この身を挺して、ですわ~!!
「その声は、フィアラか!?」
「え、姉さん……?」
「っ、姫さん」
わたくしの制止の声で陛下もアッシュも、驚愕の表情で振り向いて固まっています。
ロズバルトもまた同じく、いえなぜか苦い顔をしていましたが陛下達と共にわたくしを見ています。
「だ、だめだよフィアラ様! 早く戻って……!」
「今更もう退けませんわ~……! オルフェットはそこで見守っていてくださいまし~!」
隠れるように言われますが、もう陛下とアッシュに見つかってしまっていますから後戻りなどできません。
小さな声でオルフェットをそこに残し、わたくしは1人広場の中へと歩いていきます。
「おお、やはりフィアラだったか! 間に合って良かった、待つといい。今この男を処断する」
「いいえ、お待ちくださいませ陛下~! わたくし、それをお止めに参上したのですわ~!」
「なんだと……?」
訝しがる陛下ですが、その視線を浴びながら、わたくしは怯むことなく2人の前へ、ロズバルトの元へとゆっくり歩いていきます。
「陛下が処刑すると仰ったこの方、ロズバルトと言うのですが……彼の命を奪われては、わたくし困ってしまいますの~!」
「困る、だと? それはどういう事だ、フィアラ」
わたくしの言動に困惑した様子で聞き返してくる陛下。アッシュもどうして今わたくしが出てきたのか分からず沈黙しています。
ここで、わたくしはロズバルトの事を話そうと思っています。
お母様、フォルトクレアの妹でいらっしゃるファルメリアという方の夫である事。そのファルメリア様を帝国の兵士によって殺されてしまった事。
それらを話せば、きっと陛下は温情を持った処罰にしてくださるはずです。
皇帝陛下は無情なお方ではありませんし、反乱という大罪であってもロズバルトの事情を聞けば命までお取りになるとは思えませんから。
「……姫さん、何しに来たんだ」
「見ての通り、助けにきましてよ~……」
1月にも満たないようなほんの短い期間の付き合いではありましたが、ロズバルトと話をする度に少しずつ彼の事を知っていきました。
今ではわたくしにとって、彼を「死んでほしくはない人」と思うまでになってしまっていたのです。
彼に並び、陛下達に聞こえぬようそんなやりとりをすると溜息が聞こえてきました。
感謝までは求めないとしても、もう少し嬉しそうにしてくださってもいいでしょうに。
「……ともかく、お聞きくださいませ~! わたくし、ロズバルトとは大変深い関りが」
「お前ら、それ以上俺に近付くんじゃねえぞ!」
「んんん~!?」
いちから全て説明していこうと息を整えた矢先、ロズバルトが乱暴にわたくしに背中から抱き着いて口を押さえてしまいました。
それだけでなく荒々しくそう叫んだかと思えば、わたくしの喉元に剣を押し当てたのです。
「っ、姉さん!!!」
ロズバルトの豹変に、真っ先に声を上げたのはアッシュでした。
「……へへっ、大事な姉を死なせたくはねえよな? なら、そのまま俺から離れろ」
「ん~!!」
憤怒するアッシュですが、それ以上になぜ突然ロズバルトがこんな事をしたのか、わたくしには理解できません。
説明を求めて暴れるわたくしですが、彼は何も教える気はないのかこちらを見ようともしてくれませんでした。
そのまま少しずつ、ロズバルトは2人から距離を取ろうとします。
「――下らん芝居を。その程度で俺が欺けるとでも思ったか?」
が、陛下は彼の脅しなど聞こえなかったかのように前進を始めました。
恐ろしい顔でロズバルトへと迫ります。
「……! 姫さんが傷付いてもいいってのか!」
「ふん、そんな目でよく言えたものだ。貴様の剣より俺の一閃の方が速いのだからどのみちフィアラは傷付けさせん」
「んん~!!」
間違いなくロズバルトを殺そうとしています。それを察知し、わたくしは陛下を止めるべく両手を広げてじたばた動かします。
超高速の剣をどうにかできるとは思えませんが、少しでもロズバルトが助かる可能性を上げるためにできる事はこれしかありません。
一瞬だけ陛下は止まりましたが、そんな遅延も一瞬だけ。わたくしは無情にも陛下の腕が再び動こうとする瞬間を見ている事しか――。
「……やっぱり、今日はなんだか落ち着かなかったんですよね」
金属同士が力強く衝突したような音と共に、そんな呟きが聞こえました。
いつの間にか、わたくしの前には紫髪で、両腕に黒鉄の手甲を纏った少女が。
「おはようございますフィアラさん。お待たせしちゃいました」
(か、カトレア~~!!!!)
陛下の高速剣を防いた彼女に、わたくしは声を出せなかったので心の中で叫びました。




