理ですわ~!!」
「そうかなぁ。案外いけるんじゃないです? フィアラさん美人だし」
「いくらわたくしが美しくったって反乱軍の一員になった者を陛下がお許しになるはずもありませんわ~! 絶対に殺されてしまいます~!」
「気にしないで全部説明してもいいと思うんですけどねぇ。フィアラさんを敵視してるって雰囲気じゃなかったし、ダメでも1回死ぬくらいですよ」
「おしまいではありませんの~! そんなの平気なのはラトゥくらいですわ~!!」
カトレアが言うようにリゲルフォード陛下のわたくしに向けての態度は最後まで賊に対するものではなかったようにも思えます。
帝国を害する者に容赦がないのは事実ですが、話が分からない頑固な方でもありません。もしかすると、わたくしが置かれた状況を丁寧にお伝えすれば、協力を惜しまないでくださる可能性もあるのではないでしょうか。
今も陛下がわたくしを敵と見なしていない事が前提ではありますが、そう考えるとハナから否定してしまうのは惜しいかもしれません。
「……もしかして、本当に可能性はあるのでしょうか~?」
「あっ、やっぱりその気になってきました? 今度会う時はもっと力を付けて来るって言ってましたし、返り討ちにしたら事情を説明してみましょう!」
「できれば戦う前に和解したいですわ~!」
陛下を殺さずに済む道があるのであれば、わたくしとしてもそれを選びたい気持ちはあります。
カトレアに手を汚させてしまう事を申し訳ないとも思っていましたから、イチかバチか、試す価値はあるでしょう。
失敗しても変わらず陛下に敵対する状況のままであるだけ。そう考えれば何も語らず戦うよりも良い事です。
再び陛下と出会った時に現状をお伝えする決意を決めたわたくしの手を、カトレアが取りました。
「成功する事、祈ってますね。やっぱりフィアラさんには幸せになってほしいですし」
「カトレア~……」
笑顔で、わたくしの幸福を祈るカトレア。こればかりは真意など探るまでもありません。本当に、わたくしが幸せになれるよう応援してくださっているようです。
そんな彼女を見て、わたくしも決心しました。
「……カトレア、もし陛下が」
「どうしたフィアラとカトレアよ! 先程我の名が聞こえた気がするのだが!」
ある事を告げようとした時、勢いよくドアが開け放たれてラトゥが部屋に入り込んできました。
カトレアもわたくしもびっくりして、彼へと視線が向かいます。
「んん? どうしたそんなに我を見つめて。やはり我に会いたくでもなったのか?」
「……逆。1番出てきてほしくないタイミングで現れたんですけど」
「か、カトレア~! 悪気はないと思いますから~!!」
手袋を脱いで触媒を出そうとするカトレアを止めつつ、どうにかわたくしはラトゥをロズバルト達の部屋へと帰すのでした。
カトレアに言いかけた言葉は……再び切り出す時を逃してしまった気がして、結局言えずに終わってしまいました。




