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はらぺこ仔竜の親探し

何時もはらべこなドラゴンの俺は、人間の街に息を潜めて命を繋ぎながら、図書館に忍び込み「契約」についての情報を捜す日々を過ごしていた。 そんなある時、俺と同じく図書館に入り浸る人間の女に存在を知られてしまう。竜騎士隊員の彼女は、最近騎竜たちの調子が悪いことを気にしており、言葉を話せる俺の存在を知って通訳を手伝ってほしいようだ。 原因不明のドラゴンたちの不調を調べていくうちに、俺の成長に必須らしい「契約」についての情報と、俺がいつも空腹であることの原因もどうやら無関係ではないらしいことがわかった。 なんにせよ、俺は母親を捜さなければならないみたいだ。 幼い頃に受けた仕打ちの復讐、俺の居場所になってくれる人間たちへの恩返し、そして何より、俺の命のためにな。

 相変わらずここはご馳走だらけで天国みたいだな!


 俺は良い匂いのする灰色の箱をひっくり返し、散らばった食べ物を次々と頬張っていく。

 植物の切れ端や動物の頭など、ここに来れば何だって食べられる。人間たちはこれを捨てているようだが、俺にとってはとんでもないことだ。


 やがて食事に夢中になっていると、薄暗かった路地に夕陽が差し込み俺の身体を照らし始める。


「そこで何をやっている!」

「やべっ」


 次の瞬間、このゴミ箱の持ち主であろう人間が扉から出てきてしまった。

 身体から落ちそうになっていた麻袋を慌てて被りなおし、俺は路地裏の奥へと走り出す。


「またお前か! これでも喰らえっ」


 振り返ると何か銀色の棒状のモノが勢いよくこちらに飛んできていた。

 俺は右足の鉤爪を立て、勢いを利用してその場で一回転すると、振りかぶった尻尾でその棒を弾き返す。

 来た時の倍のスピードで帰って行ったそれは、例の灰色の箱にぶつかって残りの中身を盛大に撒き散らした。


「ひぃ! あ、危なかった……。どこの孤児か魔物か知らんが、お前のことは衛兵に言いつけてやるからな、覚悟してろよ!」


 そんな危ないと思うものを投げたらだめだろ。そう言いたかったが、人間は腰を抜かしそうになりながら扉の向こうに消えていった。

 ずいぶんと警戒されてしまった。まだ少し食べたりないが、ここは出直すとしよう。今度は何が飛んでくるか分からないからな。



 俺はそのまま複雑に入り組んだ裏路地を進んでいき、目的の場所に向かう前に寝床の用水路に立ち寄った。


「まったく、どうせ捨てるんなら食わせてくれてもいいだろうに」


 俺は麻袋を脱ぎ捨て、銀色の鱗に覆われた身体を水に沈める。

 ここは近くの川に近い場所にあるから、流れている水は透明で妙な匂いもしない。飲み水としてはもちろん、食事の時に着いた臭いも洗い流すことができるからありがたい。

 それに下流の方だと、親の住処に居た頃を思い出してしまうからな。


 そうして水浴びを終わらせる頃にはすっかり周囲は闇に包まれていた。

 俺は身を震わせて水気を飛ばすと、麻袋はおいたまま近くの建物の壁を見上げる。


「さて、そろそろ行こうか」


 人間たちはこれから大人しくなるが、俺にとっては今からが一番大事な時間になる。

 俺は地面を蹴って身体を浮かせ、壁の小さな突起に鉤爪を掛けて次の壁へと飛び上がっていく。

 やがて周囲の建物の屋根を飛び越え、巨大な白塗りの建物にやってくると、壁に空いた小さな通気口から慎重に潜り込んだ。


「人の気配は……無いな」


 俺は息を潜めて感覚を研ぎ澄まし、見慣れた建物内部をくまなく見渡す。

 朱色の絨毯の敷かれた床に、木の細やかな装飾と滑らかな石の内装。壁に掛けられた光る石の入った瓶のやわらかい光が建物内を照らし、規則正しく並べられた書棚を浮かび上がらせる。

 どうやら見える範囲に人間はいないようだ。

 俺は通気口から身を乗り出すと、そのまま身体三つ分ほどの高さを躊躇なく飛び降りた。


 ここは図書館という場所。周囲は大きな壁で区切られ、唯一隣接する建物は白色の豪華な城であることから、普通の人間にはあまり馴染みのない場所なのだろう。

 そのおかげか常に静かで人間の目も手薄なので、俺にとっては非常に都合が良い。

 俺は建物の中央、吹き抜けになっている場所までやってくると、手摺の間から恐る恐る一階の方を覗き込んでみる。


「さて……あの人間はまた居るのか」


 視線の先には、肩辺りまである深緑の髪の女が椅子に腰掛けていて、机に開かれた本を食い入るように見つめていた。

 もはや奴も見慣れたものだ。俺がここに忍び込むようになった当初から、毎日深夜までああしている。

 俺としては誰もいないのが理想だが、奴は本に夢中のようでページを捲る以外に動いているところを見たことがないから、音さえ立てなければ問題は無い。


 俺はそのまま近くの階段を使って二階へと降りる。

 さっき俺がいた三階には文法や言葉そのものについて記述された本が多く、俺はそのお陰で人間の言葉を理解できるようになった。そのあとは街に溢れる言葉が嫌でも耳に入ってくる結果、話せるようにまでなってしまった。

 ドラゴン固有の言語もあるにはあるが、竜の名前も捨てた俺にはもう必要の無いものだ。

 また、二階にはこの世界の地理や歴史といった記述の本が多く、そちらもかなりの量を読み込んだ。実際そんなものはどうでもよかったのだが、俺の欲しい情報があるかもしれないことを考えると、雑に探すわけにはいかなかったのだ。


 やがて俺は二階も通り抜けると、一階に繋がる階段も素早く降りていく。それから女の動向に細心の注意を払いつつ目的の書棚まで駆けていく。

 奴からはちょうど死角になっているとはいえ、すぐそばに人間のいるのはやはり緊張する


「……よし、なんとかここまで来たぞ」


 必死の思いで辿り着いたそこは『竜学』と書かれた書棚の並ぶエリア。ここにはまだ数度しか来たことはなく、そして俺の欲しい情報がある可能性の高い場所。

 俺は緊張と興奮で高鳴る心臓を精一杯抑えつつ、ずらりと並んだ本の中で気になるものを物色していく。


「竜の生態……これには載ってなさそうだ。竜の歴史、あの辺りか。ちょっと失礼」


 俺は竜学エリアの中でも特に歴史の本が固められた場所に注目した。バランスを崩さないように気をつけながら書棚に脚を掛け、一段一段よじ登っていく。

 そして一番近くにある本を尻尾で引き出して適当な場所を開いてみる。これは竜の成り立ちとか……起源についての記述か。

 俺は背中の翼で静かにページを捲り、本の内容に視線を這わせていった。どうやらこの本には『俺について』の情報は載っていないみたいだ。

 しばらく黙って読書に没頭していた俺だったが、頃合いを見て区切りをつけるとまた別の本を手に、というか尻尾に取った。


「こっちは、竜の──」


 中身を先にチラリと見た後、俺ははっとしてその本を閉じて表紙を確認した。そこには『種族別:竜の生態』とタイトルが書かれてある。

 俺は再び本を開くと、素早くページを捲っていき俺と同じような翼のあるドラゴンの絵が載っている頁を探した。

 この本になら……この本にならもしかしたら。


「あっ、た……これだ」


 ついに見つけた。

 俺が目を見開いて見つめるその見開きには、銀色の鱗を持つ飛竜の挿絵が描かれていた。その姿は紛れもなく俺の種族のもの。母親の影が脳裏を掠めて正直気分は良くない。

 俺はすぐに文章の方に目を落とし、一文字さえも逃さない意気込みで情報を掻き集めていく。


「俺の種族は『スピリアスコール』というのか……鱗色は銀、雷属性、夜目が効く……なるほど。これは?」


 夢中で読み進めていくうちに、ある単語が引っかかった。

 精霊石……これまで何度か目にしたことがあったが、特に気にしていなかった単語だ。


「精霊石の所有を巡っての争い。五神竜の一角の種族、最後の目撃情報は……この年だと今から五十年前くらいか」


 ゆっくりと小さく呟きながら読み進めていく。

 惜しいな……俺の欲しい情報に非常に近いが、肝心なことが書かれてない。

 俺はあいつ、母親の言葉の中にどうしても気になることがあるのだ。



 暗く薄暗い場所だった。遥か上方に見える出入り口からは空が覗き、時折水の雫が降り注ぐ。

 物心付いた頃から俺はそこに居て、感じるのは空腹のみだった。

 母親は時折肉がこびりついた骨を俺の居る穴へと棄てていく。俺は無我夢中でその骨に駆け寄って食らい付き、身を焦がす空腹感を誤魔化していた。


 俺には兄妹が居たらしいが、兄妹と違って俺は蔑ろにされていることに幼いながらも気付いていた。

 その理由までは分からなかった。だから俺は声だけ聞こえる兄妹たちを真似して、拙い言葉で母親に助けを求めた。


『許せ。しかし仮に今生きたとて、契約が無ければ長くないだろう』



 ドラゴンの言葉は自身が無かったが、最後に聞いた母親の声はそんな意味だったはずだ。

 あんな仕打ちをしておいてどの口が許せなど……はらわたが煮えくり返る思いだが、問題は後半にある。

 長くない、とは長く生きられないということだろう。せっかく住処を抜け出し、人間の街に転がり込んで生きてきたのに、冗談じゃない。

 実際、この頃は特に空腹感が酷い上に、身体の成長もピタリと止まってしまった。隠密行動する分には便利だが、かつて住処から飛び去っていった兄妹たちは既に今の俺よりも身体が大きかった。

 次第に俺の中で、死んでしまうのではないか、という嫌な予感は膨らんでいったのだ。


 そこでヒントになるのが『契約』という言葉。どうやらこれがあれば俺は生きられるらしいが……。


「はあ。これには書いてなかったな」


 俺は溜め息をついて本を閉じると、やや乱暴に尻尾で本を元に戻そうとした。

 しかし隣の本に勢いよくぶつけてしまったせいでバランスを崩し、俺は尻尾から本を取りこぼしてしまう。


「やっべ……!」


 重力に従って落ちていく本の向かう先はちょうど絨毯のない木製の床。

 俺は咄嗟に動くことができず、すぐに響き渡るであろう衝突音を想像して目をつぶってしまう。


「……あれ?」


 しかし随分と時間が経ったにも関わらず、予想していた音は一切聞こえない。

 目を開けてみると、本は床ギリギリのところで止まっていた。もちろん、浮いていたわけではない。


「あの、本は大切にしてくださいね」


 俺はその時初めて、この女がページ捲り以外で動くのを見た。


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