別れの言葉はなく、ですわ~!!
「――新たなる皇帝、フィアラ・リズモール・アルヴァミラに喝采を!!」
リゲルフォード陛下の宣言と共に、会場にお集まりいただいた皆様から万雷の拍手と歓喜の叫びが上がりました。
諸事情あってお化粧直しで開始は遅らせていただきこそしましたが、それを除けば戴冠式は順調に進み、全ての工程が滞りなく完了します。
「紅蓮なる皇帝フィアラ陛下!」
「べラスティアに祝福があらんことを!!」
「では、これにて戴冠式を終了とする!!」
陛下による閉会の言葉に、拍手と歓声はより一層強く祭祀場中で響きました。
あまりに多すぎる観客にスピーチ途中に緊張で噛みそうになったりしたのですが無事に終えられてひと安心です。
ご来場なされた皆様に悟られぬよう、わたくしは皇帝用の椅子に座ったまま深く息を吐きました。
「ご苦労だったな、フィアラ。……いや、陛下とお呼びすべきか」
「フィアラでいいですわよ~! 陛下にそんな呼び方をされては緊張~……。……もしかして、わたくしの方こそ陛下呼びはやめるべきなのかしら~……?」
「おお、名前で呼んでくれるのか? それは新鮮で良いな」
こちらの疲労を察してか、陛下はそんな言葉と共にわたくしへ手を差し伸べました。
それを握り、わたくしは席から立ち上がります。
「……ですけれど、ずっと陛下とお呼びしていましたし~……いきなりリゲルフォード陛下と呼ぶのは~」
「陛下、はいらないぞ。今の皇帝はもう、フィアラなんだからな」
そう言って、陛下は笑い……ではなくて、リゲルフォード……陛下……。
「り、リゲルフォード……様……」
「ははは、皇帝陛下から様付けで呼ばれるとは。恐れ多いな」
「も、もう陛下~! からかわないでくださいまし~!!」
どうしても呼び捨てまでする勇気が出ず、結局いつも通りの呼び方に戻ってしまいました。
まあ、今はわたくしが皇帝でも、リゲルフォード陛下とて皇帝陛下であったのは事実ですし陛下とお呼びしても問題はないでしょう。
「やれやれ、この調子ではフィアラに名前を呼んでもらえる日は遠そうだ」
「急に変えるのは緊張します~……! ずっと陛下とお呼びしていたんですから~! カトレアもそう思いますわよね~!?」
そう言って反対側に振り向きカトレアに同意を求めます。
が、そこに彼女の姿はありません。
「あ……」
口に出してすぐ、やってしまったと思いました。そうでした、カトレアは戴冠式が終われば。
「……なんの予兆もなく消えてしまいますのね~。寂しいものですわ……」
「いや、少し前に奥へ戻ったぞ」
「それを先に早く言ってくださいまし~~!!」
いきなりいなくなってしまったのかと悲しくなりましたが、陛下はカトレアが下がった所を見ていたようです。
彼女を追いかけるように、すぐにわたくしも退出しました。
今ならまだ、お別れの言葉くらいはかけてあげられるかもしれません。
そう思ったのですが……。
「ど、どこにもいませんわ~~!!」
探しても探しても、カトレアはどこにもいませんでした。控室にもいませんし、他の場所まで見て回りますがその姿は見つけられず。
……やはりもう彼女は消滅し、元居た世界へ戻ってしまったのでしょうか?
「ま、間に合いませんでしたの~……?」
「どうかな、あれのしぶとさは俺も知っている。どこかに隠れているんじゃないか?」
カトレアと戦った経験がそう思わせるのか、陛下はそう仰いました。
確かに、あの子はとても頑丈でした。いくら契約の終わりとはいえ、即座にパッと消え去ってしまうのが想像できないのは分かります。
でも、少なくともこの祭祀場にはいないのは間違いありません。
「カトレア~……いったいどこに~……」
「お、姫さん! ここにいたのか!」
行き先が分からず、途方に暮れかけたわたくしの耳に重厚な足音が響きます。
見れば、ロズバルトがこちらへと走ってきました。
「うああああっ、重い!!!!!」
「ロズバルト? どうしましたの~!?」
絶叫しながら彼は懸命に足を上げようとしているのですが、こちらから行った方が早そうなので近付いて話を聞きます。
「い、今……カトレアがすげえ勢いで、外に、飛び出してってよ……」
「!!!」
息も絶え絶えな彼の零した言葉に目を見開きました。なんと、カトレアが出ていった瞬間を目撃していたようです。
やはり、もうここからは去っていたのですね。
「どちらに行ったか分かりますの~!?」
「す、すまねえ、そこまでは」
「……追いかけましょう~!」
行き先までは分かりませんでした。しかし、まだ彼女がどこかにいるというなら諦めはできません。
「よし、では俺に掴まっていろ」
「ひゃあ~! 陛下~!?」
彼女を追うと決めると、陛下はそれに頷いてわたくしを抱き上げました。
いわゆるお姫様抱っこの形ですね。まあわたくしは皇帝になりましたけれども。
「急ぐだろう? 任せておけ、足には多少自信がある!」
「……感謝します、陛下」
言うや否や、陛下は瞬きの間に祭祀場を飛び出していました。
「さあ、心当たりはあるか! なければ手当たり次第に駆けるぞ!」
カトレアがどこへ行ったか、わたくしは少し考えを巡らせます。
なぜ彼女は突然いなくなってしまったのか。やはり、自分が消える瞬間を見られたくなかったのでしょうか。
この別れは言ってしまえば、死別のようなもの。そう考えれば何も言わずに姿を隠したのも理解は……そこまで考えてふと思いついたものがあります。
「陛下、あちらへお願いします~!!」
陛下は頷くとわたくしの示した方向へ真っすぐに飛んでいきました。
今カトレアがどんな状況かわかりませんが、間もなく消えてしまうのは間違いありません。
だとしたらいける範囲も自然と絞られます。少女の足でも行けて、なおかつ彼女のいるであろう場所は一つ。
「待っていてくださいませ、カトレア~~~~!!!!」
風を切り、皇都上空より声を響かせながら彼女の元へ向かうのでした。




