魔王様!! 勇者が攻めて来ました!!!
普通の女子高生をしてた私――春野メイは、気が付いたら乙女ゲームの世界に転生していた。
“アリスと七人の勇者”というこのゲームの最終目的は、ヒロインと勇者様がラブになって、一緒に凶悪な最強ボス“魔王”を倒すこと。
彼女を守る七人の勇者がもう最高にカッコいいの!
大好きな推しゲーの世界に転生なんて、最高に嬉しい!
でも。
でもさ。
私が転生したのはヒロインなんかじゃなくて……討伐される側のラスボス“魔王”なんですけど!!
どうしよう!
生きる為には、イベント回避しかないよね!
世界征服なんて興味ないし、平和がいちばんだもん。
だけどなぜか。
ヒロインの恋愛攻略対象のはずの勇者様達が次々と尋ねてきて、私の計画は全然うまくいかない。
もう!
私この世界の“魔王だけどモブ”として生きていきたいんだから、おかまいなく!!
突然ですけど。
【魔王】っていったら、どんなイメージを思い浮かべます?
ゲームでいえばラスボスだよね。
魔物たちの王様?
最強最悪の強さをもつ凶悪な支配者?
最後には勇者に倒される存在?
あはは。
普通はそう……だよね……。
私は魔法を放った姿勢のまま、部屋に出来た大きな穴を呆然と見つめていた。
うう、なんだか。大きく広げた手の平が、まだ少しだけ熱をもっている感じがする。
崩れた壁の奥には、どこまでも広がる青空。
周囲には笑顔で拍手をしているメイド服の女性。
そして。
部屋の真ん中にあるのは。
“勇者だったモノの灰”
「お見事ですわ、さすが魔王様!」
ああもう。
なんでこんなことになったんだろう。
私は、今朝の出来事を思い出していた。
確かに大好きだったけどさ、憧れてたけどさぁ。
まさか私が、推しゲームの中に転生するなんて。
しかも。
――この世界のラスボス……魔王として。
* * * * *
眩しい光が、カーテン越しにベッドの上まで届いてきた。
うーダメだぁ。
まだ……眠すぎる。
「あと五分だけ。えーと目覚ましは……って。あれ?」
聞き覚えの無い可愛らしい声に、思わず両手で口を押さえる。
ふわっと舞い上がったのは、まるでアニメみたいな桃色の髪だし。
口元に当てられてるのは、可愛らしいちょっと小さな手。
身体もなんだか縮んでる気がする。
「えーと、んん……?」
慌てて頬をつねってみる。
ぷにぷにした、柔らかい感触が指に伝わってきた。
夢じゃない……みたい?
えーとえーとえーと。
ちょっと待って!!
今どういう状況なの、私?
「おはようございます、魔王様。もう起きておられましたのね」
突然ノックの音が部屋に響いた。
満面の笑みで部屋に入ってきたのは、メイド姿の綺麗なお姉さんだった。
「さぁ、今日も世界一可愛くなりましょうね!」
「え。あの……ちょっと、ここどこですか!?」
わわ。抵抗する暇もなく、鏡の中の私が美しくドレスアップされていく。
薄桃色のふわふわの髪に大きな白いフリルリボン。
胸元に同じワンポイントのリボンが付いた、ワンピ風ドレス。
水色の大きな瞳に、真っ白な肌。
……すっごい美少女なんだけど。
「やっぱり魔王様はルイテリスで一番可愛らしいですわ!!」
「“ルイテリス”って?!」
「ええ。大陸の名前ですけど……それが、どうかされましたか?」
――ウソ。
だってその名前は……。
「……魔王様?」
お姉さんが心配そうに顔をのぞき込んできた。
水色のつややかな髪が、さらりと顔の前に美しく流れる。
あ……なんですぐに、この人に気づかなかったんだろ。
ううん。
人というか、正確には“ゲームキャラ”なんだけど。
「魔王軍四天王の、リティア・ホワイト……?」
「あら、どうされたのですか。突然わたくしの名前を呼んだりして」
不思議そうな表情の彼女を見て、おもわず頭を抱えて座り込んだ。
ありえない。
ありえないんだけど。
もしかして、ここって。
乙女ゲーム“アリスと七人の勇者”の世界?
で。
よりによって。
魔王が私ってこと!?
“アリスと七人の勇者”
女の子だけじゃなく男子にも人気で、「アリ勇」なんて呼ばれてて、アニメ化もされたんだよね。
私もアニメから入った派だし。
主人公のヒロインちゃんも可愛いんだけど、彼女を守る七人の勇者がもう最高にカッコいいの!
で。最終目標は、勇者様とラブになって。一緒に凶悪な最強ボス“魔王”を倒すこと。
鏡の前でくるりと一回転して、じっと自分の姿を確認してみる。
どう思い出してみても。
ゲームの魔王と全く違うよね?
うーん。
「あの。もしかして、この世界に勇者っていますか? ひ、光の勇者クリス……様とか……」
「ええ。いますわね」
うわぁ。うそうそうそ。
私の最推しヒーロー。
光の国の勇者“クリス・キャロット”
今……私。彼と同じ世界にいるんだ。
どうしよう。嬉しすぎる。
って。待って待って。
感動してる場合じゃないよね、私!?
本当にここが“アリ勇”の世界だとしたら。
大好きな推しキャラが、ヒロインと一緒に私を倒しに来るって事じゃん!!
「魔王様?」
「えーと、そ、それじゃあ……」
『おい! 勇者が来たぜ! おい! 勇者が来たぜ!』
突然、お城中に大きな音が響き渡る。
「なに、この大きな音!!」
「勇者アラームですわ。魔王城の結界に勇者が入ると発動いたしますの」
「ゆ、勇者?!」
「さぁ、まもなく来ますわよ! 玉座をお持ちしますわね!」
「でも。ここって、お城の最上階なんですよね?」
「うふふ。今日は魔王領の休日ですから、他の部下はお休みですわ」
なにそれ!
ブラック企業っぽくないのは良いことだけど。
だけど。
いきなりゲームのラストシーンに突入!?
「わたくしにお任せください。魔王様は玉座に座っているだけで大丈夫ですわ」
彼女の力強い言葉に、ゆっくりと頷いた。
「ねぇ、クリスお兄ちゃん。やっぱり罠だって。最上階まで敵がいないなんて」
「いや、部屋の上に“魔王様のお部屋”と書かれてるだろ?」
ゲームで聞き覚えのある声が扉の向こうから聞こえてくる。
「だから、どう見ても罠だって」
「いいから行くぞ!!」
まさかまさかまさか。
心臓の音がまるで楽器のようにドキドキ響いている。
扉を開けて入ってきたのは、武器を構えた、二人の勇者様。
神官服の男の子は、火の国の勇者“リカルド・キャベージ”
ショタに大人気のおこちゃまキャラで、ファンの愛称が何故か"リカちゃん”
もう一人は……。うわぁぁ、どうしよう。
ゲームより百倍以上カッコいい!!
輝く金色の髪に、吸い込まれそうな青い瞳。
ホント理想の王子様。
光の国の勇者、剣聖クリス様!!
二人は部屋に入ったあと、周囲を見渡して驚いた表情を見せていた。
「あの……お嬢ちゃん。魔王はどこにいるのかな?」
推しがリアルで話しかけてくるなんて……幸せ過ぎて声がでてこない。
あれ、でも。
……ヒロインはどこにいるんだろ?
「あはは、よく来たわね勇者ども。魔王の私に会えるなんて光栄に思いなさいっ!」
玉座の後ろから、私によく似た声が聞こえてきた。
慌てて振り向くと、口を押えたリティアさんが立っている。
まさかだけど……腹話術的なことをしてるつもりなの!?
「くっ、まさかこんなに可憐な少女に化けているとはな!!」
「クリスお兄ちゃん落ち着いて。この子、一言もしゃべってないよ。それにカ、カワイイ……し」
改めて剣を構えようとするクリス様を、リカちゃん……リカルド様が杖で制止する。
「リカルド!! 見た目に騙されるな! 世界の平和の為には魔王を倒さないと!」
「ねぇ、彼女の話を聞いてみようよ」
「なになに、仲間割れ? ほんっとうに、人間ってどうしょうもない生き物なのね!」
リティアさん、すごくノリノリなんですけど。
「国に帰ってみんなに自慢しなさいっ! 世界一カワイイ魔王に会うことが出来たって!」
「ちょっとストップ!!」
私は玉座から立ち上がると、大きな声で叫んだ。
「……魔王様?」
「あの。私、世界を支配したいとか、そういうの全然ないので。平和に仲直りとかできませんか?」
少しの間、部屋に静寂が訪れる。
ゲームしてた時にも思ってたんだよね。
攻略対象とラブラブになるだけで、すごく楽しいのに。
魔王討伐なんてイベント……必要ないなぁって。
「……ボクは信じるよ。よかったらさ、と、友達になってくれないかな?」
え。
突然、リカルド様が顔を真っ赤にして、手を差し伸べてきた。
よく見ると頭の上に謎のハートが浮かんでいる。
これってまさか……ゲームで見た魅了状態マーク?!
「ちょっと待て、リカルド!! 相手は魔王なんだぞ!!」
「こんなに可愛い子が魔王なわけないよ!」
目の前で、二人の勇者が言い合いをしているんですけど。
“アリ勇”ファン的には、すごく美味しいシーンだけど……。
これ、どうすればいいの?
「魔王様。こういうときにはですね……」
リティアさんが後ろから耳打ちしてきた。
「片手をまっすぐ勇者たちにむけて……」
「う、うん」
彼女の言葉通り、手を上げてみる。
「大きな声で “ファイヤーボール”と唱えてくださいませ!!」
「えーと、ファイヤーボー……え?!」
突然、目の前が真っ赤になって。
大きな爆発音が部屋に響き渡った。
……。
…………。
今、何が起きたの……?
* * * * *
「うふふ、さすが魔王様ですわ!!」
目の前に広がっているのは、部屋に空いた大きな穴と……勇者だったものの“灰の塊”
ウソ。
ウソウソウソ。
「どうしよう。私……勇者様を……」
「心配ありませんわよ。勇者は何回死んでも、教会で復活しますから」
「え?」
「まったく……迷惑な存在ですわ。まぁ、何度来ても一緒ですけど」
そういえば。
ゲームで何度も魔王に倒されて……死に戻りしてた気がする。
「すぐに片づけて朝食の準備をいたしますわね。少しお待ちくださいませ」
こうして。
私の異世界生活が始まった……みたい。
――。
もう、なんでゲームの魔王なのさ!!