魔巧少女・オブ・ソウルメーカー
魔物と人間が争う世界。
ケイ・イズルハは傀儡師としては異端だ。人形に魂を与える特殊な能力を持っている。
魂が入ると人形に温もりが生まれ人間そっくりに動き出すのだ。
軍では彼を「ソウルメーカー」と呼んでいた。
ケイが生み出した魔巧人形の名は「フェネル」という。
令嬢のような風貌のフェネルはケイと共に戦場で大きな成果を上げた。
「マスターはすごいのです」
「すごいのはフェネル、お前だよ」
しかし帝国軍には魂を持つ魔巧人形を快く思わぬ者がいた。
ケイは突然軍隊を追い出されフェネルと引き離されてしまう。
フェネルと別れ、一人あてもなく途方に暮れるケイだったが、人形技師を名乗る少女カレンと出会い意気投合する。
カレンはケイの能力に興味を持った。
「我が国は、優秀な傀儡師を求めています。是非、我が国に——」
しかし帝都の闇は深く、黒い影がすぐそこまで迫っていた。
「ケイ・イズルハ!
お前はクビだ! 魔巧人形を没収する。今すぐ、王宮を出て行け!」
戦域から王宮に戻ると、上司であるバッカス魔道団長が俺たちに恫喝するように言った。
「イヤ」
俺の隣にたたずむフェネルがボソッと返す。
彼女は一見小柄な少女だが、魔巧人形だ。
魔力を動力源とする人形である。
「おい、フェネル……、もう少し言葉を。失礼しました。
理由は何でしょうか?」
「ふん、お前のような無能な人間は聞いても無駄だろう?
明日までに荷物をまとめて出ていけ!」
バッカス魔道団長はそう言うとフェネルに唾を吐き捨てた。
僅かな動きでかわすフェネル。
彼女はまゆ一つ動かさず、冷酷に告げる。
「汚い。マスターの質問に答えて。
どう見てもあなたの方が無能」
「ちょ……フェネル」
しかし、時すでに遅し。
バッカスの顔色は赤から青に変わり、わなわな震えている。
「おま……ふざけんなよ!? 土人形が……」
バッカスは立てかけてあった剣を手に取ろうとした。
しかし、その手が途中で止まる。
フェネルが瞬時にバッカスの元に移動し、動きを封じたのだ。
人に認識できないほどのスピードで動作する。
フェネルの特技「剣聖」のスピードによるものだ。
「私は土人形じゃない。
自律行動が可能な完全自立型魔巧人形だ。
魂を持たぬ量産品と一緒にしないで」
その言葉を聞いた瞬間、バッカスの動きが完全に止まった。
彼はゆっくりと顔を上げ、呆然とした表情で呟く。
「動作するまでに到ったのはそのフェネルとやら一体のみ。
今は魔族と戦争中なのだぞ?
悠長にやっている暇は、帝国にはないのだ」
「お言葉ですが、フェネルのおかげで劣勢だった南方地域の戦況が持ち直したはずです。
魔巧人形を何体投入しようと苦戦が続いていた地域で」
「マスターの仰るとおり。マスターはすごいの」
いや、すごいのはお前なんだが……。
俺が初めて魂を与えることに成功した人形、フェネル。
彼女は自ら考え、話し、行動する。
そんな魔巧人形を生み出せる傀儡師は俺一人だけだ。
従来の魔巧人形はあらかじめ指示された動作しかできない。
「お前よりもっと強力な傀儡師がみつかった。
彼の希望もあり、お前は不要だと判断されたのだ」
フェネルがぽんと手を打つ。
「じゃあ、私がその傀儡師の息の根を——」
「おいやめろ」
「とにかく……ケイ・イズルハはクビ、魔巧人形は没収だ。これ以上言うことは無い!」
俺はそんな経緯で王宮を追い出されてしまった。
身支度をして慣れ親しんだ王宮を離れる。
門まで来たとき、フェネルに別れを告げた。
「達者でな、フェネル。新しい上官の指示に従うように」
「命令ですか?」
「命令ではない。もう軍籍も失っているし、俺は既にフェネルの上司ですらない」
「……はい」
「ただ、俺はフェネルに幸せになって欲し——」
俺は言いかけてやめた。
兵器として魂を与えたことに、俺は引け目を感じている。
戦争が終わったら彼女は自由になれるのだろうか?
もし叶うなら、いくらでも面倒を見てやりたい。
「マスター。泣かないで」
「え?」
俺は涙を流していたらしい。
フェネルは俺に抱きついてきて、指で頬を伝う涙をなぞった。
彼女から優しい温かさと、柔らかさが伝わってくる。
フェネルから感じる温もりは、人間と同じだ。
「すぐにお迎えに参ります」
「うん? それどういう意味?」
「では、失礼いたします」
俺の問いに不敵な笑みを返すフェネル。
スカートをつまみ、頭を下げ立ち去っていく。
なんだかすごく嫌な予感がするのだが……きっと気のせいだろう。
俺は王宮を後にした。
**
「今日ノ宿ハオ決マリデスカ?」
宿屋の前のボロボロになった服を着せられた魔巧人形が喋る。
一見女性の容姿だけど、フェネルと比べると雲泥の差だ。
魔巧人形の扱いを見ると、だいたいどんな店なのか分かる。
いくつかの宿を通り過ぎまともそうなところを選んだ。
「ここにするか。えーっと……とりあえず一泊お願いしようかな」
「ハイヨロコンデー!」
元気よく返事をした客引きの魔巧人形は、そのまま裏路地へと消えていく。
まぁ、いっか。
料金を先払いし案内された部屋に入る。
ベッドが二つある普通の部屋だ。
ベッドに横になり、天井を眺めながら考える。
これからどうするか……と。
正直なところ、行くあてはない。
ガチャ。
しばらくゴロゴロしているとドアの開く音がした。
俺は慌てて起き上がると、貴族令嬢風の女の子とメイドが入ってきた。
二人旅にしては洋服が豪華だ。
彼女は背中まで伸びる銀色の髪の毛をカチューシャで留めている。
「部屋をお間違えでは?」
「ああ、申し訳ありません。部屋が取れなくて……相部屋でいいか交渉しろと言われて」
いかにも旅に慣れてない様子。
とりあえず困っているようなので、OKしたが……貴族の女性と同じ部屋で過ごすのか?
ん?
彼女が連れているメイドは……。
妙に小柄だが……駆け寄ってみる。
「おおっ。なんだこの魔巧人形? すごいぞ!!」
「貴方ハ誰デスカ?」
俺はメイド魔巧人形に飛びつく。
かなり精巧に作られている。手を取り、関節を見る。
繋ぎ目が丁寧に処理してある。指もしなやかで細い。
服は上等な布を使ったものだ。
俺はスカートをめくり中に入って足を見た。
すごい。衣装で隠れる足も手を抜いていない。
フェネルに近い精巧さだ。
「ヤメテクダサイ」
俺は魔巧人形の声を無視して足を触る。
触った質感もなかなかだ。
俺はスカートから頭を出し、旅の少女に聞いた。
「すごいねこれ。キミの?」
「こ……この……ヘンタイ!」
ぽかぽかと、俺の頭を叩く少女。
「い、いや……俺は傀儡師で……気になって」
「傀儡師? ……えっ?」
少女はカレンと名乗った。
事情を話すと、ふむふむと頷いてくれた。
「傀儡師だから、素晴らしい人形を見るとどうしても気になってしまって」
「素晴らしい、ですかっ?」
ぱあっと、花が咲くように笑顔になるカレン。
「うん。精密で緻密で、造形もすごい。まるで生きているようだ」
「ほんとうですか? 実はこの子、私が作ったのです。褒められて嬉しい」
「キミは人形技師なの?」
「はい。
子供の頃からずっと好きで。
可愛いこの子が大好きなんです」
互いに人形について思い入れがあり、会話に花が咲く。
その途中で急に笑顔を引っ込めるカレン。
「あの、ケイさん……我が国は、傀儡師を求めています。
是非、我が国に——」
バリン!
突然窓が割れ、部屋に侵入する影が見えた。
魔巧人形だ。
帝国軍の兵器だ。見覚えがある。
暗殺専用の魔巧人形ブラッドダガー。
「カレン、下がって! コイツは倒せない。逃げよう!」
「ダメ! ドアがロックされてる!」
ドアに駆け寄ったカレンが、眉を寄せた。
俺を暗殺? いや、カレンが標的だろう。
魔巧人形が短剣を放つが、躱す事に成功。しかし……
「キャアッ……ッツッ」
カレンの右太ももに短剣が突き刺さっている。
侵入してきた二体目のブラッドダガーが放ったものだ。
俺はカレンに駆け寄り、抱きよせる。
床に伝う血が赤い花を咲かせ、大きくなっていく。
ダメだ。動きを封じられた。
「オ守リシマス」
メイドの魔巧人形が俺たちを庇うように、暗殺者との間に立った。
だが、紙切れ程度の盾にしかならない。
ドカッ!
短剣がメイド人形につきささり、俺たちの方に倒れてきた。
カレンは出血が止まらず、真っ青な顔をしている。
目の前には二体のブラッドダガー。しかも、俺にたいした戦闘力は無い。
勝てない……逃げられない。
「申シ訳アリマセン、カレン様」
「ううん……いいの……よ……アヴェリア」
かすれた声でカレンがささやく。
カレンの血が人形の足に触れ、赤く染まっていく。
人形の名はアヴェリアか。
この造形なら……もしかして……?
俺は一か八かスキル『ソウルメーカー』賭けることにした。
意識を集中し能力を起動、大きく息を吸い叫ぶ。
「魂を生み出せ——生を受けろ……アヴェリア!!」
ズン。
魔力消費により気が遠くなる。
しかし、その代わりアヴェリアの肌に温もりが宿り、瞳に光が宿る。
「…………。私の名は……アヴェリア。
カレン母様……ケイ父様……二人を傷付ける馬鹿者は……許しませんわ。
【ハイ・ヒール】!!」
癒やしの魔法でカレンの怪我が治っていく。
アヴェリアの能力は「聖女」のようだ。
アヴェリアは俺たちに背を向けた。
武器は持っていない。
「痛みが消えた……アヴェリア、ありがとう。でも……」
アヴェリアは俺たちにゆっくり振り返り微笑んだ。
カレンを安心させるためだろう。
「えっ……アヴェリア……?」
「お父様、心を与えてくれてありがとう。
お母様、体を与えてくれてありがとう。優しくしてくれた貴女のこと忘れませんわ。
突撃します!」
アヴェリアは唇を噛み、敵二体をにらむ。
しかし、その先に三体目の魔巧人形が現れた。
「えっ……フェネル……どうして……?」





