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あの日、残酷だった俺たちは

 来年3月、村は封鎖され、使用済み核燃料高レベル放射性廃棄物最終処分場となることが決まっている――。

 同窓会の後、昔の仲間と懐かしみながら村を歩く賢治は、空き地の前で立ち止まった。


「昔、ここに住んでた大工ってさぁ」


 賢治の何気ない一言に、同級生の三人は震え上がる。


「覚えてないのか……?」


 薄闇の中、小学生だった彼らが起こした事件。

 誰にも知られることなく、いずれ忘れ去られるはずだったそれは、彼らを狂気に駆り立てていく。


「村が閉鎖されれば、誰にも知られることがないはずだった」


 後悔と懺悔。

 村での最後の時間が、幕を開ける。

「忘れるんだ、今日のことは」


 肩で息をしながら、賢治は周囲に目配せする。

 真っ暗闇の中、敦史と彰久、勝則の三人は、血走った賢治の目を見てごくりと唾を飲み込んだ。

 彼らの手には硬いものを殴った感触が残っていて、足元には動かなくなった男がいる。


「ば、バレないかな」


 勝則が震えた声で言うと、わっと敦史が泣き出した。


「どうすんだよ、人殺しじゃん、俺たち。人生、終わった」


「まだ小学生だぞ。終わったとか言うな。バレなきゃどうにかなるよ。な? 賢治」


 彰久の足はガタガタと震えている。


「証拠隠滅だ。それしかない。親たちが会合から帰ってくる前に、全部済ます」


「じ、自首したら、どうにかなる? 俺たち、まだ子どもなんだから」


「子どもだけどさ。殺人犯だぜ。みんな、めちゃくちゃになる。家族も、みんなバラバラ。友達とも。埋めるしかない。全部埋めて、なかったことにするんだ……!」






 *






「――乾杯!」


 あちこちでグラス同士がぶつかる音が響いた。

 注がれた生ビールをごくごくと呷り、ぷはーっと一言。


「美味い! 生ビールはどこで飲んでも美味ぇな!」


 ドンとグラスをテーブルに置くと、向かいの女子が「賢治君、おかわり持ってくるね」とグラスを持って行ってくれる。「サンキュー」と手を振って、賢治は仕出し弁当の蓋を開けた。

 三十三の厄払いを終え、そのまま隣接する公民館で同窓会を開くのが、村の長年の慣習だ。

 堅苦しい儀式から解放されたあとのビールは、不味いはずがなかった。


「まさか、自分の生まれた村に住めなくなる日が来るとは思わなかったよな」


 敦史が口の上に泡のひげを作りながら言うのを、賢治はうんうんと、半分以上意識を弁当に向け、上の空で頷いた。


「なんだっけ、核のごみ?」


「使用済み核燃料の高レベル放射性廃棄物最終処分場」


「スラスラ言えてるぅ。さすが彰久」


「何回も言ってれば嫌でも覚えるよ。交付金目当てで立候補したはいいものの、結局少子化過疎化が進んで事実上の廃村。これが良いか悪いかはさておき、いずれどこかで受け入れるべきごみを我が村が引き受けたんだと思えば、仕方がない。新天地で頑張れるだけの金も貰ってるわけだから、遠慮無く立ち退くね」


 村が無くなると賢治たちが聞かされたのは、もう随分前のこと。

 人口減少が続いていた村は、核のごみの最終処分場の選定に手を上げる。莫大な交付金があれば、過疎で苦しむ村を救えるからだ。施設の建設、雇用の確保、様々な観点から議論がなされ、決定されたらしい。

 大人たちは連日侃々諤々議論をぶつけ、村を二分、三分する程の大騒ぎになった。


「あの頃は毎晩親がいなかったから、夜な夜な集まってたじゃん?」


 賢治が言うと、勝則はビクッと震えて、ビールを零した。


「アアッ! しまった。布巾布巾」


「な、何やってんだよ勝則」


 隣にいた敦史がサッと自分の手拭きを差し出す。勝則がたどたどしい手つきで、テーブルの上に零れたビールを拭き取っていく。


「昔の話なんか止めろよ、賢治。厄も払ったんだしさ。せっかくの酒が不味くなる」


 敦史はそう言って、賢治を少し睨み付けた。


「別に良いだろ。昔話してたって」


「……気楽なもんだな。何年ぶり? 戻ってくるの」


 敦史に言われ、賢治は指を折って数えてみた。


「えっと……、五年ぶり? 実家も引っ越してるから用事もないし」


「そうか。賢治んちは推進派だったから、早々に補助金貰って引っ越したんだ」


「中学の時にはもう、隣町で暮らしてた。だから妙に懐かしいんだよ」


 子どもだった賢治たちは、推進派と反対派に親が別れてぶつかり合っても、全然関係なしに遊んでいた。毎晩のように抗議集会、話し合いが持たれ、村中がやたらと高揚して、ふわふわしていた。大人たちの目を盗み、子どもたちは互いの家を行き来したり、夜遊びをしたりして、束の間の自由を満喫していたのだ。

 当時から、村の人口の殆どが高齢者だった。

 年寄りが多数決で勝手に決めたことで、子どもたちは振り回された。そして村という居場所さえ、未来永劫奪われることになった。


「懐かしむのは勝手だけど、あんまり余計なこと喋んなよ。心臓に悪い」


 勝則は青い顔をして舌打ちをし、ジョッキを傾けた。


「賢治は今日、彰久んちにそのまま泊まる感じ?」


 敦史が話を遮るように言うと、賢治はうんうんと頷き返した。


「坂井商店くらいしか、泊めてくれそうなとこ無いでしょ」


「過疎ってるからな」


「確かに」


 夏も終わりに近付いてきた八月の末。

 来年春に強制退去が決まった村で唯一開いているのが坂井商店。彰久の店だった。

 確か泊まれる部屋があったはずだと賢治から彰久に連絡を取っていたのだ。

 村の生活の殆どは、隣町に依存している。

 ガソリンスタンドが消えたあとは、特にそれが顕著になった。

 普段の買い物も、隣町にある大きなスーパーで済まされるようになると、店は次々に潰れていった。店舗の老朽化と統合を理由に農協が出て行くと、いよいよ村は寂れた。


「繁栄しないと分かってる場所で頑張る人はいないだろ。みんな未来を見てんだよ」


 賢治の言葉に彰久はハハッと鼻で笑い、小さくため息をついた。


「それに、この村からやっと解放されるんだ。家に縛られることも、過去に縛られることもなくなる。これ以上良いことはないだろ」


 敦史の表情は硬かった。


「賢治は良いよ。村から出て、全部過去のことになってる。勝則は親の介護、俺も家族がいて自由が利かない。彰久は店を継いだ。お前だけいなくなるなんてって思ってたけどさ。やっと俺たちも出れるんだ。せいせいする」


「おい、敦史止めろ。その話はするなって」


 勝則は目を血走らせ、敦史を睨み付けた。

 敦史は面白くなさそうにフンと鼻を鳴らし、頭をゴリゴリ掻きむしった。


「昔の話をすると、どうしても出てくるだろ。クソッ! たばこ吸ってくる」


 テーブルに手を付き、ズンと立ち上がると、敦史は大股で公民館の外に出て行った。


「村がなくなるの、喜んでんのか悲しんでんのかわかんねぇな」


 賢治は届いたお代わりのジョッキを片手に、何度も首を傾げていた。






 *






 公民館での同窓会が終わると、四人は歩いて坂井商店へと向かった。

 久々の再会なんだから、彰久んちで二次会しようぜと、賢治が無理矢理誘ったのだ。

 公民館から出て、神社の側のお堀を覗く。昔、よっちゃんイカで延々とザリガニ釣りをした場所。あの頃から変わらず、堀の水は濁っている。


「結局、ザリガニ、食わなかったな」


 賢治がボソッと言うと、彰久が頬を緩めた。


「ああ、アレ。良い匂いだったな。でも食う勇気が無かった」


 勝則はザリガニ釣りの名人だった。バケツに釣ったザリガニを入れ、村の隅っこでバーベキューと称し、割り箸にぶっ刺してみんなでザリガニを焼いた。彰久が持ってきたマヨネーズと醤油で喰う気満々だったのに、臭みを取るとか、汚れを落とすとか、そういう下処理を忘れていたことに気が付くと、途端に我に返って、食べるのを止めたのだ。


「どじょうも大量に取ったけど、結局そのまま死なせたっけ」


 敦史が思い出したように言うと、みんなうんうんと頷いた。

 用水路に素足で入り、みんなで素手で捕まえるのが、夏休みの日課だった。捕まえたどじょうは、バケツの中で夏の日差しに熱せられ、全部死んでいた。

 トンボを捕まえて分解したり、アリを一匹ずつ潰してみたり。バッタを大量に捕まえてはビニール袋に詰めて共食いの観察をしたり、蝉を捕まえては誰が捕った蝉が一番長生きするかお菓子を賭けてみたり。

 娯楽が乏しかったあの時代、何もなければ何もないなりに遊んでいた。残酷な遊びを、飽きるまで。


「あれ、直進しないの?」


 左に曲がろうとした三人を呼び止め、賢治は真っ正面の道を指さした。


「そっちは遠回りだろ。こっち行こうぜ」


 三人の動きが止まった。

 賢治は構わず、ズンズン歩いて行く。


「待て、賢治! そっちは!」


 彰久が追いかけて声を上げるが、賢治は聞く耳を持たず、進んでいった。

 慌てて勝則と敦史も付いていく。


「賢治、待てよ。そっちは行くなって」


「え~、なんでなんで? 思い出の道じゃん。ここ通って坂井商店で時間潰すのが俺たち四人の日常だっただろ」


「行くなって! 行っちゃダメなんだって!」


「あ、そうそう、ここだ!」


 賢治が立ち止まったのは、丈の長い草の生い茂った空き地の前だった。

 三人が道の真ん中で立ち尽くす中、賢治は目をキラキラさせて、空き地を指さしていた。


「ここに昔、大工が住んでたよな。何つったっけ。こうじ……、こいち……。訛っててよく分かんなかった。覚えてない? 喋りがカタコトでさ。あいつ、頭おかしかったじゃん。動きも変でノロくてさ。今思えば知的障害者だったのかなぁって。あの頃は単なるバカだと思って、だいぶ虐めちゃってただろ。悪いことしたな。あいつ、どこ行ったのかな? いつの間にか村から消えててさ」


 晩夏の日差しは、未だ高いところにあった。

 抜けるような青空の下で、まるで小学生の頃に戻ったようなテンションで話す賢治が、三人にはおぞましい化け物のように見えていた。


「忘れた、のか……?」


 勝則はガタガタと震えだした。

 敦史はギリリと奥歯を噛んだ。

 彰久は一歩進み、身体中から噴き出す汗をそのままに、賢治を睨み付けた。


「忘れたとは言わせねぇぞ、賢治。あの日、俺たちは――」

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