壊滅ですわ~!!
「これは~……!」
嫌な静けさを帯びる町中をオルフェットに手を引かれて走る道中、そこには倒れ伏す反乱軍の方と思しき遺体が。
いくつも転がるそれらはみな切り裂かれて絶命していました。
「この鮮やかな切り口は……やはり陛下なのですわね」
殺されてしまった方々がほとんど武器を抜く事すら叶わず真っ二つにされているのに気付き、これが誰の手によるものなのかはすぐに分かりました。
オルフェットが仰った通り、この町にリゲルフォード皇帝陛下がやって来てしまったのでしょう。
「馬車の人の家まで行ったんですが、壊されてました。大きな炎の塊が落ちたのか燃え上がってて、多分帝国の人に」
「そう、でしたのね」
陛下と共にアッシュも来ていたというなら、それをやったのはおそらく。
「フィアラ様、ここです」
考えている間に、オルフェットは町の中心に存在する広場の入り口付近の建物に隠れるようにして止まりました。
彼に倣ってわたくしも身を隠し、それから広場の方へとわずかに顔を出します。
すると、そこには無数の反乱軍が集結し、手前にはたった2人の戦力が並んで立っております。
そのどちらの背中にも、わたくしは見覚えがございました。
「皇帝リゲルフォードと、『太陽』の後釜っ!」
「クソが、なんで俺達の居場所がバレたんだ!?」
「ハハハ。アッシュ、お前はまだ名も覚えられていないようだな。あまり気を落とすなよ」
「落としませんよ。……どうせ覚えられてたってこいつらみんな死ぬんですから、嬉しくもないですが」
「いい返事じゃないか。お前はきっと大物になれるぞ、俺が保証しよう」
数の上では反乱軍が優勢に見えますが、彼ら2人はまるで意に介さないかのようにお喋りしています。
それも当然でしょう。数の差など、あの2人は簡単に覆せてしまうはずですから。
「てめぇら、暢気にくっちゃべってんじゃねぇぇっ!!」
余裕を崩さぬ態度に腹を立てた1人が陛下へと斬りかかります。
しかし、その刃は振り上げる事すら叶いません。1歩を踏み出した時、視線すら向けていないはずの陛下の衣服が少し揺れたかと思うと、襲い掛かった方は真っ二つにされてしまいました。
「お、おい今の剣が届く距離かよ……!?」
「やっぱ【無剣】の異名はマジなのか!?」
「そう恐れる必要もあるまい。反逆者諸君も俺に勝算があると踏んだから今日まで反乱を企てようと動いてきたのだろう?」
圧倒的な実力の差を感じ取り、反乱軍の皆様は後ずさります。反対に、陛下は彼らへと歩み寄っていきました。
「……どうした、違うのか。まさか数で押せば俺を討ち取れると妄信していたとでも?」
「っ……! お前ら、逃げろ!!」
撤退の指示を出したのは、ここ数日でもうすっかりと顔を覚えてしまった人物、反乱軍のリーダーでした。
「ロズバルト~!? ど、どうしてあんなところに~!」
皇帝と対峙する集団の中に彼の姿を見てそう驚愕します。
いえリーダーなのですから陛下の襲来を知ってロズバルトの元へ全軍が集結するのは当然ではあるのですが、それでも彼が絶体絶命の状況に追い込まれていては叫ばずにいられません。
「フィアラ様、声を抑えて……! 気付かれちゃいます!」
「ですけれど~! あのままではロズバルトも殺されてしまいますわ~!」
小声でそう言ったわたくしですが、今できる事がないのも理解はしています。
カトレアを呼んだところで間に合いはしないでしょうし、このまま見ていることしかできないのでしょうか。
そして逃走を図ろうとするロズバルトですが、もちろん陛下もアッシュもそんな事を許すつもりはないようです。
触媒の杖を手にしたアッシュが詠唱と共に火の球を反乱軍の彼らが逃げようとする街路の先へと放ち、燃え広がる業火が退路を封鎖してしまいました。
「ぐっ、逃げられねぇか!」
「当たり前だろ、姉さ……帝国市民の安全を脅かす連中は、ここで僕達が排除する」
「下がっててくださいロズバルトさん、まずはあっちの魔術師から殺します!!」
「皇帝に敵わねえなら弱い方からだ、【無剣】は相手にしないで逃げ道確保だぁ!!」
「なっ……おいやめろお前ら!」
ロズバルトの制止も振り切って彼らは進路を反転させ、アッシュへと襲い掛かります。
わたくしよりも魔術の才があるとはいえ、あの物量では彼1人ではひとたまりもないでしょう。
「まったく、俺を爪弾きにしようとは大した度胸だ。つれない事をしてくれるな」
しかし、立ちはだかるリゲルフォード陛下はその行動を許すはずもありません。
アッシュの前へと立った彼が僅かに腰を静めると、見る事すら叶わない高速の剣が次々に迫る相手を切り刻んでいきます。
残ったのは、ロズバルトただ1人だけとなってしまいました。
「――さて、これで雑兵は片付いたか」
陛下はロズバルトがリーダーである事に気付いていたのか、そう言いながら彼を見ます。
「このベラスティアで反乱を企てた首謀者だな。貴様の力がどれほど俺に通用するか、見せてもらおうではないか」
「っ、生憎と、俺は別に強いからリーダーになったわけじゃねえんだよ」
「そう謙遜するな。集団のトップが相応の実力を持つのは当然であるだろうに」
「……それ多分陛下くらいですよ」
「ハハハ、アッシュよ、面白い事を言うでは……いや、その顔まさか、本当にそうなのか?」
アッシュとロズバルトの顔を交互に見ながら、陛下は反乱軍のリーダーが強くない事を知って落胆した様子でした。
「ふぅ、少し残念ではあるが……仕方あるまい。貴様は反乱の首謀者として、この場で処刑を」
「~!」
「えっ、フィアラ様! だめだよ!」
無慈悲にも歩き出した陛下を見て、わたくしにはもう隠れて状況を覗っているなどできはしませんでした。
背中からオルフェットの必死の声がしましたが、今ばかりは聞いてあげるわけにもいきません。
「お、お待ちになって~~!!」
広場に残された3人の視線を一か所に集中させるように、わたくしは全霊を込めて声を張り上げながら堂々を姿を現します。
後先の事は……何も考えていませんでした。
ただ、今この場でロズバルトを救わなくてはいけない、そんな一心に支配されての行動でした。




