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底辺転移配信者は異世界でバズりたい

瀬田一心せたいっしんは役満ディスコミュニケーションによってサッカーを辞め、高校半ばで半引きこもりの底辺動画配信者の日々を過ごしていた。彼はある時突如異世界に呼び出され、パートナーとともにダンジョン攻略生配信、通称ダン生を開始する。異世界に転移し出会った人気配信者、マリナ・ボルジアという少女の心を射止めるために、一心はダン生で人気配信者の道を駆け上がる。

「あー! バズりてえ!」


 六畳の自室、お年玉をはたいて買ったパソコンの前でそう叫んでいたはずだった。

 しかし気が付くとそこは土を固めて作られた道路の上。日本のどこか僻地でもなく、木造りの家、石造りの家が立ち並ぶ街だ。


 人混みに紛れているトカゲみたいな人、耳がとがったエルフみたいな人、獣の耳が生えた人。

 俺は口をあんぐりと開けてあたりを見回す。夢かなにかかと思ったが、雑踏がまき散らす土の香りがいやに現実だと思い知らされる。

 立ち止まって周りを見ている間にも、人々はこちらを珍し気に見たり見なかったりしながら各々の目的地に進んでいく。

 白のTシャツとジーンズが珍しいのか、あるいは立ち止まっていることがおかしいのか。彼らは一様に珍奇なものを見る目でこちらを眺めては去っていく。


 ――などとぼやっとしていると、


「なーにシケた面してるんじゃ、配信者」

「へ?」


 老成した子供のような声。こちらにかかったものだと判断し、その声の方を向くとそこには50センチほどの可愛らしい幼女が空中に浮いてこちらをうかがっていた。

 クリーム色の髪色は枝毛一つなく。黄金色の瞳は理知的で、こちらの反応を見透かしたような色合いを持っている。


 しかし、配信者と言ったか。


「……なんだこのちんちくりんは。あとなんで俺が配信者やってるって知ってるんだよ。それと、俺は瀬田一心(セタ・イッシン)だ」

「ええい、いっぺんに説明を求めるな! せせこましい! わしは精霊のアロナ。お前さんが配信者としてこの世界で生きていくためのサポーターじゃ」

「当チャンネルのマネージャーの応募、まことにありがとうございます。ではアロナさん、あなたは当チャンネルにどんな利益をもたらすことができますか?」

「PVを増やせるぞい」

「よし、採用っ!」


 アロナの即答に間髪入れずに反応する。

 PVやチャンネル登録者が欲しいのはどの配信者であっても同じだ。素性は知れないが俺の配信者としての活躍が見込めるなら問題ない。


 しかし――


「異世界で俺のパートナーになるならもっとこう……ちんちくりんじゃないのがよかった。俺のためにナイフとか作ってくれそうな神様がよかったわ」

「こんなキュートな容姿になんの不満があるというのじゃ」

「俺ァ人形を可愛がる趣味はないんだわ……」

「ロリ巨乳の神様に可愛がられるような殊勝な人間でもなかろうに」

「夢見るのは自由だろっ!」

「夢と現実の区別はつけて欲しいのう」


 話していて思うのがこのロリは結構話せるところがある。

 愛らしい姿もあって、もし人が違えばこのロリ精霊をひどく気に入っていたのは想像に難くない。

 それはいいのだがわからないことがある。


「ところでこの世界って言ったが、配信用の器材もなにもなくないか?」


 いわゆる異世界転移ということは分かる。正直な話、家やその周りを題材にするよりもよほど取れ高があるから文句はない。

 しかしお手軽に動画を撮れるスマホも編集用のパソコンもなにもない。そもそもどんなサイトがアプリを作り、収益を現金化してくれるのかも知らない。


 こちらの当然の疑問に対してアロナは、


「まあついてこい」


 と出来の悪い子供を見る保護者のように笑った。



 瀬田一心は平成生まれのゆとりっ子である。

 サッカークラブをチームメイトとの役満ディスコミュニケーションによって辞め、ぼうっとしている間に高校に入ったものの学生特有のキラキラと同調圧力に耐えられなくなった人間だ。


 16歳にしてほぼ引きこもり。好きなことで生きていきたいから動画配信者になった。それくらいの若者だ。

 動画配信者としては底辺で、同時接続数がゼロから動かない時が大半。たまに来る視聴者はコメントひとつなく、動画を投稿しても見るのは大体自分だけ。

 そんな中こちらを、暖かいものとして見る兄と気持ちの悪いものとして見る妹に挟まれて日々を過ごしてきた。


「それにしても異世界転移なあ」

「不服か?」

「んー、実感がわかないだけだ」


 自分でも意図のよくわからない溜息を何度目か。

 状況を再確認しても困惑が勝るだけだった。


 ぴちょんと天井から雫が滴り落ちる地下に場所を移しながら話すが、どうにもかび臭い。


「ファンタジー世界の様子を向こうに配信したら大うけするだろうになあ」


 こちらのぼやきにふむふむと相槌を打つアロナ。この宙を浮くマスコットを撮影しても収益化が狙えそうである。

 話が終わるのを確認すると精霊幼女(アロナ)はゆっくりと口を開く。


「こちらの世界の配信者はな、お前さんのところでいうアイドルや実況者とかもおるんじゃが。なにより――」


 ぽん、と空中からなにかを抜いてこちらに投げ渡す。

 ずっしりとした重み。重心が先端にあって余計に重く感じる。


 木剣だ。


「――今のバズネタは迷宮。ダンジョン生配信がホットじゃ」


 キイ! と甲高い鳴き声。

 気づいたときにはこん棒を構えた小鬼が一体待ち構えていた!


配信開始(リンク・スタート)!」


 アロナがなにかを唱えると視界に青色透明の枠が現れ、その右下には0の文字が浮かんでいた。

 その正体を推察する前に小鬼のこん棒が振り下ろされ、俺は必死に右に大きくダイブして回避する。


 起き上がる間もなく小鬼の追撃。

 一発、二発、三発。


「ってえ! ちょ、まて! 加減しろよ! ――このッ!」

「ギギッ!」


 叩かれる一方ではまずいと思い切り木剣を振る――が当たらない。


 無様な棒振りの応酬。一歩も進まない攻防戦。

 それらを繰り広げているうちにスタミナが尽き、痛みで頭がいっぱいになっていく。

 木剣を握る手は次第に力が抜けていき、けれども相手はまだまだ意気軒高(元気いっぱい)


 不格好な弧を描く小鬼のこん棒。その着地点は俺の頭。

 多分、人を殺すのには十分な威力。


 視界の右端にちらつく『同時接続数0』の文字。


 ゆっくりと近づいていくこん棒。


 ――あ、終わった。


 だが――


「よく頑張りました」


 鈴のような美しい声。


 疾風が通り過ぎる。

 ぼやけてきた視界に映るのは――得物ごと剣に首を貫かれた小鬼の姿だった。


『同時接続数1』


 その文字を見ると俺はゆっくりと意識を落としていった。

 遠くでファンファーレの音が聞こえた気がする。


『同時接続数1を達成しました。能力値が上昇します』



 さあ、と木の葉がさざめく。

 初夏の日差しは強く、けれども木々に生い茂る葉が直射日光を遮っている。


 柔らかな日の光がまぶたを通る感覚で、俺は意識を取り戻した。


 目を開ければ、青空と木々を背景にした金髪の美少女がそこにはいた。

 彼女はこちらに気づくとすっと目を細める。紺碧の両眼は空よりも青く透き通っている。

 すっと通った鼻筋、薄桃色の唇。そして女性らしいなだらかな曲線を描く身体。

 ノースリーブのニットシャツとホットパンツという動きやすい恰好。腰には長剣を佩いていて、ここが本当にファンタジーな世界なのだと思わされる。


 年のころは17歳ほどか。俺よりやや年上といった模様だ。

 少女はベンチに腰かけていて、俺はその隣に寝かされているようだ。


 ばっと上体を起こして彼女の方へと向かう。


「……お、お名前は!」

「マリナ・ボルジア。……あなたは?」

「一心ですっ。瀬田一心!」

「わしはアロナ。緊急避難の方法はあったが、助けていただいてありがたい」


 意外、といった様子できょとんとした表情を浮かべるマリナさん。

 ただしばらくしてなにかを納得したのか小さくうなずくと彼女は立ち上がる。


 笑顔は見せず、けれど透き通るような美貌をもってこちらを向く。


「今回は助けられたけれど、次こうならないように配信者ギルドでレクチャーを受けた方がいいよ」

「ありがとうございます!」


 そう言って去っていくマリナさんに俺は大きな声で礼を告げる。彼女はくるりと振り返ってお辞儀をすると、そのまま街の中に紛れ込んで消えていく。

 こうして二人残された時点でようやくここが小さな公園だと気づく。風で木の葉が揺れるなか、俺はアロナにひとつだけ訊ねる。


「なあ、ダンジョン生配信でバズれば皆が見るんだよな?」

「見るぞ。とは言っても同接80万人級の配信者が見るとなるとかなりの人気を取らねばならんぞ?」


 試すような笑みを浮かべるアロナに俺はなるほど、とつぶやく。

 小鬼にしこたま殴られた箇所がじんじんと痛む。けれど、今はそんなこと関係なかった。


 やりたいことはサッカーですべてなくしてしまった。その情熱の惰性でこれまで生きていた。

 チームメイトとの不和からサッカーをなくし、行き場のない情熱をすべて配信に捧げる無為な日々。


 自分でも無駄なことをしているという自覚はあった。けれども熱意を内に込めるだけの度量はなく。

 だが、ここにきてようやく情熱の向く先が――マリア・ボルジアという理想を超えた人と出会うことができた。


 異世界にきてようやく目標ができた。彼女の気を惹くために――


「俺はバズる!」

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