こうして2人は恋に落ちたのですわ~!!
「……あら、わたくし、いつの間に眠ってしまったのかしら~」
発熱するほどに疲労していた体は休息を求め、まぶたを閉じるとあっという間にまどろみの中へ落ちていました。
今も全身が痛みますけれど、先程よりは心なしか良くなった気がします。
ただ、体が熱を持ってしまっているせいか、ひどく汗をかいてしまいました。
「おっ、起きたか。……あんま夢見はよくなかったみたいだな」
目を閉じる前と変わらぬ姿勢で椅子に座っているロズバルトが声をかけてきます。
特に夢は見なかったのですけれど、なぜそんな事を思ったのでしょう。
「も、もしかしてわたくし~、なにか変な事とか口走っておりました~……?」
覚えはないものの、もしかすると寝言を聞かれてしまったのかもしれません。
恥ずかしさを覚え、布団で顔を隠しながら遠慮がちに聞いてみますと、ロズバルトは首を横に振りました。
「いや、変ではなかったが。何回か『お母様』って呟いてたぜ」
「そうでしたのね~……おほほ」
おかしな事ではありませんでしたが、無意識の内にうなされていたわたくしはお母様の事を呼んでいたようです。
でも、やっぱり恥ずかしいのは変わりませんので更に全身の熱が上がってしまいそう。
「やっぱ、家に居た時は母親が看てくれてたのか?」
「え? あ~そうですわね、お父様は陛下の護衛でお忙しいですし、わたくしが熱を出した時はお母様がよく看病してくださっておりましたわ~」
相当わたくしの母を呼ぶ声が切実だったりしたのか、彼も真剣な顔で聞いてきました。
返しながら脳裏には幼少の頃にお母様が甲斐甲斐しくわたくしを介抱してくださる光景が思い起こされます。
家を追われた日はとても厳しいお言葉を投げられはしましたが、それまで彼女がわたくしを大切にしてくださっていたのは事実なのです。
「お母様、元は貴族でもなんでもない平民だったそうですから、お父様との間に初めて産まれたわたくしを立派に育て上げようとしてくださっていたのかもしれませんわ~」
「へえ、平民の。あの『太陽』のラグレイズがよく選んだもんだな。まさかとは思うが、一目惚れでもしたのか?」
「おほほ、それはもう大恋愛だったそうですのよ~。わたくしが幼い頃はお父様もお母様も昼夜問わずラブラブしておりまして~」
いわゆる、身分違いの恋というものですね。お父様は詳細を語りませんが、お母様はよくそのお話を語り聞かせてくださいました。
ロズバルトも興味がおありなようですから、折角ですし教えてあげましょう。
「あれはお父様が若かりし頃、リゲルフォード陛下の前の皇帝陛下に仕えていた時の話です。帝国の視察を兼ねて各地を回る皇帝の護衛として訪れたとある町で、2人は出会ったのだそうです」
理由はとてもありふれたものだったはずです。食べる物を買いに来た時、偶然に同じ物へ手を伸ばしてそれが触れ合ったとか。
「んでラグレイズが恋に堕ちた、と」
「いえ、それはまだでして、実はお母様の方が先にときめいてしまったのですわ~。ロズバルトも知っていらっしゃった通り、お父様は有名なようでしたから」
『太陽』という2つ名で呼ばれはじめたのもその頃からだったそうな。
もちろん、お母様も既にお父様の事は知っていたそうです。
「ですが既知であったのはその強さばかり。容姿までは知らなかったお母様はそこでようやく外見を知り、帝国最強の魔術師であったお父様が可愛らしい姿であったことにグッときたそうですわ~」
「……可愛い? あのオッサンが?」
「もう~、誰にだって若かりし頃はあるものですわよ。それはもう当時は美少年だったそうです」
ロズバルトは信じられなさそうなお顔です。確かに今のお父様は力強さを感じさせる体格ですし、渋い相貌になっていますからね。
「ともかく、想像もできないほどに華奢な彼の姿にお母様はギャップを覚え、1度は告白しようかと思ったそうですが……直前で止めてしまったそうです。やはり平民という身分が邪魔をしてしまったようですわ~」
アルヴァミラは帝国の中でもとびきりの名家ですから、本来平民が恋をするだなんて許されてもいなかったはずです。
魔法の才能だってわたくしほどではないにしても低かったお母様がその気持ちに諦めをつけようとするのに時間はかからなかったのでしょう。
「お父様の名前だけを聞いて、お母様はその場から逃げようとしたそうです。……ですがその時、すれ違うように彼へと向かっていく殺気に満ちた方を見たそうです」
当時のお父様は各地の戦場でも名を馳せたお人。当然、敵対する国からの刺客というのも珍しくはなかったのです。
どこかから送られてきた暗殺者を、お母様が発見したわけですね。
「振り向いた時には刺剣が抜き放たれていたそうです。それを見てお母様は逃げるでもなく……無意識に止めに向かっていたそうでした」
「そりゃまた無謀な……」
お母様も当時は何の力も持たない女の子でしたからね。ですが結果的にその無謀さがお父様を射止めたようです。
「暗殺者の腕を掴み上げたお母様ですが、腕力では敵わずあっという間に振り払われてしまいました。関係者だと思われた母へ剣が襲い掛かろうとした時、お父様の魔術が炸裂して暗殺者は焼かれたそうです」
倒れていたお母様を抱き上げると、そのままお父様は2人で安全な場所へと避難したそうです。
「そこからはもうあっという間でしてよ。窮地を救われたお母様はますます惚れ、お父様も彼女の無事を確認するという名目で度々護衛の任を抜け出して会いに行っていたそうで、しまいには陛下直々に『もういっそ付き合ってしまえばどうだ』と仰ったそうです」
ある意味皇帝直々の公認のようなものですし、決め手はそこだったのかもしれません。
それを後押しと受け取ってか、お父様はお母様を妻とする事を直接宣言しに行き、ほどなくして結婚したそうです。
「というわけでしてお母様、フォルトクレア・リズモール・アルヴァミラが誕生したのですわ~」
「ど、どういう事だよ……」
「? あ~お父様が惚れた理由ですの? それは直接教えてはいただけてないのですが、よくお母様をだっこしてましたのでそれではないかと~」
わたくしもそこはお母様に聞いたのですが、顔を赤らめてはぐらかされてしまうのです。
まあ色恋の話ですし、我が子には説明しにくい内容を含んでいても不思議はないでしょう。
「違う、そこはどうでもいいんだ。姫さん今、フォルトクレアって言ったのか!?」
ロズバルトが引っかかったのはどうやらそこではなかったようで、すごい形相で枕元に手を置いてわたくしを見てきました。
「はい~。ええっと、お母様の名はフォルトクレアですけれど、どうなさいましたの~……?」
お父様とは反対に、魔術師として強いわけでないお母様はその名を知られていないのでしょうか。
そして首肯を返したわたくしに、彼は驚く事を伝えたのでした。
「フォルトクレアはファルメリアの……俺の妻の、姉の名前だ」




