再会ですわ~!!
陛下が、いえリグレットが去った後、わたくしはカトレアと共にはぐれていたロズバルトと合流しました。
と~っても怖い顔をしておりました……。
「……逃げ出したのかと思ってひやひやしたぞ、姫さん」
「その、御迷惑をおかけしたのは事実ですので、申し訳ありません~……ですけれど、カトレアやオルフェットを残して逃げたりはしませんわ~!」
兵士の方が駆けまわっているようですから、その機に乗じてわたくしが逃亡するのではないかを危惧していたようですね。
2人を置いてそんな薄情な真似をするつもりなんて欠片もありませんでしたが、あのままカトレアが現れなければリグレットに何をされていたのかは分かりませんので、危ないところではありました。
「でもフィアラさん変質者に追い詰められてましたし、私が来なかったらあのまま連れ去られてたと思いますよ」
「そうでしたの~? でしたらそれはそれで~……」
「えーーーー!! フィアラさん強引な方が好きなんですか!?」
「ち、違いますわ~!! そういう意味じゃなくってですわね~!」
カトレアが変質者と呼んでいるのはリゲルフォード皇帝陛下の事です。
別にああいった迫り方が好みという話ではないのですが、わたくしの目的は陛下に代わり皇帝になる事。
もしもあのまま陛下がわたくしを連れ去っていたのであれば、事情を説明してどうにかその座をお譲りいただくことができていたり?
……いいえ、それは夢を見過ぎでしょうね。既にわたくしは陛下との婚姻もなくなり、もはや何の関係もない人間なのですから。
「ともかく、姫さんが見つかったなら早い所他の連中と合流してこの町を出るぞ。買うもんは買ったしな」
「なんだかお急ぎのご様子ですけれど、どうかしましたの?」
「ん、ああ……なんでも兵士の連中が探してんのは、皇帝らしいんだよ」
ロズバルトが声を潜めてわたくしに教えてくださいました。
「あ~~~~そういうことでしたのね~~……」
ようやく町の入り口で聞かれた事に納得がいきました。確かに、彼は一目見ただけでも印象に残るほどに目立つお方。
そして秘密裏に何かを探していらっしゃるようなのですが、たくさんの兵士の方が探し回っている辺り、彼らにもその内容は伏せられているのかもしれません。
いったいあのお方は何を探しているのでしょうか?
「なんで皇帝がこんな所にいるのかは知らねえが、見つかる訳にはいかねえ。もしも俺達の素性がバレれば間違いなく皆殺しにされちまうからな」
「……まあ陛下はやると決めたら容赦の無いお方ですものね~」
つい先程陛下の実力をこの目で見てきたばかりですし、ロズバルトも陛下を恐れているのには理解できました。
対してカトレアは不思議そうに首を傾げます。
「そんなに怖がらなくっても、多分私が倒せると思いますけど」
「ハッ、なんだよ姫さん、あんたの仲間は【無剣《ノーブレイド》】の実力も知らないのか?」
「え、なんですそれ? 皇帝の名前?」
「そうではなくって、陛下の異名ですわよ」
そういえばカトレアにはまだしっかりと陛下の事について説明をしていませんでした。この機会にお教えした方がいいでしょう。
「リゲルフォード陛下の剣術は歴代の皇帝の中でも群を抜いて優れておりまして、その恐ろしいまでの早打ち剣は、もはや人の目には捉えられない領域へ達してしまっていますの。……そうしていつしか、「実は陛下の持つ剣には刃などないのでは?」なんて噂が立つほどになり、【無剣】の異名で呼ばれるようになったのですわ~!」
「へえ。しかもフィアラさんが惚れちゃうくらいの美人さんなんですっけ」
「そうですわね、黒髪で褐色肌で、そして碧眼の……お方ですわ~……」
「……ちなみに、その人って剣だけじゃなくて素早さとかも凄かったりします?」
「そりゃ、見えない速度で剣を打ち込めるんなら自然と速度も相応に出せるだろうよ。見たことはないから実際どうかは知らんがな」
ロズバルトはそう言いましたが、カトレアはもう自分が変質者と呼んだのが誰だったかを理解したような顔をしていました。
真っ青、とはなりませんでしたが、口に手を当てて目を見開く姿はビックリしているというのがすぐに分かります。
「そうだったんだ……」
「カトレアも陛下の恐ろしさ、とうとう理解しまして?」
「いえ、そうじゃなくて手加減しないでやっちゃえばよかったかな、って」
「まだ言うのかコイツ……」
まるで先程のリグレットへの攻撃は本気でなかったかのような物言い。
ロズバルトはそれを呆れるような顔で見ております。
ですが、わたくしは少し違います。負け惜しみと取れなくもないかもしれませんが、あの場にはわたくしもおりました。
彼女はわたくしの事を大事に想ってくださっているようですから、もしかすると本当に加減はしていたのかもしれません。
始めから陛下の詳細をお教えしていたら、少なくとも陛下が逃亡できないように魔術で退路を塞いだりしていたのでしょうか。
「でも顔は分かりました。次会った時は私が勝ちますから、期待しててくださいね、フィアラさん!」
「あらあら、自信満々ですわね~」
両手で拳を作り、勝ち気な顔でカトレアはそう仰いました。
やはり彼女には恐れなどないのか、それとも本当に陛下の力を見誤っているのか。
どちらにしても次にカトレアと陛下が出会う時があれば、壮絶な戦いが起こる事は想像に難くありません。
あまりわたくしを邪険には思っていない様子だった陛下には申し訳ないですが、2人を止められる力もありませんから、そうならない事を祈るばかりしかできません。
「……あ、そうだフィアラさん、これをどうぞ」
すると、カトレアはふと思い出したように荷物袋の中からあるものを取り出し、わたくしにくださいました。
「あら、リンゴですわ~」
「食べたがってたって聞いたので、さっき買っておいたんです。1番美味しそうなの選んだんですよ」
手渡されたリンゴは真っ赤で、つやつやしているとても綺麗なものでした。
すごく大きくて片手には収まり切りません。
「まあ~、本当に美味しそうですわ~!」
「おい……誰が無駄遣いしていいって言ったよ」
「これは私のお金で買ったものですから。それにフィアラさんのために買ったんですから、無駄遣いじゃありません」
渋い顔をするロズバルトに堂々と言って、「さ、どうぞ召し上がってください!」とカトレアは目線を向けてきます。
「そうですわね、走り回って喉も乾きましたし、いただきますわ……あっ」
口元に持っていこうとしたリンゴがつるりと手から滑り落ちてしまいました。大きすぎてしっかりと持てていなかったようです。
「あぁ~! お待ちになって~!」
せっかくカトレアがわたくしのために買ってきてくれたものをこのまま眺めているわけにもいきません。
ころころと転がるリンゴを追いかけ、わたくしは必死に拾おうとします。
「……っ!? おい姫さん、ちゃんと周り見ろ!」
「はい~? ……きゃぁ!」
あと少しで手が届くという瞬間に、ロズバルトが叫びました。
顔を上げると、ちょうどなにか硬いものと激突したような感覚が。
わたくしは弾かれるように回転し、尻もちをついてしまいました。
「い、いたた~。なんですの~……?」
ぶつかったのが何なのかを確認すべく顔を上げます。
すると、そこには帝国の兵士の方がじっとわたくしの方を見つめて立っていました。




