ファルメリアってどなたなの? ですわ~!!
時折ロズバルトが出していたファルメリアという名前。
なんと、それはわたくしのお母様の妹だったというのです。
「あら~、そんな偶然もあるんですのね~。確かに名前の響きも似ていますし」
偶然の出会いからアルヴァミラの一員となったお母様と、その娘であるわたくしが偶然にもお母様の妹の夫と出会うとは、本当に珍しい事もあるものです。
「それで、ファルメリア様はお元気ですの~? ……あっ、もしかしてわたくしがお仕事を探して回っていた時にすれ違っていたりしました~!? でしたら熱が下がりましたらご挨拶しに行きませんと~」
「……、いや、反乱軍にはいねえよ」
「あら、そうですの~? ではどちらに~……」
奥様を危険な戦いにだなんて巻き込みたくないでしょうし、やはりどこかの村にいらっしゃるのでしょうか。
そう考えているとロズバルトはこちらへ向ける視線が一瞬揺らぎました。
「殺されたよ。帝国の兵士にな」
わたくしの言葉を遮るように言い捨てると、彼はそのままベッドから離れて椅子に座り直します。
さらりと言いこそしましたが、その顔には怒りとも悲しみともつかない感情が滲み出しているような気がしました。
「っ、悪い事は、していらっしゃいませんのよね」
「当然だ。あいつは何も……殺されるような事なんかしちゃいなかったんだ」
返しながら奥様が殺された時の事を思い出してしまったのか、ロズバルトの拳は震えながら強く握り締められていました。
「それではどうして、ファルメリア様は~……」
「聞きたいか?」
「あ……いえ、申し訳ありません。思い出したくない事もありますでしょうし、ご無理はなさらず~!」
「いや、いいさ。むしろ姫さんがフォルトクレアの娘だってんなら、聞いてくれ。で、母親のとこにでも帰った時に伝えてやってほしい」
「ロズバルトがそう言うなら止めはしません。お母様への伝達も……努力はさせていただきますわ~」
頷きはしましたが、後半の事柄に関してはあまり自信がありません。
なにせ家を追われたわたくしですから、アルヴァミラの館に帰れる可能性は低いでしょう。どなたかに伝達を頼めればいいのですが、そんな心当たりもございませんし。いえ……最近伝えてくださりそうな方と出会えはしましたが、流石にそんな事を頼むわけにも。
ともかくロズバルトは奥様に何が起きたのかを語り始めるのでした。
「あれは、特になんて事のない普通の日だったな。ファルメリアと俺は一緒に夕飯の買い物に出かけたんだ。最近は冷える夜が続いてたから温かいものにしよう、とかそんな話をしてたかな」
彼は少しばかり楽しそうに口を動かしていました。きっと、「その直前」までは美しい記憶のままだったのではないでしょうか。
「行きつけの店で買い物して、肉やら野菜やらにちょいとオマケしてもらって……それと、デザートにって果物までもらってな。ファルメリアも甘い物が好きだから、嬉しそうな顔してたよ」
「あら、実はお母様も果物は好物でしてよ~」
「ほお、流石姉妹って所だな」
お母様の事を知り、ロズバルトは関心の声を上げました。
ちなみに、わたくしも甘い物は嫌いではありません。先日カトレアから頂いたリンゴもとても美味しくて印象に残っております。
「……まあ、結果的には断っときゃ良かったんだが」
「……もしかしまして、その果物が原因で~……?」
そこで頷き、ロズバルトの顔は一気に暗さを増します。
「家まで我慢できなかったのか、ファルメリアが貰ったリンゴを買い物袋の中から取り出そうとしてな。片手で無理矢理やったもんだから、道に全部ぶちまけちまったんだ」
「リンゴ、ですのね」
それを聞いて、わたくしの頭の中では先日の光景がよぎりました。
手の中から滑り落ちたリンゴと、それを追いかけるわたくし。
彼の奥様がどのような状況であったのかは詳しく分かりませんが、もしかすると、それは……。
「俺は散らばったもんを袋の中に戻してたんだが、ファルメリアは転がってっちまったリンゴを追いかけてな。……で、そのリンゴを酔っぱらった帝国兵が踏みつけてすっ転んだ」
そこで一旦区切ると、ロズバルトは震える拳を額に当てる体勢になりました。
「……そしたらそいつがキレたのか剣を抜いてな。俺が見ている前で、ファルメリアは……」
「ロズバルト、もう、大丈夫ですのよ。無理なさらないで」
悔しさか、怒りか。涙声で続けようとする彼の拳に手を添え、止めに入ります。
理不尽に愛する人を奪われたという事は、そこまでで十分に伝わりました。
「っ、ああ……そうだな、これ以上は。姫さんに聞かせる事じゃないよな」
感情が爆発しかけていたロズバルトも落ち着きを取り戻そうとし、涙を拭って顔を上げました。
それから再びわたくしの方へと顔を向けます。
「とまあ、そんなわけで俺はファルメリアの仇を討つために反乱軍なんてのを作って、リーダーなんてのを今やってるんだ」
「え? それでは問題を起こした兵士は処分されておりませんの~!?」
「いや、俺もそいつがその後どうなったのかまでは知らねえんだ。だが……その兵士を皇都で見たってやつがいたそうでな。それが本当だってんなら、今ものうのうと生きてる野郎を殺してでもやらねえと、気が済まねえんだ」
それを聞いて、わたくしも納得いたしました。
彼の妻の死が、ロズバルトに反乱軍を指揮させる重大な要因となっているのですね。
とても責められる事ではありません。大切な人を身勝手な理由で殺されたのなら、それに対する報復を考えてしまうのは仕方のないことでしょうから。
「……そうだ、姫さんが俺の前に現れた時も驚いたよ。なんせ姫さん、ファルメリアにそっくりなんだもんな」
「まあ、お母様がファルメリア様の姉だったのですものね~」
ロズバルトが「自分の顔に覚えがないか」なんて聞いてくるのも当然の事です。
きっと彼には死んだはずの人が再び現れたかのように映ったんでしょう。
「俺は今までずっと悪い夢でも見てて、ファルメリアがそれを覚ましに来てくれたのかと思ったよ。んな訳はなかったんだが……まさかフォルトクレアの娘とはな」
「あらあら、もしかしてわたくしにも惚れてしまいまして~?」
「ハッ、馬鹿言え。俺が愛したのはファルメリアで、姫さんじゃあねえよ。だけどよ……」
そう言って、ロズバルトはわたくしが差し出していた手を握り返し、見つめてきました。
そのお顔はとっても真剣で、まじまじと観察されている内にだんだんと恥ずかしさが増して、ベッドの中で身じろぎしてしまいます。
「な、なんですのロズバルト~? だけど、なんですの~?」
「え? いやあ、すげえベッタベタだなと思っただけだが」
しばらく眠っていた間に汗をかいたわたくしの手を握るロズバルトはそう仰いました。
それもそうでしょう。なにせ全身が川にでも飛び込んだように汗で濡れているのがわたくし自身にも分かるのですから、当然腕や彼に握られている手のひらも……。
「ぬ、濡らした布を持ってきてくださいまし~~~~!」
余計に汗をかきながら、ロズバルトから手を振りほどくのでした。
まあち~っとも力が入らないのでほどけなかったんですけれども。




