人違いですわ~!!
わたくしを救出してくださった方の圧倒的な力とその容姿。2つが合わされば、このベラスティアにおいてかのお方の名を知らぬ者はいないでしょう。
それはリゲルフォード・トーチャー・ベラスティア陛下。名前が示す通りにベラスティア帝国の皇帝であり、元ではありますけれどわたくしの婚約相手でもあったお方です。
「へ、陛下が、どうしてこんな所にいらっしゃいますの~!?」
大国であるベラスティアの頂点である陛下はとてもお忙しい方。それがわざわざこのような町においでになっているとは、何事なのでしょうか?
「……陛下? 何の事かな、俺は……いや、私はリゲルフォードではないが」
「う、嘘が下手すぎますわ~!」
わたくしの問いには答えず、陛下はいきなり口調を変え始めました。
まあ素顔を隠していたわけですし、何か知られたくない事情を抱えておいででも不思議はないのですけれど、流石にバレバレです。
だいたいさっきわたくしの名前を呼んでおりましたし。
「……すまん、フィアラと会えるとは思わず、緊張していた。……察してほしい」
「あ~……そういう事でしたのね」
顔をそむける陛下に、わたくしも納得しました。
家を追い出されて以降は会えずにいましたが、婚約が無かった事になった件についてはお父様から説明があったはず。
どのように聞いているかは分かりませんが、もうわたくしと会う事などないと考えていたのでしょう。
そんなわたくしと偶然にも再開し、陛下はどんなお気持ちでいらっしゃるのでしょうか?
「ともかく、今の私はリゲルフォードではなく、「リグレット」だ。皇帝とは別の人間だと思って接してもらいたい」
考えていると、陛下はその偽名を告げてきました。
「え? まだ続けますの陛下~……?」
「……事情があるんだ。陛下はよしてほしい。私は襲われていた貴女を助け出した平凡な剣士、リグレットという事にしておいてほしい」
あの強さで平凡な剣士というのは無理があると思うのですが……それでもこれだけ念押しなさるのですから陛下にも、いえリグレットにも話せない事があるのでしょう。わたくしは静かに頷きました。
すると、リグレットは顔を綻ばせます。
「ありがとう。では私は皇帝とはよく似ただけの別人ということで」
「こんなお顔がこの世に2つとあるとは思えませんけれど~……」
「そう意地の悪い事を言うな。……ところでフィアラ、貴女はこの近隣で起きた『火柱』を見たか?」
「あ~、もしかしてカ……」
先日カトレアが巻き起こしたあれの事かな、そう思い口にしようとしましたが、すんでのところで止めました。
いけません、彼は今リグレットという事になっていますが、本来は皇帝陛下であるのです。
聡明な彼へ素直に答えてしまえばそれがどこで発生したのか、そしてあの町に反乱軍が多数潜伏している事までも推察できてしまうかもしれません。
「し、知りませんわ~」
「私が言うのもなんだが、嘘が下手だな……」
勘の鋭いリグレットは、声を震わせながら視線を逸らしただけのわたくしの嘘を一瞬で見抜いてしまいました。
そしてわたくしを問い詰めるべく、彼は先程に続きわたくしを壁際へと追い詰めてしまいました。2度目です。
「ひ、ひいぃ~」
「隠し事はしないでほしい。私は帝国内で異常が起きていないかを見て回るという名目で各地を回る最中だから、放っておけないんだ」
まあ、そっちはついでのようなものだが……と小さな声で呟いて、真っすぐにこちらを見てきます。
さっきとは違って相手の素性も分かっておりますので怖くはありませんけれど、リグレットの情熱を感じる瞳を見ていると、つい本当の事を零してしまいそうになりますわ……!
「い……いけませんわ陛下~! そんなに見つめないでくださいまし~……!!」
「顔を隠す事はないだろう。元は婚約相手なのだから……いや、そもそも今は陛下ではなく」
照れを我慢できず、手でリグレットの視線を遮ってしまいました。
笑いながらその手はどけられようとしたのですが、突如彼の動きは止まってしまいます。
「……陛下、ではなくってリグレット? どうかなさいましたの~?」
目を見開いたまま固まるリグレットの視線の先。そこにあるのはカトレアを召喚したあの契約の指輪でした。
アッシュに付けてもらったままの位置にあるので、正確に言うと薬指ですね。
「っ、この指輪は」
「……おほほ~、違いましてよ、これはですわね、弟から送られたものでして~!」
「アッシュから!!!!!!!!」
目も口もより一層大きく開かれたまま、彼は大きな声で弟の名を叫びました。
どうやらアッシュはきちんと陛下にお仕えしているようです。もう名前を憶えてもらえているのですね。
……とか喜んでいる場合ではありません。明らかに勘違いをなさっているお顔です。
「フィアラ、もしや俺ではなく弟を選んだのか……!」
「あの~、呼称が元にもどっておられますけれど~! あと、違いますわ~!!」
やはり言葉が足りず、大いに勘違いをさせてしまったようです。
誤解を解くべく訂正を口にしようとしたのですが、そんな時視界のすみに見覚えのある人物が。
「あら、カトレア」
「フィアラさん!」
息を切らせているカトレアは、もしかするとわたくしを探してずっと町中を走り回っていたのかもしれません。
彼女はわたくしを見付けると途端に表情が輝き、
「……と、悪漢!!!」
そしてわたくしを壁際に追い詰めるリグレットを見て手袋を外して黒鉄の触媒を顕現させました。
こっちも大いに誤解をしているようです。
「カトレア~!? お待ちになって~!!」
「おおっ!?」
リグレットだけを焼き殺そうと放たれた炎の球でしたが、なんと彼はそれを回避してみせます。
そのまま何度も火球がリグレットめがけて連射されますけれど、その全てを避けながら遠ざかっていってしまいました。
「中々に強い護衛がいるようで何よりだ! フィアラ、続きはまた近い内に!」
「フィアラさんには2度と近付かせませんー! あっち行けすけべー!」
あっという間にリグレットは見えなくなり、カトレアは彼がまたどこからか襲ってくるのではないかとキョロキョロして警戒しているようです。
思わぬ出会いと別れを経ることにはなりましたけれど、ようやくカトレアと再会することができました。
陛下におかしな疑いを持たせてしまったのは気がかりですけれど……今は彼女と無事に会えたことを喜ぶことといたしました。




