眷属の力ですわ~!!
「はぁ、はぁ……。な、なんですか、そのオチ……?」
激しく息切れしたカトレアは両手いっぱいに抱えた解毒薬の木箱を置き、ぜえぜえしながら顛末を聞いていました。
「その~……ほら、陛下ってばラトゥの眷属になって復活しましたでしょう? それで普通の人ではなくなったみたいでして~……」
「毒が効かなくなったわけだ。あれは不死者だそうだから、その力が分け与えられているのかもしれん」
「えっ、フィアラ? 今復活と言いましたけれど、もしかして陛下は」
「か、母さん! あっちに行こう! ほら、怪我してないか僕にも確認させて!」
あ、うっかり口を滑らせてしまいました。アッシュが誤魔化してくれたのでどうにかそれ以上の追及は避けられましたが。
「すまないなカトレア。俺の為に城まで走ったというのに」
「フィアラさんのためですー!! あなたが死んでフィアラさんを悲しませないために行ってきたんですー!!」
変な勘違いしないでください! とカトレアは陛下に吠えました。
確かに、もしもこの場で陛下の命が失われていたらわたくしは立ち直れなくなっていたかもしれません。
なまじ1度は救えたのですから、それを再び取りこぼしてはその絶望は計り知れないでしょう。
彼女はそれを防ぐために全力で奔走してくださったのですね。結果的に無意味にはなってしまいましたが、その思いは嬉しいです。
「まったく、2回もフィアラさんの前で死なないでくださいよね!」
「……2回? フィアラ、今あの子は2回と言ったが」
「ら、ラグレイズさん! 暗殺者のお掃除をしないと、通りがかった人が驚くと思うんです!」
「あ、ああ……そうだな。先に片付けておかなくては」
オルフェットに促され、返り討ちにした死体の処理にお父様は乗り出しました。
ひとまず、これで陛下が過去にも死に瀕していた件は隠せそうです。
「……やたらとこの女が騒々しくやって来たと思ったらそういう流れであったか」
カトレアと同じく、持てるだけの木箱を抱えたラトゥが事態を把握して息を吐きました。
お城から解毒薬を運び出す際に見かけたので手伝いをお願いしてきたそうです。
「やれやれ、たかだか猛毒ごときで大騒ぎとは。人間というものはつくづく情けないな」
「それは貴様が不死だからだろう。俺のような普通の人間なら本来は命に関わる」
「普通~……?」
陛下の口からそんな単語が飛び出して、思わず首を傾げてしまいました。
……いえ、いくら戦いで優れていてもリゲルフォード陛下とて人の子。剣戟では無双の力があるとはいえ、内側から攻められてはひとたまりもないと仰りたいのかもしれません。
「そういうものか。であれば気を付けろよ、貴様の剣の腕は目を瞠るものがある。死ねばフィアラを守るのに何かと不便だったであろうからな」
ラトゥに陛下は頷きました。避けようがない状況ではあったようですから、陛下に非があるわけではないのですが。
ただ陛下を喪ってしまえばわたくしは悲しむだけでなく、独学で帝国を納めなくてはいけなくなっていたかもしれません。
何も知らないままに大国の統治を任されてしまっては、心だけでなく肉体までボロボロになっていたことでしょうし、陛下が無事だったのは本当に何よりです。
「それに、あんな事まで言われてしまいましたからね~……」
毒で倒れた陛下がわたくしに仰った「愛している」という言葉を思い返します。
以前にもフェリアス城で言われたのですが、あの時は陛下も意識がなかったそうですから忘れるにしても、今回ははっきりと意識もあったでしょうから……。
「……フィアラさん? 顔が赤いですけど何言われたんです?」
「その、ほら~……また、あの時みたいにですわね~」
「っ、フィアラ! ……あまり広めないでくれ」
聞かれたものですからカトレアにも教えてあげようと思ったのですが、陛下からの制止が入ってしまいました。
見ればいつの間にか外套を纏い直し、目深にフードを被り直して顔を逸らしています。
「……死ぬと思って、つい言いたい事を言ってしまった。だが、その……秘密にしておいてくれ」
しかし、フードから覗く陛下のお顔もまたわたくしと同じように赤くなっていたのを見逃さないのでした。
「ごめんなさいカトレア、教えてあげられなくなってしまいました~!」
「……まあ言わなくっても、あの反応見てたらだいたい想像はつきましたよ」
再びの陛下からの告白は秘匿されましたが、カトレアは陛下の挙動と直感で全てを推理したようでした。
「なんなんですかこの人ー! 死ぬ直前じゃないと告白もできないんですか!!」
「そ、そんなつもりは! ……ただ、伝えないままに逝っては未練が残るだろう、と」
「そしたらフィアラさんの心に一生の傷が残るでしょうが!! まさかとは思うけどそれが狙いですか!?」
「だ、大丈夫ですわよカトレア~! わたくしだって時間が経てば忘れられると思いますから~!」
「はぁーまったく、我はもう貴様らの漫才に付き合ってられん! 帰るぞ!」
始めから陛下は毒殺される心配もなかったようですから、徒労に付き合わされたラトゥは嘆息と共にお城へと戻っていきます。
「あっラトゥ~、カトレアを手伝ってくださったのは感謝していますわ~! ありがとう~!」
「……感謝されるほどではない。せっかく我が助けてやったのに、くだらん死に方をされてもつまらんと思っただけだ」
素っ気なく返してくるラトゥですが、なんだかんだ言いつつも陛下が無事であると知ってかどことなく嬉しそうな声色でした。
「それにしても律儀な事だ。眷属に毒が効かないと分かりながら、俺を看に来てくれたのだから」
「何を言っている? そんな効力、我の従属にありはしないぞ」
感心する陛下の声に、不思議そうに振り向きながらラトゥが言います。……はい? なんですって?
当然のように言われたので流しかけましたが、それを聞いたわたくし達は騒然とします。
「え、でもこの人普通にピンピンしてるんですけど。不死になったんじゃないんですか?」
「知らん、なんだそれは。我は不死だが、そんなもん分け与えられるわけなかろうが」
「え、ええ~……!? で、でしたらどうして陛下は致死の毒を耐えられてますの~!?」
「クハハハ、どうせリゲルフォードが大げさにでも演技してみせただけではないのか! 騙されたなあフィアラよ!」
「どれ、試してみるか」
道に落ちていた暗殺者達の放った毒矢を拾い上げ、陛下は神速の抜刀でそれを叩きつけ、ラトゥに打ち込みました。
「があああああなんだこれは!? 熱い……は、はらわたが溶かされる!!!!!」
数秒で彼は倒れ込み、顔を紫色にしながらのたうち回り始めます。
その額から流れる脂汗も多量の涙もとうてい演技とは思えませんでした。
すぐにラトゥは持ってきていた解毒薬をかたっぱしから飲んでいき、数分で落ち着きを取り戻して横たわります。
「し、死ぬかと思ったぞ……」
「不死なんだからこのくらいじゃあ死なないですよ」
「そういう問題ではない……。あの男、解毒も無しにこれを受けて生存しているのか……? 信じられん……」
ゆっくりと深呼吸をしながらラトゥは陛下に疑るような目を向けました。
不死のヴァンパイアの王でさえ死を覚悟するほどの苦痛を、本当に陛下が耐えられたとは思えないみたいです。
「……やはりあのくらいは苦しむか。なぜ俺はあれを耐えられたんだ……?」
「へ、陛下にも心当たりはないんですの~!? 何か、普段から特別な事とかなさっていたのでは~……」
「特別な事、か」
やはり皇帝という立場ともなれば暗殺の危険は潜んでいるはず。普段から毒物への耐性を高める訓練などを秘密裏にしているのかもしれません。
そうでもないと説明がつかないのですが、陛下のお返事は、
「……外食の際はできるだけ色々なものを食べるようにしている、くらいか」
「絶対に関係ありませんわ~~!!」
まるで理由が思い当たらないようでそんな事を言われてしまいました。
ともかく、何ともないのはとても嬉しい事ではあるのですが……もしかすると陛下、生まれつき特別な力をその身に有していらっしゃるのでは、と思うのでした。




