お目覚めですわ~!!
「あら、もうすっかり夜ですのね~」
朝方に宿へやって来たわたくしたち。目が覚めた頃には日は落ちていて、部屋の中は暗くなっていました。
明かりを点けようとして起き上がろうとしましたが、そこで体の上に重いものが乗っかっているのに気が付きます。
触れてみると、それがカトレアだと分かりました。彼女はまだ小さく寝息を立てております。
「……うふふっ、あれだけお強いのに、やっぱりまだ子供なんですのね」
カトレアは手を繋いだまま、わたくしの体をしっかりと抱き締めていました。
服も髪もぐちゃぐちゃで、よだれを垂らして眠る姿はわたくしの目にはわんぱくな子供のように映ります。
「もう少し、このままでおりませんとね~」
気持ちよさそうにしているので起こすのも忍びないです。
彼女の目が覚めるまで、わたくしも目を閉じてカトレアの背を優しく叩いて過ごしました。
「……す、すみませんでした。許可もなくあんなことをするつもりは」
しばらくしてカトレアも起き、寝惚けた顔で状況を理解するとベッドから飛び起きて顔を真っ赤にしています。
わたくしから目を逸らし、すごすごと部屋の隅まで下がっていってしまいました。
「も~許可だなんて。いいんですわよあのくらい。可愛い寝顔も見られましたし、狭いベッドだったんですからそうなる時もありますわ~」
「でも、服汚しちゃいましたし」
「それも気にしなくっていいんですのよ、洗えばいいだけですもの」
まだ恥ずかしそうにしているカトレアを見て、わたくしは幼かった頃の自身を思い出します。
1人で眠るのが怖かったわたくしも、カトレアのようにお母様のベッドへ潜り込んで一緒に眠った事が何度もございます。
そしてわたくしも同じくお母様の服やベッドを汚しましたが、笑って許してくださいました。
「そう……あの頃のお母様は、まだわたくしにも優しくしてくださっていて……ああっ涙が~!」
「えっ!? や、やっぱり泣くほど嫌だったですか……!?」
思わず母の愛を思い出し、落涙してしまったわたくしの元へカトレアは駆け寄ってきてくれました。
「ごめんなさい、そんなつもりではありませんでしたの。カトレアは何も気にしなくていいんですのよ、それこそ母に甘えるくらいの気持ちでいてくださいませ~!」
「……むー、私そんなに子供じゃないんですけど。年齢で言えばフィアラさんとそんなに変わらないですよ?」
「あらそうでしたの? でしたら、わたくしの事は姉だとでも思ってくださいな」
子供に見られて不満なのか、カトレアは頬を膨らませました。聞かれたら怒られてしまいそうですけれど、子供っぽくて可愛らしい事です。
では代わりにもう少し年の差が少なく、それでいて頼りがいのありそうな立場に見てもらいましょう。
……まあ戦闘面ではからっきし頼りがいのないわたくしではありますけれど。それでも姉としての経験は長い事積んでおります。
なので少しくらいわたくしに迷惑をかけたことなんて気にしなくっていいのですよ、カトレア。
「……へぇ、いいんですか?」
今度は不満では無さそうでしたが、なぜかカトレアは悪戯っぽい顔になりました。
そのまま、わたくしの事を見上げるようにしながら顔を近付けてきます。
「それじゃあこれからは、『フィアラお姉様』ってお呼びしちゃおうかな」
「はわわっ!? カ、カトレア~……!?」
わたくしを見つめながらカトレアは白い手袋を嵌めた手をわたくしの頬へ優しく添えてきます。
つま先立ちになった彼女は、顔に吐息がかかるくらいの距離でわたくしの瞳をじ~っと見ているのです。
「なんですか、フィアラお姉様……?」
「お、大人っぽいですわ~!!」
確かに、カトレアが言う通り、彼女は子供っぽくはありませんでした。
しかし感心している場合ではありません。わたくしは後ろに逃げようとしましたが、気付けばいつの間にか背後には壁が。
ど、どうしましょう、わたくし、そんな意味で言ったつもりはありませんのに~……!
そんな時、救いの手が差し伸べられるかのようにドアをノックする音が。
「あ、あの、フィアラ様? 大丈夫……?」
そのまま遠慮がちにゆっくりとドアが開かれ、手にランタンを持ったオルフェットが現れました。物音を聞いて何か起きたと思ったのでしょう。
手元の明かりを掲げ、わたくしに迫るカトレアを見たオルフェットは一瞬動きが止まりました。
「え、えっ。な、何してるの……?」
「……。続きはまた今度ですね、フィアラさん」
そう耳元で囁くと、カトレアは名残惜しそうに離れていきました。
「まったく、返事も待たずに女の子の部屋に入ってきてはいけないんですよ?」
「え? あ……ごめんなさい、大きい声聞こえたから、変な人に襲われてるのかと思って」
「そんなの私が追い払えます。もしも私達が着替え中だったりしたらオルフェットがお仕置きを受けるんです、次からはちゃんと返事を待たないとダメですよ」
オルフェットをたしなめながら、カトレアはいつもの調子に戻りました。
まるでさっきまでの大人っぽい彼女が嘘だったかのよう。しかし、今もわたくしの胸は高鳴っております。
あのままオルフェットが入って来なければ、一体どうなってしまっていたんでしょう。
そんな事を考えながらわたくしは、やっぱり姉だと思ってもらうのは撤回した方がいいのかしら、だなんて思い始めるのでした。




