毒VS陛下ですわ~!!
「そんな、どうして陛下が~!?」
毒を塗られた矢を抜き去り、わたくしにもたれかかっていた陛下を抱き直します。
すると先程までの涼しい顔が一転して苦悶の表情に歪んでいました。
傷そのものは浅かったのですが、やはり毒が体に回り始めているのかもしれません。
息の乱れた陛下に、他の皆も深刻な顔で彼に視線を集めています。
「リゲルフォード陛下は単身で小国すら制圧できるほどのお力があったというのに……なぜあの数の暗殺者に後れを」
お父様もわたくしと同じく、たった十数人の矢をかわす事ができなかったのかを疑問に思われていたようでした。
荒くなる呼吸を抑え込みながら、陛下はお父様に顔を向けます。
「なに……油断したまでだ」
「侮っていたと? しかし陛下であれば、あれぐらいの速度の矢は容易く避けられたでしょうに」
「戦場であれば、な。……だが、守るべき人を背に戦うというのは、経験が無くてな……。つい、やってしまった」
その言葉を聞き、わたくしはハッとします。
陛下の背後、そこにいるのはお母様にカトレアにオルフェットに、そしてわたくし。
彼はわたくしに帝位を譲ると約束してくださったのです。もしもそのわたくしが命を落とすような事があれば、ベラスティアは大きく揺れるでしょう。
わたくし達がいない場なら簡単に避けられたであろう一矢を浴びたのは、それが原因。
次代の皇帝を守るべく、リゲルフォード陛下はその身を挺してわたくしの盾となってくださったのでしょう。
「そんな……わたくしの事なんて構わなくってもよかったですのに~!!」
「はは、そう言うな。フィアラがよかろうと、その母君がいるのだ。……そんな時に大事な娘を危険に晒すような者など、認めてはもらえまい」
「何を仰るのですか皇帝陛下!? 娘が無事でも、代わりに陛下が命を落とされては!!」
お母様の前で、格好悪い真似なんてできない。それが理由だったようです。
しかしわたくしもお母様と一語一句違わず同じ意見でした。
「と、とにかく早く解毒をしないと……! カトレアさん! 城に戻って解毒薬を持ってきて!!」
「分かりました! ……死んじゃダメですからね! あの時の事まで無駄になるんですから!」
アッシュの指示でカトレアがお城へと駆け、一瞬で見えなくなっていきます。
それを見て、わたくしの腕の中で陛下は小さく笑いました。
「……致死毒だ。今からでは到底間に合わないさ」
「ど、どうしてそんな事が言えますの~!? お願いです陛下、どうかカトレアが戻ってくるまで耐えて……!」
「済まないフィアラ。だが、この苦しみには経験があるんだ。昔、食事に盛られた毒と似ている……。以前は奇跡的に助かったが、そう何度も奇跡は起こらんだろう」
悲観するように語る陛下ですが、わたくしには信じられません。
2度目はないと仰るものの、既に陛下は奇跡的な生還を果たした所を、わたくしはこの目で見ています。
今語られたものを含めて、少なくとも2度。奇跡の復活をした彼が、その軌跡を3度重ねられない保証がどこにありましょうか。
「……好い目だ。俺が助かると、信じてくれているのか?」
「当たり前です、だって、皇帝陛下なのですわよ~……!!」
大粒の汗を額に浮かべた彼に力強く頷き返しました。あれほどの力をお持ちの方が、ただの猛毒で死ぬはずがないのですから。
「……。なら、その期待には、応えてやりたい所だが」
衰弱しつつある陛下がその手をゆっくりと伸ばし、わたくしの頬に触れました。
そして、いつの間にか目尻に溜まっていた涙を拭い取っていきます。
「あれの城での事を思い出す光景だ。……愛する女の前で、2度死ぬ事になるとはな」
「っ、死ぬなんて言わないで、陛下~~!!」
伸ばされた手をしっかりと握りながら叫びます。あの時とは違い、まだその手にはぬくもりが残されていました。
ですが、既に陛下は死を覚悟している様子で、静かに瞳を閉じて口を動かします。
「……フィアラ、愛している。だから、俺に代わってどうか、このベラスティアを……。……?」
死に際に陛下はそう言い、それから……なぜかその途中で眉を曲げました。
彼はゆっくりと深呼吸して、再び目を開けます。
「……へ、陛下~……?」
こちらへじっと視線を送る陛下に、いつ死んでしまわれるのかと不安になりながら恐る恐る声をかけます。
すると、なんと陛下は体を起こし、スッと立ち上がったのです。
「陛下~~!? ど、どうしましたの~!?」
「だ、駄目です陛下! じっとしていないと、毒が!」
「…………その事についてなのだが」
いきなり立った陛下にアッシュが慌てて駆け寄り、そんな中彼はご自分の体を見つめながらわたくし達に言いました。
「毒、耐えられたかもしれん」
「……~~~~????」
言った本人すらも戸惑う言葉を聞かされ、その場に居た全員の頭には疑問符がいっぱいに浮かび上がるのでした。




