我に従え! ですわ~!!
城主フェリアスの鋭い2対の牙がわたくしの肌を貫き、そこから血が吸い取られていくのを感じます。
振り払おうとしましたが、気付いた時にはもう吸血は完了していたのか、先に彼から口を離していきました。
「な、何をなさいますの~!」
腕を押さえながら、わたくしは彼と距離を取ります。小さな穴が開いてしまいましたが、不思議と痛みは感じませんでした。
「ククククク……。女よ、まずは我を解放した事、礼を言おう。1000年に渡る眠りにも、丁度飽いていた所だったのでな」
口元に残るわたくしの血を指先で拭い取りながら彼はそう言います。
そうして、夜空のような瞳をわたくしへとしっかり向けてきました。
「――好い血だ。我の目覚めへの供物として申し分ない。喜べ、貴様は殺さずに我が眷属としてくれよう!」
「眷属~!? なっ、ではまさか~……!?」
今の行為の意味する事を察するわたくしに、彼は両腕を広げて口角を上げます。
「貴様は今からこの我、ラトゥ・ノトリアス・フェリアスの眷属となった!! 命尽きるまでその血を捧げるがいい!!」
「そ、そんな~~!!」
お父様、お母様、反乱軍に所属していたわたくしは逃亡先でヴァンパイアの眷属となってしまいました。
眷属というだけあって、血を吸われたわたくしはこのラトゥと名乗るヴァンパイアに逆らう事のできない体にされてしまったのでしょうか。
何の許可もなくそんな事をしてきた彼にわたくしは詰め寄ります。
「さっき悪い事はしないと約束してくださったではありませんの~~! どうしていきなりこんな事を~~!」
「フッ、あんなものは演技だ! あの程度すらも見抜けぬとは実に愚かだな!」
そうではないか、という考えもありましたけれど、やはりラトゥはわたくしに嘘をついていたようです。
「さて、所で貴様は何という名だ。名乗れ」
「……フィアラ、と申しますわ~」
「フィアラか。よしフィアラ、では行くぞ。我をこんな狭苦しい場所に封じ込めた愚劣なる帝国民を皆殺しにな」
名前を聞いたかと思えば、そんな恐ろしい事を平然といいながら彼は階段を上がろうとしていきます。
「! い、いけませんわ~~!! 皆殺しだなんて、やっていい事ではございません~~!!」
「はっ? 何を言うかと思えば。貴様がそういうならやめておくが、我は邪悪にして無慈悲なるヴァンパイアの王だぞ? 長きに渡りこの身を縛った者どもを殺すのに躊躇など欠片も……」
わたくしの言葉など歯牙にもかけず1段目に足をかけようとしたラトゥでしたが、唐突に言葉を切ると動きを止めました。
そして、振り返ってわたくしの元に戻ってきます。
「……? な、なにか~?」
「いや……。おいフィアラ、自分の指を全て折って見せろ」
「急に何を言い出しますの~!? そんなの嫌ですけれど~!」
命令を拒否すると彼は沈黙したまま口を開きました。なんだか驚いているようなお顔です。
それから少し考え込むように視線を落としてから、ラトゥはわたくしに顔を向けました。
「フィアラ、我になにか命令してみろ」
「な、なんですのさっきから~……」
「ええい貴様は考えずともよい! 確かめたい事があるだけだ、早くしろ!」
「急かさないでくださいまし~!」
そんなことを言われても何を確かめたいのか分かりませんとこちらだって困ってしまいます。
ですがなんだか切羽詰まった様子でいらっしゃいますし、仕方ありませんから協力してみましょう。
「ええと~……。それでは先程帝国の民を皆殺しにするなんて仰っていましたけれど、そんなこと絶対にしないって約束してくださいます?」
「よかろう、我がフェリアスの名に誓って約束する」
さっきまで人を殺すのにためらいすら感じていなさそうな口ぶりでしたのに、拳を自らの胸に当てながらラトゥは誓いました。
封印を解かせるために演技していた時ならまだしも、今はもうそんな必要もないはずですから本当に約束をしてくれているようです。とても真剣な表情で、まるで改心でもしたかのようでした。
わたくしがそう思っているだけなのかもしれませんけれど、一体この短い期間のどこでこれほどの心境の変化がもたらされたのでしょうか。
「……あの、今のでよろしかったのかし」
「逆だああああああああああああああああああ!!!!!」
確認しようとするわたくしにラトゥは手足を床について絶叫しました。
「な、なんですの急に~!」
「我と貴様の、主従が逆になっているではないか!! どういう事だ、最強のヴァンパイアである我がなぜ貴様のような小娘の眷属にならねばならない!!!?」
先程までの高慢な気配が嘘のように崩れていき、彼は声を震わせながらそんなことを言います。
血を吸われていたのはわたくしだというのに、どうやら眷属になったのはわたくしではなく彼、ラトゥの方だったようでした。
「なんなのだ貴様は……! まさか我以上の強者、神の血を濃く受け継ぐ存在だとでも言うのか!?」
「神様だなんて~、そんな高尚な血筋ではありませんわ~! 代々皇帝陛下にお仕えするアルヴァミラ家の生まれではありますけれど、その落ちこぼれのようなものですし~」
「アルヴァミラ……? 貴様ッ、リズモールの末裔だったのか!?」
わたくしの生まれ育った家の名を聞いたラトゥは目を見開いて驚きました。
1000年以上前の時代から生きている彼は、どこかでリズモール様とかかわりがあったのでしょうか。
「そうなりますけれど~、もしかしてリズモール様とお知り合いなのですか~!?」
「知り合いどころか、我の封印を主導したのがヤツだ。おのれ、自らの血に罠でも仕掛けておいたと言うのか……」
頭を抱えるラトゥでしたが、それ以上にわたくしは驚きの情報を得ました。
なんと彼を封印したのはリズモール様だったというのです。完全に初耳です。
きっとリズモール様ですら封印がやっとの凶悪なヴァンパイアの存在をできる限り広めないために意図的に口外されなかったのかもしれません。
……結局その封印はリズモール様の子孫であるわたくしが解き放ってしまいはしたのですけれど……。
「それにしたって落ちこぼれを自称するような者に我が従えられるなど……! フィアラ! 貴様本当は凄腕の魔術師なのであろう!」
「え? いえ~、魔法を使う才能がないのは家族もわたくしもしっかり認める所ですし~……」
「そんなはずがあるか! 我は不滅なるヴァンパイア、それを従属させる血を持つ者がなんの力も持たぬものか! その馬鹿でかい背丈が何よりの証拠だろう!?」
小さなラトゥは見上げながらわたくしを指差してきますが、そう仰られても困ります。
「いえ~、平均的ですわよ~? もしかするとちょっぴり高い方だったりはするかもしれませんけれど~……」
「フッ、見え透いた事を。貴様が普通だというならば我の背が縮んだとでも言うつもりか? そんな馬鹿な事があるわけがないだろうに!」
わたくしの返した言葉を鼻で笑うラトゥに、あるひらめきが起きました。
「……もしかして、本当に縮んでいるのではありませんこと~?」
「まだそんな馬鹿な事を……」
とは言いつつも身体を動かしたり手で触ったりして彼は自分の事を確認していきました。
自分の手を見つめたり、ひっくり返してみたりして、最終的に自分の喉に手を当てながら口を開きます。
「……そういえば我の声、封印される前よりも高くなってないか?」
「封印される前の事は知りませんけれど、見た目相応かと~」
子供っぽい手をだらりと下げると、ラトゥはある結論に思い至ったようです。
「まさか、封印されている間に我の力が、失われたのか……!?」




