誰にも渡さないですわ~!!
「今夜はもうずっと一緒にいます」
「あらあら~」
夜も更けてまいりました頃ですが、カトレアはわたくしのお部屋から出ずにそう仰りました。
ロズバルトも、彼女に続いて帰ってきたオルフェットも追い出して自分だけでわたくしの看病をするおつもりのようです。
「も~、ロズバルトにやましいお気持ちはありませんと先程説明しましたのに~」
「信用できません。ていうかさっきのあの人すごい顔してましたよ」
「……まあ、それはわたくしもあそこまでお見せするつもりではありませんでしたから~……」
故意でないのはロズバルト自身からもお聞きはしましたが、流石にあれは少々驚いてしまいました。
彼はわたくしの後ろにおりましたので見えたのは美しい背中だけでしょうけれど、流石にドキドキしてしまったのも事実です。
「ですけれど、彼にはとても大切に想っている女性がいらっしゃるのですから、きっとすぐに忘れて下さいますわ~」
「その大切に想ってるファルメリアって人にフィアラさんが似てるから大変なんじゃないですかー。絶対しばらく忘れられませんよ」
楽観気味なわたくしに釘を刺すように彼女はそう言いました。
先刻の暴走したカトレアを落ち着かせるため、ロズバルトの奥様の事を教えてしまったのです。結果的に彼女もそれで大人しくなってくださったのですけれど。
しかし彼女の言葉にも一理はあるかもしれません。亡き妻の面影を残すわたくしに、ロズバルトが何の情も湧きはしないと決めつけるのは間違っているのでは?
「……そう考えますと、先程のわたくしはひどく大胆だったのですわね~」
何の気なしに肌を晒してはいましたが、ともすれば彼を誘惑していると見られてもおかしくはなかったのではないでしょうか。
……ああっ、今になって恥じらいが。少し下がり始めていた熱がまた上がる気配を感じます……。
「気をつけてくださいね。2人だけだった時は何もしなかったみたいですけど、気が変わって戻ってきても不思議じゃないですもん。フィアラさんは可愛いんですから」
「そうですわよね~。もしあのままロズバルトを惑わせてしまっていたら、お母様にもファルメリア様にも合わせる顔がありませんでしたわ~……」
ロズバルトにはとても酷な思いをさせてしまったのかもしれません。いずれ何らかの形でお詫びはさせていただかなくてはいけないでしょう。
「ところで、まだ体動かすのは辛いですか?」
「ええ。起き上がるくらいならどうにかなるんですけども~」
「ですよね、やっぱり」
そう言うと、カトレアはわたくしの方に手を伸ばしてきます。
ベッドの中に滑り込ませ、そのままわたくしの腕を探し当てて持ち上げました。
「わぁ……まだ熱持っちゃってますね。今朝はできなかったですけど、ちょっとマッサージしてあげます」
手袋を脱いだカトレアはそれを胸ポケットへ納めてわたくしの腕をくまなく揉んでいきます。
炭のような指先ですが、それでも力はしっかりとこもっていて、少しずつ腕の痺れが和らいでいくような気がいたしました。
「あぁ~、お上手ですのねカトレア~。ちょっぴりジンジンする感じが減りましたわ~」
「そうでしょう。召喚される前は友達でいっぱい試してましたから」
「あら、カトレアにはご友人がおりますのね~」
「そんなに多くはないですけど。あ、でも最近ちょっと増えました」
この国に呼び出される前、つまりカトレアが元いた世界にはお友達が……つまり彼女の帰りを待つ方々がいらっしゃるのですね。
わたくしにはおりません。幼少の頃はおりましたが、魔術の才能がないと知るや皆様離れていってしまいましたので。
「それでは、やはり早く元の世界へ帰りたい、ですわよね」
わたくしはカトレアへそう尋ねます。
アッシュから貰った指輪で召喚した彼女ですが、戻るべき場所がある模様。
優れた魔術の才があるとはいえ、本当は戦いなど避けて早く帰還したいのではないでしょうか。誰も知らない方ばかりの世界で、命など落としたくないでしょうから。
ということを考えての質問だったのですが、カトレアはすぐに首を横に振ります。
「いえ、今はフィアラさんが気になりますし。別にそんなことは思わないですよ」
「そうなんですの~? ……でも、それは指輪の契約があるからだったりは~?」
「違いますよー。フィアラさんは私にとってもう友達みたいなものなんですから。契約とかは関係なく一緒にいたいんです」
平然と、彼女はそんなことを仰いました。わたくしの事を友達と。
言葉通りに受け止めてもいいものかは分かりませんが、嬉しいですわね。魔術の才能のない事を知っているわたくしに、面と向かってそんな事を言ってくださるなんて。
「……うふふ、お優しいのですね、カトレアは」
「えーなんですかそれ。私が本当はフィアラさんの事なんとも思ってないみたいに聞こえるんですけど。私、フィアラさんの言う事なら何でも聞くつもりでいるんですよ?」
「それは……お友達とはまた違う関係のような~」
本心ではないのでは、と考えて言ってしまいましたが、それを聞くと彼女は唇を尖らせて不服そうな顔をしました。
「別に友達じゃなくてもいいんですけどね。フィアラさんが望むなら恋人とかそれ以上でも、なってもいいんですけど」
「こ、恋人~! ちなみに、それ以上といいますのは~……?」
「んー、姉妹とか? ね、フィアラお姉様」
宿屋以来にそう呼ばれ、カトレアは目を細めました。
揉まれていた手が握られて彼女は少しわたくしの枕元へと体を近付けてきました。
「ま、前々から気になっておりましたけれど……やはりカトレアは、女の子がお好きなのですか~?」
「別にそういうわけでもないですけど、フィアラさんの事は好きですよ」
「どういうことですの~!?」
まさか、カトレアはわたくしの事を男性だと勘違いしているのでしょうか。いえ、それはあり得ませんね。ロズバルトのうっかりで確認してますし。
ではわたくしの事は特別に見ている、という事に? けれどそんなに彼女の心を動かす何かをしたでしょうか?
熱でうまく回らない頭をどうにか動かそうとしながら、しかし答えが出ないままにカトレアの小さなお顔がだんだんと近付いて来て――。
「……でも、私からは何もしません」
吐息が頬にかかるくらいの距離で、耳元にそう囁かれました。
「ぇ~……?」
「今は特にフィアラさんが何もできないのもありますけど、私って結構奥手で。自分からいっちゃうのはちょっと違うかなーって思うタイプなので」
「奥手~?」
自分の気持ちをだいぶ真っすぐに伝えていらっしゃるような気がするのですが、奥手ってそういう意味なのでしょうか。
ですがカトレアの本気具合はしっかり伝わりました。彼女が引いた一線をこちらから飛び越えに行けば受け止めてはくれるのでしょう。
まあ今すぐに答えを出すには難しいお話ではありますけど。
「気が向いたらいつでも教えてくださいね、フィアラさん。できれば契約が終わる前がいいなー」
「1年は待ってくださいますのね~」
「皇帝になるのが速ければもっと短いですけどね。……でも時間切れになったら大変だし、期限を延ばすためにも魔力はちょっとずつ貰いますねー」
両手でわたくしの手をカトレアは握ります。その間にもマッサージは続けてくださっているのか、手はにぎにぎされています。
気長に待ってはくださるようなので、その間わたくしも真剣に考えて差し上げなくてはなりませんね。
このわたくしをお友達と認めてくださった彼女の望む答えを出せるかは分かりませんが、希望通り、皇帝となるその日までには。
「……ところでフィアラさん。私そろそろ眠くなってきちゃったんですけど……一緒に寝てもいいですか?」
「やっぱりあなた、奥手ではないんじゃありませんの~?」
なんて言いはしましたが、彼女のマッサージで少し楽にはなれましたしお礼として許可はしました。同じベッドで眠るくらいは前もやりましたし。
風邪による発熱というわけでもありませんし、うつしたりはしないから大丈夫でしょう。




