悪を討つ刃ですわ~!!
凶行へ待ったをかけた方は、顔から足元まで全てを隠すように外套を纏った男性でした。
フードに隠れお顔は見えませんが、武装した8人を前に怯むことなく歩み寄っていきます。
「おい、それ以上こっちに来るな。忠告は1回だけだ、殺されたくなけりゃそのまま回れ右して帰れ」
「これは御親切に。ではこちらからも1度だけチャンスをやろう。死にたくなければその場で跪き許しを乞うがいい」
「……」
挑発的な態度に、彼らは怒り心頭なようです。
もうわたくしの事は後回しにするのか、8人の男性方は外套の方を取り囲みました。
「ヘヘヘ、英雄気取りの馬鹿が。8対1で勝てるとでも本気で思ってんのかぁ?」
「……ふむ、確かに少々不利か。では貴様ら、仲間がいるなら連れてこい。今の倍程度の人数なら苦戦するフリ程度はしてやれるぞ」
囲まれてしまったというのに、外套のお方はなおも余裕を感じさせる態度です。
欠片の恐れも見せない彼に、8人は一斉に武器を構えました。
「本気で死にてえらしいな」
「……なんだ? まだ貴様らの自己紹介を聞かねばならんのか?」
「……二度とその口聞けなくしてやらぁっ!!」
外套のお方の背後から2人が襲い掛かります。鋭利な刃が首を、重厚感のある鉄槌が頭部へと容赦なく振り下ろされました。
彼はその攻撃へ振り向きもせず、ふわっと外套の腰の辺りの布が浮き上がるような動作をしただけでした。
「っぐ」
「は……?」
ですが、そのわずかな動作の後に2人の悪漢は腕を斬り飛ばされ、胴体から真っ二つになって地面に転がっていました。
わたくしを含め、外套の彼以外の全員が何が起きたのか理解できず、一瞬時が止まったかのように静まり返ってしまいます。
「っ!? てめぇ、やってくれたなぁ!!」
「殺してやる!!」
仲間を殺され、残った6人は全方位から同時に攻撃を仕掛けました。
彼がどんな技を使ったのかは分かりませんが、それでも2人を倒したのはなんらかの斬撃であるのは斬られたような傷から想像ができます。
であればその斬撃が一方向にしか放てない事を信じ、彼らは全員で攻めかかったのでしょう。
「届かんッ!!」
ですが、外套の男性には1つたりとも命中しませんでした。
ぶわりと外套が舞い上がり、彼の腰が見えました。やはりそこには1本の剣がぶら下げられております。
6度、その刃の輝きが見えたかと思うと、同時に彼を取り囲んでいた方々もほぼ同じタイミングで血飛沫を上げて倒れました。
返り血を浴びる事すら無く、外套の男性は倒れた彼らを乗り越えてわたくしの前へとやってきました。
「……怪我は無い、か。間に合って良かった」
「あ……お助けいただいて、感謝しておりますわ~!」
わたくしの無事を確認して、外套のお方はフードの奥で微笑んだような声を出しました。
それを見て、彼に窮地を救われた事を遅れて理解し、わたくしは彼の手を握って感謝を伝えます。
「とってもお強いんですのね~! あなた様がいらっしゃならなければ、わたくしどうなっていたことか~!!」
「っ。……フフ、この美しい手が汚されずに済んで、俺も喜ばしい限りだよ」
「そ、そうですわね~」
美しい手と言われ、わたくしは何とも言えない気持ちになってしまいます。
だってわたくし反乱軍に所属している身ですし、今回はこの方に助けられましたけど、ある意味手はもう汚してしまっているような。
「それよりフィアラ、何故君はこんな場所にいたのだ?」
「それは~……なんと言えばいいのかしら~……」
理由を聞かれても困ってしまいます。迷っていた事はともかく、ロズバルト達と……反乱軍の方々とはぐれて探していた、なんて事は言えません。
どうやら彼はお強いだけでなくとても親切なお方のようですし、迷子の事実だけを教えては「では一緒に探してあげよう」という流れになってもおかしくありません。
そうなって、もしこの方がロズバルト達が反乱を企てている、なんて知ってしまえば大惨事です。
「ええっと、ですわね~。実は、きゃぁ~!?」
誤魔化しのセリフを考えていた所、なんと外套のお方はわたくしを抱きしめてきました。
彼の胸に顔を押し付けるような恰好をさせられ、そのままわたくしは壁際まで押しやられてしまいます。
「どっ、どうなさいましたの~!? まさか、あなたもわたくしの事を狙って……!?」
「いや、すまない。撃ち漏らしがいたようだ」
「撃ち漏らしですの~?」
顔を上げれば、血塗れの男性が剣を握りながら、先程までわたくしと彼の立っていた場所に剣を振り下ろしたような姿勢でおりました。
どうやら、わたくしは彼に庇われたようでした。……変な勘違いをしてしまい、ちょっぴり恥ずかしいです。
「てめえ、も……道連れにしてやる……」
至る所から血を流しながら、とても恐ろしい顔でわたくし達を見てきます。
自身の死を悟り、捨身の構えで彼はわたくしと外套の方へ迫ってきました。
「申し訳ない、すぐ片付けさせてもらう」
そう言って、彼はわたくしから離れて悪漢の生き残りへと向かっていきました。
いかに決死の覚悟を決めていようと、その実力差までもは覆せないようで勝敗は一瞬でつき、確実に絶命させられたようです。
「……失礼。美しい人を前にして、浮足立ってしまっていたようだ」
「いえいえ、それにしてもあなた様本当にお強いようで~……あっ」
わたくしを庇った時にでも外套が斬られてしまったのか、フードが裂けて、素顔が見えてしまいました。
……そこにあったのは、わたくしもよく知るお顔。
はらりと零れだしたのは黒髪に褐色の肌をした、エメラルドのような透き通る碧の双眸を持つお方だったのです。
「こ……皇帝陛下~!?」




