人さらいですわ~!!
「おやおや、こんな夜更けに1人で外出とは、不用心だなあ」
「み、見るからに危ない方ですわ~!!」
アッシュとの別れを済ませたわたくしが家を出た頃、既に暗い時間となっておりました。
アルヴァミラの家は皇帝陛下との繋がりも深いため、皇都に居を構えているものの、夜間に乙女が出歩くには治安は相応に悪く……。
結果、わたくしの眼前には1人の怪しげな風貌の男が。
「おおっと、逃がさないぜ」
土地勘の疎いわたくしが迷い込んでしまった暗い路地。そこから逃げようと後ずさりしたわたくしを押し戻すように背後からも仲間と思しき者の声が。
前にも後ろにも、気が付けば逃げ場はなくなっておりました。
「ぴ、ピンチですわ~……!」
「こりゃあまたイイ女じゃねえか。高く売れそうだ」
前方にいた男が距離を詰め、わたくしの顔をまじまじと見ながらいやらしい笑みを浮かべます。
どうやら彼らは人を攫い、売り飛ばすのをなりわいとしている方々のようです。
「悪く思うなよ? こんな時間に護衛もなしに出歩く方がどうかしてんだからな」
「お、おやめなさい! わたくしはあのアルヴァミラ家の令嬢でしてよ!!」
「もちろん知ってるとも。あの「不良品」のフィアラだろ?」
「不良品ですって!?」
訳知り顔で頷く人さらいの方に、思わず聞き返してしまう。
炎の魔術師の家系に生まれた魔力のない人間。その事実が市井へ広まりでもしてしまったのでしょう。
「俺達みたいなのの間じゃ有名人だぜ? いつ放逐されんのかと血眼になって注目してたんだ」
「へへ、今からいくらで売れんのか楽しみだぜ」
気持ちの悪い舌なめずりと共に、わたくしの両腕が後ろの方に掴まれて縛られていきます。
確かにわたくしはアルヴァミラ家を追われた身ではありますが、その美貌は両親譲り。買い手に困る事はないでしょうが、その後の生活がどうなるかは語るまでもありません。
「離しなさい、魔術が使えずとも、あなた方の言いなりになど!」
とにかくこの場から逃れようとわたくしは暴れます。
縛られかけていた腕を振り回し、迫る2人の人さらいを引っ叩きます。
これで少しくらいは怯ませられたでしょう、この隙に……。
「いたっ」
腕に鋭い痛み。逃げるのも忘れ、引っ込めた腕を触ってみました。
服が裂け、その下の肌から熱いものが流れてくる感触。それはそのまま指先へと伝い、アッシュから貰った指輪を汚していきます。
……気付けば、彼らの手には短剣が握られていました。
そこでようやく指先から地面へ流れ落ちていくのが血だと分かり、腕を刺されたと理解しました。
「うっ……、あ、ぁっ……!」
「あんまり暴れるんじゃねえぞ、腕の1本2本減った所でこっちの儲けがいくらか減るだけなんだからな」
「最悪死体だって金にはなるからなぁ」
「ひいぃ~……!」
脅しなのか、それとも本気で仰っているのかは分かりませんが、恐ろしい事を言われてわたくしも抵抗する気力は失せてしまいました。
これではもう、わたくしにできる事は多くありません。
「ど、どなたか、お助けくださいませ~~……」
消え入るような小さな声で、祈るように助けを求めるばかり。あんまり大声を出してはこの美しい声を発する喉を潰されてしまうのではないかと考えてどこにも届きそうにない声量しか発せませんでした。
「ハッ、なんだそりゃ? 俺らに言ってんのかよ? 誰がそんなもん聞くかよ……」
「あらあら、か弱い女の子相手に2人がかりなんて、酷い事をしていらっしゃいますね」
このまま闇夜の中に消えていくだけかと思われたわたくしの声。しかし、それを聞き届けて下さる方がいたようです。
わたくしの後ろ、路地から出た先の通りから聞こえたのは女の子の声でした。
紫色の髪の、わたくしと同じような高貴な服装の少女が人さらいの方々の行いを咎めるように現れたのです。
「っ、クソ、やっぱり護衛がいやがったのか!?」
「いやよく見ろ! そいつも1人だ! 獲物が1人増えただけだろ!」
正義感で止めに入ってくれただけなのか、彼女はわたくしと同じく1人でした。
それを理解した人さらいの1人が女の子を捕まえに近付いていきます。
「……へっ、馬鹿な嬢ちゃんだぜ。お前も一緒に売り飛ばしてやるよ!」
「お断りです」
手に嵌めていた真っ白い手袋を外した彼女は、迫っていた男を拳で殴りつけます。
わたくしよりも年若い様子の彼女のパンチでは大の男をどうにかできるはずも、
という想像とは裏腹に、男は空高く飛び上がり、わたくしと路地の奥にいた方の頭上を飛び越えて、遠くの方で嫌な音をさせました。
「……あ? な、何しやがった、てめぇ、何モンだ!?」
「うーん、そうですね……」
考えるように口元へ手をやる少女の手は、いつの間にか真っ黒い鉄の塊のようなもので覆われていました。
大きな手甲のようなそれには綺麗な青色の宝玉のようなものがついていて、軽く手が動かされると同時に光り輝きます。
まるでその輝きが何かをしたかのように、わたくしの背後で狼狽えていた男の体が突如として燃え上がりました。
「――じゃあ、炎の魔女、とでも名乗っておきましょうか」
小さな女の子は、わたくしに向けてそう微笑みかけたのでした。