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魔力無しで家を追放されて婚約も破棄された令嬢が炎の魔女様と共に帝国の皇帝となるまで~けれど、皇帝陛下はわたくしを愛していらっしゃったそうですわ~  作者: カイロ
後編 フィアラ戴冠編

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戴冠の時ですわ~!!

 お城を抜け出し、カトレアとアルヴァーン大火山の眺めを目に焼き付けてからあっという間に1ヶ月が経ちました。

 陛下が各所への挨拶や式典の予行演習などの予定をしっかり決めてくださっていたので時間の流れはとても早く感じました。

 ……特に、1日分の遅れがあるものですからそれを埋め合わせるような過密なスケジュールだったのです。お休みの時間はしっかりと見繕っていただけていましたが、それ以外は本当に忙しかったです。


「時の流れって、早いものですのね~……」


 戴冠式の会場へ集まった人々の声が遠くから響いてくるのを耳にしながらわたくしは呟きました。

 最終的に式が催される場所はべラスティアで祝い事やお祭りなどがある際に利用される大きな祭祀場になりました。

 今は控室で式の開会を待っています。陛下やお父様お母様を含め、ここまでわたくしに協力してくださった8人が勢ぞろいしている中でしみじみと呟きます。


「そうだな。このひと月フィアラにずっと付きっ切りだったが、あっという間に時間が過ぎていった」

「欲を言えば、もう少しゆっくりとした時間を過ごしたかったですわ~」

「……すまない、俺もでき得る限りの猶予は用意してやりたかったが、あれが限界だった」


 1か月前のあの日以来、カトレアとは深い話をしていません。お話自体はするのですが、帰還してしまう事にも特に触れず、吹っ切れたかのようにわたくしの護衛としての役割に没頭していました。

 彼女はあれで本当に充分に満足できたのか、わたくしは日に日に気になっていきましたが聞くことも躊躇われてしまったのです。

 できることなら、せめてあともう1日。カトレアのための時間を作ってあげたかった所です。


「……いよいよですね、フィアラ。緊張はしていませんか?」

「緊張は~……それほど。……むしろまた襲撃されたりしないか心配ですわ~」

「流石に大丈夫じゃない? 前とは違って姉さんの事を憎むようなやつらもいなくなったし」

「私も会場の警備に当たる。魔力も戻ったし、あの時のような事はもう起こさせないつもりだ」

「我も一通り参加者の顔触れは確認しておいたが、妖しい者はおらなんだ。フィアラは何も恐れず王となればよい」


 振り返ってみれば、わたくしの想い出には襲われたり、攫われたりする場面が多かったです。

 レゼメルの力によってべラスティアの誰もがわたくしを皇帝と認めてはくださっているようですが、どうしてもまた何か起こる気がしてしまったのでした。

 とはいえ皆様そんなことはないと断言してくれています。ならばわたくしはラトゥが言うように堂々と戴冠式を……。

 いえ、そういえば1つ、もうこの式の果てに失うものがあるのは確定していましたね。


「……」

「……? もうー、なんですかフィアラさん。そんなに不安がらなくっても平気ですよ?」


 しょうがないなあ、とわたくしの視線を受けたカトレアは隣に立ってくれました。

 そこには、いつものような朗らかな彼女の顔があります。


「あ……あの! 僕、今日のためにたくさん料理長からコツを教えてもらって、もっと美味しい食事を作れるようになったんです!」

「そ、そうだぜ姫さん! 俺も味見させてもらったが、びっくりするぐらいに上達してたんだ! 楽しみにしておいてやってくれ」


 皆、カトレアが消えてしまう事をしっているからか、わたくしの気持ちを紛らわすように話題を切り替えました。

 ……いけませんね、暗い気持ちで即位を迎えたいわけではありません。すぐにわたくしはそれに乗ることにします。


「あら~、オルフェット、そんなに腕を上げていましたのね~? これは今日のお食事もワクワクですわ~!」

「はい、期待していてください!」

「俺もオルフェットが料理上手になってたってのは聞いたが、食ってみて驚いたぜ。フォルトクレアさんも一緒だったんだがよ……」

「義姉さん、と呼んでいただいてもいいんですよ?」


 共に試食をしていたらしいロズバルトに、お母様はそう言いました。

 そうでした、合間を縫ってお母様には彼の事、そしてその妻だった方……妹であるファルメリア様の事を紹介したのです。

 妹の死を知ってお母様は酷く悲しまれていましたが、その仇討ちをロズバルトが成したことなどを聞いて彼とは仲良くなれたようでした。

 とはいえ……どうやら完全には打ち解けきれたわけでもなさそうでしたが。


「いえ……とても俺には、そんな資格なんざありませんよ」

「……それは残念です。ファルメリアとの結婚をなかった事にする、という事ですものね」

「! いや、そんなつもりは!!」

「でしたら、私の事は他人行儀な呼び方なんてせずに、もっと」

「はいはーい! そこまでです!! 今日はフィアラさんの戴冠式なんですから、脱線はお外でお願いしまーす!!」


 もう少しでわだかまりが解けそうな所だったのですが、2人はカトレアに排除されてしまいました。強制的に控室から追い出されていきます。


「他の人達もです! 今からフィアラさんのお着替えがあるんですから、一緒に退室してくださーい!!」


 ついでに、陛下達も部屋の外へ。不満もありそうでしたが、皆様着替えということでおとなしく従っていきました。

 瞬きの間に、わたくしとカトレアの2人だけが取り残されました。


「……別にアッシュもわたくしの護衛ですし、お部屋に残してもよかったのでは~」

「何言ってるんですか、ダメですよアッシュ君だって男の子なんですから! もし刺客なんかが来ても、私がいれば大丈夫ですし」


 そう言いながら彼女はわたくしを衣装の前に連れていきます。今日のために作られた、皇帝として、その立場に見劣りしない豪奢な深紅のドレスです。

 まあ、実力的に言えばカトレアの方が上なのは事実。よほどの事でもない限り彼女1人でも護衛としては十分でしょう。


「わ、紅い。やっぱり、これってフィアラさんのイメージに合わせて作ったんですか?」

「ええ~……紅蓮なる皇帝、だなんてよばれてしまっていますし~。……陛下がそれを強く印象付けられるように、と~」


 レゼメルの腕輪を用いて、一躍その二つ名は帝国で定着してしまいました。

 正直名前負けしている気がして気恥ずかしいのですが……帝国で馴染んでしまったなら有効に活用しようということでデザインも紅や炎を象った装飾が多く施されています。

 陛下も、知る限りで最も腕のいい服飾家の方に受注してくださったりして、とても素晴らしい衣装にはなったのですが……。


「……わたくしに、似合うかしら~」

「不安がらないでください、フィアラさんのために皇帝さんが用意してくれたんですよ? それがフィアラさんに似合わないわけないじゃないですか」

「そ、そう思います~?」

「もちろん! 私の頭の中ではもうフィアラさんがこのドレスを着て凛々しくあの玉座に座ってる姿が想像できてます!」


 二つ名だけでなく、服にまで負けてしまっているのではと気になっていたのですが、カトレアは心配無用と太鼓判を押してくれました。


「……あ、でも今日からフィアラさんが皇帝なんですよね。どうしよ……私も紅蓮なる皇帝陛下って呼んだ方がいいのかな」

「……フィアラでいいですわ~」

「ふふふっ、そうですか」


 服はともかく、やっぱりその呼ばれ方は恥ずかしいので今まで通りにしていただきました。そちらは後で陛下達にもお伝えしませんと……。

 民衆からはともかく、親しい方からは今まで通りに呼んでいただきたいです。


「それじゃ、こちらへどうぞ、フィアラさん」


 彼女に促され、わたくしは皇帝の衣装へと着替えていきます。

 手際が良く、カトレアだけであるというのにてきぱきと衣服が脱がされていき、すぐに深紅のドレスが身を包んでいく最中。


「……本当に、今までありがとうございました、カトレア」

「んー? なんです急に」

「とぼけないでくださいまし~。……これまでの事への、心からの感謝です」


 静かな声で、わたくしは語りかけます。


「陛下達のご協力もありましたが、やはりあなたなくしてわたくしはこの場所に立てていません。ですから、カトレアのお願いを、聞いてあげたいのです」

「もう、フィアラさん? それはこの間叶えていただきましたよ? 一緒に素敵な景色を見に行ったじゃないですか」

「本当に、あれで満足ですの~?」

「……どうかなあ。フィアラさんはどう思います?」

「……まったく、最後ですのよ~? 本当の事を教えてくださいまし~」


 素知らぬ顔で首を傾げるカトレアにわたくしは眉根を寄せました。

 そう、これが正真正銘最後の自由な時間。嘘偽りなく本音をぶつけられるはずの機会です。

 彼女と大火山で見た景色は確かに一生の想い出です。わたくしとて忘れることはないでしょうが……カトレアは満足しているのか。どうしてもそれが気になって仕方がなかったのです。


「あなたとお城を抜け出した時……カトレアはもっと別の願いがある様子でした。実は……もっと他にしたい事があったのではありませんこと~?」


 あの時、彼女は「フィアラさんに嫌われたくない」と言っていました。

 一緒に観光なんてした所で嫌うわけもありませんし、それはカトレアの願いは本来別にあったという事。

 今から叶えてはあげられないかもしれませんが、彼女が心から望んでいたのはどんな願いであったのでしょうか。


「いえいえ、フィアラさんがしてくれたことなら、私はなんでも嬉しかったですよ」


 もう会えない、最後の機会だというのにカトレアの返答はそれでした。

 小さく微笑みながら、しかし本音は隠したまま。


「……カトレアの意地悪~」

「えー? 嘘は言ってないですよ、本当に、フィアラさんができる限りの事をしてくれればそれが何よりのご褒美ですもん」


 わたくしがした事なら、何でも嬉しい。彼女の答えは一貫してそれでした。


「そんなの、具体的ではありませんわ~……」

「どうしてもこれをやってほしい、みたいなのはないですからねー。それこそ、フィアラさんが今してくれた最大限の「ありがとう」も私へのご褒美ですよ」


 まるでもう満足しているかのようにカトレアは言います。

 やはり、彼女にはもう望むことはなく、何の未練もないのかもしれません。


「……はい、これで完成です」


 そうこうしているうちに、着付けが終わってしまいました。

 紅いドレスが寸分の狂いなくわたくしの身を包んでいます。


「いやー、我ながら見事な仕事ですね。思わず抱きしめたくなるくらい似合っちゃっていますよフィアラさん!」

「……でしたら、抱きしめてみます~?」

「うーん……どうしようかな。でも皺とかできちゃいそうだし……あっ」


 迷うような素振りを見せたカトレアに、わたくしは構うことなく彼女の体を抱きました。


「フィアラさん?」

「カトレア……どうか、もう会えなくなっても、わたくしの事、忘れずにいてください」


 強くて優しい、異界から喚び出された少女。

 彼女と話せるのも、会えるのも、これで最後。そう思うと、自然と体が動いてしまったのです。

 少し震えてしまった声に、カトレアは息を吐いてわたくしの背中を優しく叩いたのでした。


「……言われなくても、こんなに素敵な女の子の事、忘れようがないじゃないですか」

「カトレア~……」

「あーっダメですからね、泣いちゃったら目の周り赤くなっちゃいますよ!」

「はい~……」

「ああああっ……」


 ……ちょっぴり腫れてしまった目元を隠すために、少しだけ戴冠式の時刻は遅れてしまうのでした。

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