ヴァンパイアのラトゥですわ~!!
「……俺らがカトレア追っかけてる間にンな事になってたのかよ」
太陽に焼かれていたラトゥを助け出し、「わたくしの命を狙ってはいけません」と命令してから間もない頃にカトレア達は帰ってきました。
どこで彼を見付けてきたのか説明しますと、ロズバルトは呆れたようなお顔になりました。
「ヴァンパイアに噛まれたって……フィアラ様、大丈夫なの!?」
「問題ありません。と言いますか……なぜかわたくしがラトゥの主人となってしまいまして~」
「屈辱だ……。この我がなんの力も持たぬ無力な人間に支配されるなど、ぐおおおおおっ!?」
怒りの籠った視線を向けてくるラトゥの横顔にカトレアの靴底が叩きつけられて、彼は横倒しになって踏みつけられてしまいました。
「フィアラさんの体に傷を付けただなんて、許しておけません! 焼っちゃっていいですよね!?」
「そ、そのくらいにしておいてさしあげて~。元は恐ろしいヴァンパイアでしたけれど、今は小さな子ですし~」
わたくしが彼に血を吸われた事が許せなのか、カトレアは真剣に怒っていました。
結果としてラトゥの企みが失敗に終わりはしたけれど、彼がわたくしを眷属にしようとしたり、殺害を試みたのも事実ですから仕方ありません。
ただ、やはり今の彼は小さな少年ですし、あまり乱暴な事をしてしまうのは気が引けて彼女から庇ってわたくしの腕の中へ抱き寄せてしまいました。
「えーーーーー!! なんで抱っこしてるんですかーーーー!? ずるーい! フィアラさんを殺そうとしたのにー!!」
「ですけれど、やっぱり子供ですから~……」
「見た目だけですよそんなの! ほらそのラトゥとかいうヴァンパイア、フィアラさんの体触って気持ち悪い顔してますよ!」
「ちっ、違う! 我はただ貴様から逃れられて安堵していただけだ!」
そう言うと、ラトゥはカトレアから少しでも距離を取るようにわたくしの胸へ顔を埋めてきます。
「……まあ、この感覚は悪くないな」
「ほらやっぱりただのスケベ蝙蝠ですよそいつー!」
抱きしめられていると落ち着くのか、ラトゥはわたくしの腕の中でおとなしくなりました。
彼女の言い分も最もではあるのですが、やっぱり外見はカトレア以上に幼い子供ですし、あんまり冷たくするのも気が引けてしまうんですよね。
「心配してくださるのも分かるんですけれど、見た目は子供ですし~」
「……見た目だけ子供だったらいいなら、私ももっとフィアラさんにべたべたしたらよかったなぁー」
唇をとがらせてカトレアはそんな事を言いました。ラトゥが羨ましいのかもしれません。
「では、カトレアも来ますか~?」
「! ……いえ、私だけじゃないなら別に、いいです」
手を広げて彼女を招いてみると、一瞬嬉しそうにはしてくれましたがすぐに表情を戻し、そっぽを向いて断られてしまいました。
ラトゥが小さい分スペースは開いていたのですが、やはり彼の事が気に食わなかったのでしょうか。
「それはともかくよぉ姫さん、マジにそいつは生かしとくのかよ? いや、ガキを殺そうってのは俺も気が進まねえけどよ」
「今は平気みたいだけど、もしかしたら後でフィアラ様が操られちゃうかもしれないし……僕も不安です」
カトレアだけでなくロズバルトとオルフェットもラトゥの事は危険視しているようでした。
当然と言いますか、むしろわたくしが楽観視しすぎているだけなのかもしれませんが。
「一応、危害を加えられないように命令はしておいたのですけれども~」
「しばらくは大丈夫そうですけど、それの魔力が戻ってきたらその命令、無かった事にされそうで私は不安です」
「安心するがいい、我の身を縛る従属は実に強力なもの。例え我が全盛の力を取り戻したとしてもなお、フィアラが生きている限り抗えはしまい……」
カトレアの憂いをラトゥ本人が取り払いました。最後に「……本当にどうすればいいというのだ」と小さく付け加えていましたから、事実なのでしょう。
「うう、でも信用できない……。フィアラさんに噛み付いたりしたのも本当なんだし、やっぱり1回灰にしてみません?」
「た、試したら死んでしまいますわ~~!」
お試し感覚で言いますが、彼女の炎は今のラトゥに耐えられるとは思えません。
いえ、カトレアの方も耐えさせる気はないのでしょうけれども。
「……フン、試したいなら試すがいいさ」
「え、ラトゥ~……?」
わたくしの胸から離れた彼は余裕ある態度でカトレアと向かい合いました。
「我は生まれつき不死のヴァンパイア。先の日光で死ななかった事からもその体質までは衰えておらんのだろう。我を焼き殺したいと宣うならば好きにするが」
「どれどれ」
「ためらいを持ってくださいまし~~!!」
言葉の途中でカトレアは触媒を手に装着してラトゥの頭を鷲掴みにして、そこから発火させました。
瞬きの間に彼の全身は灰に変わり崩れ落ち、山の形になったそれはすぐさま人の形を取り戻しました。
「……やはりな。我の不死は今も残っている。我を殺してフィアラと切り離そうというのは、やはり叶わぬと知っあががが」
「これって体の一部を切り離したらどうなるんだろ」
「だからためらいを持ってくださいまし~~!!」
復活したラトゥの口の中に手を突っ込んだかと思うと今度は彼の牙を引っこ抜きました。
ヴァンパイアの証である長く鋭い2対の牙が黒鉄の掌の上に転がっています。
灰になった時と同じように、彼の牙はあっという間に再生しました。
「わー、残ったままなんだ。これ利用してお金とか稼げそうじゃないです?」
「いやあ、ヴァンパイアの牙なんてあってもあんま買い手は付かねえと思うが……」
「き、貴様……我の体で金儲けを企もうとするな……!」
なにかよからぬ活用法を編み出そうとしているカトレアですが、ともかくラトゥを殺害してわたくしの安全を確保する、というのは頓挫したように思えます。
殺せない存在を無理に殺そうとするだなんて大変な事ですし、それに時間を取られてわたくしの本来の目的が間に合わなくなってはなんの意味もございません。
と考えて、わたくしはある事を思い付きました。
「つまり、ラトゥはこれからわたくしの従者になってくださるという事ですのね?」
「不本意極まりないが、そうなるな。我はもうフィアラに逆らえはせん」
顔を顰めて彼は首肯します。それを見たわたくしはラトゥへ提案をするのでした。
「でしたらラトゥ、わたくし達と共に皇帝陛下と戦ってくださいませんこと~?」
「だから、我は逆らえんと言っているのだ! そんなもの聞かずとも勝手に……なんだと?」
リゲルフォード陛下の皇帝の座を頂戴するための仲間として、わたくしは彼を勧誘しました。




