その手に更なる力を
「くはは、供を連れて来なんで正解だったな、アッシュよ!」
カトレアの魔術より逃れたリゲルフォードは抱きかかえたアッシュへと笑いかける。
今回は彼1人だけを連れての戦いであったから良かったものの、もしもこれが帝国の軍を動員して行われていれば無数の死者を出す事になっていただろう。
「笑ってる場合ですか! 結局姉さんは置いてきちゃったし……」
だが、そんなことよりもアッシュはフィアラの事を心配していた。
反乱軍のリーダーと思しき男に人質とされ、解放を試みたリゲルフォードの刃もアッシュの送った指輪で召喚された少女に防がれてしまった。
彼の言葉に、皇帝は再び笑う。
「アッシュよ、フィアラを守るのはいいがこれまた困ったものを召喚させてしまったようだな」
自らに立ちはだかる敵として、リゲルフォードは渾身の一撃を幾度も放ったもののカトレアの首を落とす事は叶わなかった。
まあ、困ったなどとは言いながらも彼は初めて出会った強敵との出会いに喜びを感じてもいるのだが。
「……悪党1人を追い払えるくらいのが喚べるくらいだと思ってたのに、まさか陛下を押し返すなんて」
「そう悲観するな。むしろ自分の贈答品のセンスを誇れ」
昔、アッシュが商店で手に入れた、異界の魔物を召喚して契約と引き換えに召喚者を守護する存在を招く「契約の指輪」。
古い時代の出土品で貴重なものではあったが、これほどの強大な存在を呼び出せるものだったとはアッシュ自身気付いていなかった。
「それにしてもあんなに強いやつが呼べるなんて……。姉さん、どんな契約を結んだんだ……?」
「ほう、あれは何かしらの契約で召喚されたものなのか」
「はい。魔力があればそれで十分なんですが、足りない分はそれだけ達成の難しい契約を強いられる、と聞いてます」
アッシュ自身が使ってはいないが、店で使用方法と注意点を聞かされていた。
あれほどの強い存在を呼んでしまったとなれば、彼の父であるラグレイズですら契約を結ばされることだろう。
それがまるで魔力の扱えないフィアラとなっては、果たしてどれほど無謀な何かを目指させられているのか。
「……それに契約を果たせなければ、召喚者は代償として炎に焼かれて死んでしまうのだそうです」
「それを分かって渡したのか? ……先程センスを誇れと言ったが、やはり取り消そうか」
「し、仕方ないんです! 僕が持ってるものの中で姉さんの身を守れそうなものってあれぐらいしかなくて!」
「……まあ、結果的にあの指輪がフィアラを救ったであろうことも事実だが」
痛烈なデメリットを抱えた指輪のようだが、皇帝すら退ける実力者を召喚できたのだから彼もそこまでアッシュを責めはしない。
あのカトレアという者がいる限りはフィアラが傷付く事はない、というのはリゲルフォード自身も認めてはいる。
「でもあんな怪物を従えてるってのに姉さん、なんで反乱軍に味方するような事を」
「アッシュには分からんか」
反乱軍のリーダーであるロズバルトをどうして彼女が庇うような真似をしたのか。リゲルフォードには察しがついている。
「え、陛下はもう気付いているのですか?」
「ああ。あの男の目、そしてフィアラが取ったあの行動……間違いない」
いまだ理解が及んでいない様子の彼に、皇帝は自らの推理を明かす。
「愛、だな」
「なっ、愛!?」
「間違いあるまい。奴がフィアラを盾にした時、その行動には躊躇いがあった。それにあの目、あれはフィアラへ特別な感情を向けているものに他ならん」
半分正解、半分間違いである予想だが、リゲルフォードの顔には揺るぎなく、アッシュも疑う事無く驚愕していた。
「惚れた女を巻き込まんよう、被害者にでも仕立て上げようとしたのだろう。語らずとも、その程度なら俺にも解る」
「な、なるほど。……え、それじゃあまさか、姉さんも!?」
「いや、それはどうだろうな。フィアラと奴には接点もあるまいし、俺が訳もなく人を殺しているとでも思ったのかもしれん」
【無剣】の異名を持つ彼の戦いはいつも一方的だった。見ようによっては戯れに弱者を虐げているよう見えてしまったのかもしれない、とリゲルフォードは結論付けた。
フィアラが反乱軍と関わる理由を見付けられなかったのだ。
「もしくは単にフィアラが利用されている可能性もある。あれは純真な所があるし、あのロズバルトとかいう男に騙されているのかもな」
「そんな……! じゃあ僕達が助けてあげないと!」
「だな。そのためには、まずあの炎の魔術師を突破せねばならんが」
やや見当外れな怒りをロズバルトへ向けつつ、話はそこへと戻ってきた。
フィアラを救うため、カトレアを撃破しなくてはいけない。それにアッシュは頷く。
「ですね。契約の事もありますし、姉さんを救うには一刻も早く動かないと」
いまだ2人には正体不明の契約。それでもこのままではフィアラの命が長くない事はすぐに分かる事だ。
「そのために俺達には力が必要だ。カトレアという強大なる力を捻じ伏せる、絶対なる力が」
「……でもあんなに強い魔術師、僕の父さんだって倒せませんよ」
「だろうな。ならば更に遡って頼ればいい」
「遡る、というと……まさか」
リゲルフォードが何をしようとしているのか察したアッシュは、動揺と共に彼を見る。
そして皇帝は恐れることなく首肯した。
「行くぞアッシュ、墓参りだ」
「は、はい。……ところで陛下、そろそろ僕は下ろしていただいても」
「なに、遠慮をするな。どうせここからまた走るのだから、このままでいろ」
その手にフィアラの弟を抱えたまま、リゲルフォードは一直線に駆けていくのだった。




