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はらぺこな竜神の娘は、満腹の力で無双する

満腹にならないと力を発揮できない竜神の娘ルカは、幼くして旅をする身となった。

だが、竜神にルカを託された剣士キラルとその仲間は、大きな街についた途端、食費が掛かりすぎる上で役立たずと、ルカを追い出した。

 

押し問答を見かねて街の護り役である聖女ライリがルカを引き取る。

ルカは沢山食べさせてくれた聖女にすっかり懐いて行動を共にしたいと希望した。ルカは満腹になれば変身して戦える。

 

「人を殺しては駄目よ? 一緒にいられなくなるの」

 

ルカの威力に驚き、聖女は忠告する。

 

「わかった。ルカはライリと一緒にいたい。人は殺さない」

 

だが魔の手が迫っているとルカは未だ知らなかった。巫女である母に、ひとところに長く居ては駄目と釘を刺されていたのに、聖女との暮らしがルカには愉しすぎた。

 

ついにその日はやって来る。街が惨事に巻き込まれるのを避けるため、ルカは一人旅立つことに。

 大きな街に入ってすぐに、小さなルカは放りだされた。

 文字通り、軽く脇を抱えられ、広場にぽん、と。

 

「じゃあな、ルカ。いい保護者をさがせよ」

 

 ずっと一緒に旅をしてきたキラルは、良い笑顔を浮かべて言い捨てる。

 

「待って、キラル。どこに行く?」

 

 赤褐色の旅装束のルカは、必死で食い下がった。戸惑いを含む少女の声が、広場に響く。

 キラルの身体を捕まえて問いただそうと思うのだが、ルカは空腹すぎて力が入らなかった。

 

「もう、お前にゃ、関係ないよ。おさらばだ」

 

 背に大きな剣を背負ったキラルは、軽く手を振りかけて立ち去ろうとしている。

 

竜神(とーさま)との約束、忘れたのか?」

 

 長い黒髪を頭の高い部分でひとまとめにしたルカは、短めの前髪を揺らしながら見上げてく。

 置き去りにされることを、怒っているわけではない。竜神との約束を反故にすることに呆れているのだ。

 

「お前は、とんだ厄介者だ。こんな大きな街まで連れてきてやったんだ。ありがたく思え」

 

 舌打ちしながらキラルは歩みを早めた。

 

「ちょっと! こんな小さい子を置き去りにするつもり?」

 

 蜂蜜色の長い巻き毛の少女が、ルカの代わりにキラルを捕まえた。ルカより五つか六つ年上だろうか。

 緑の長衣をまとい、繊細で綺麗な飾りの杖を手にしている。人形のように整った顔立ちだ。

 

「あー、あんたが、噂の、聖女さま、って奴か? この街の護りの」

 

 キラルは面倒くさそうな表情だ。ルカはよろよと歩いて聖女の隣へ辿りつき見上げた。

 とても綺麗な姿に、ルカは状況も忘れて見とれてしまう。

 

「保護者なのでしょう?」

 

 キラルの腕を掴んだまま聖女と呼ばれた少女は言い募った。ルカは、キラルと聖女を交互に見やる。

 

「いいや、ちがうぜ」

 

 キラルは掴まれた手に触れ、聖女の顔を品定めするように眺めて目を細めた。

 聖女は眉根を寄せて、手を引っ込める。

 

「そんなに言うなら、あんたが面倒見てやりゃあいい。とんでもねぇ奴だからな! 強いと聞いてたのに、喰うばかりで全く役立ちゃしねぇ。俺はもう、まっぴらごめんだ」

 

 更に、もうこりごりだと言葉を吐く。

 キラルよりも聖女さまがいいな、と、ルカの気持ちはこっそり動いていた。

 

「こんな小さい子の前で、なんてこというの?」

 

「あんたも気をつけるんだな。そいつは小さい癖に、とんでもねぇ大喰らいだ。すぐに破産するぞ」

 

 キラルの仲間たちが、そうだそうだ! とはやしたてる。

 

「とにかく、そんなガキを連れてちゃ、娼館にも入れやしねぇ」

 

「さぁ、行こう行こう!」

 

「やったぜ! やっと豪遊できるってもんだ」

 

 ルカと一緒に旅してきた仲間たちもキラルに賛同のようで、さっさと繁華街へと向かおうとする。

 空腹で追いかける気力もなく、ルカは足がもつれてへたり込んだ。

 

「大丈夫?」

 

 キラルを追おうとした聖女が慌てて戻って来る。

 

「……お腹がすきましたぁ」

 

 ルカは情けない声で呟いた。

 

 

 

「わたしはライリよ。ライリラウン・バルシ。この街の護りなの」

 

 居心地のよい食事処へとルカを案内し、沢山の料理を注文した後で聖女は名乗った。

 

われはルカ。ルカジェクス・エグゼン」

 

 早速運ばれてくる料理にルカの視線は釘づけだ。

 

「さあ、どんどん食べて。いくらでも注文しますからね」

 

 キラルが大喰らいだと呆れていたこともあり、聖女ライリは広い卓にぎっしりと料理の皿を並べさせていた。小さな女の子に振る舞うには、誰が見ても多すぎる量だ。

 

「とーさまは、竜神。かーさまは、巫女。かーさまは、ルカが十一になったら旅に出すように神託をうけた」

 

 翠の瞳を輝かせ、街の特製らしい珍しい料理をうまうまと食べながらルカは伝えた。

 皿の上の料理は瞬く間に消えて行く。決して無謀な食べ方には見えないが、確実に皿や器は空になっていった。

 

「ルカは、旅するもの。ひとところにいてはダメだそうだ」

 

 心底嬉しそうな表情を浮かべ、ルカは安心したように食べすすめている。

 どれも、ものすごく美味しいのだ。

 

「本当に、凄く食べるのね」

 

 ライリは微笑ましそうにしながら、次々に料理を選び追加させていた。

 

「キラルと旅に出てから、満腹になったことがなかった」

 

「まぁ、なんてこと! ずっと空腹のままだったの?」

 

 自分のことのように怒ってくれているのが、ルカにはちょっとくすぐったい。

 

「空腹で力がまったく出なかった」

 

「戦いの話? そんな小さな身体で戦うの?」

 

 こんな小さな女の子に戦わせるなんて酷い、と、ライリは憤慨している。

 

「ルカは、戦う。強い。小さくても関係ない」

 

「無理することないのよ?」

 

「戦わせて。そうでないとルカ、価値がない」

 

 むぐむぐと美味しそうに食べ進めながらルカは主張した。

 

「分かったわ。でも、まずはお腹いっぱい食べてね」

 

 ライリの笑顔はルカを和ませる。ルカの食べる速度があがった。

 

「あら? これ、何かしら?」

 

 ライリの目の前に革袋のようなものが現れ浮かぶ。

 

「あ! ルカの財布、戻ってきた!」

 

「戻って?」

 

「キラルが持ってた。ルカに食べさせてくれてるライリのものだ」

 

「凄く、お金、入ってるわよ?」

 

「ルカが食べると倍に増える」

 

「あの人たち、このお金で遊ぼうとしていたの?」

 

「たぶん、そう」

 

 むぐむぐ。

 

「娼館で豪遊する、って言ってたわね」

 

 ライリは状況を思い出して、少し心配そうな表情を浮かべている。

 

「満腹になりました。解錠します」

 

 ルカに似た声が無機質に響いた。

 

「え? 何? 今の」

 

「満腹なので、解錠した。これでいつでも変身して戦える」

 

「変身して戦うの? じゃあ、役にたたなかったって、ルカを満腹にさせてあげなかったから?」

 

「そう。ルカ、強い」

 

 満腹になった後もルカは食べ続け、出された分を完食した。

 

 

 

「聖女さま! 大変です」

 

 食事処へと、数人の武装した者たちが駆け込んできた。

 

「聖堂の地下から、どんどん化け物が溢れ出してます」

 

「もうすぐ、外に出てしまいます」

 

 慌てた様子でライリへと報告している。

 

「分かった。直ぐに穴を封印しないと。ああ、でも、ルカを預けなくっちゃ」

 

 変身して戦うと言っているのに、無力な少女に見えるのだろう。

 

「ライリと一緒に行く。ルカ、強い」

 

 聖女の衣服の裾をつかんでルカは言い張る。

 

「いいわ。じゃあ、一緒に行きましょう。無理してはダメよ?」

 

 緊急時でもあり、熟考している暇もなくライリは了承した。武装した者たちと一緒に聖堂を目指して走る。ルカは足取りも軽く、先陣切りそうな勢いだ。

 

 聖堂の中は、地下から溢れだしたという物凄い数の化け物であふれかえっていた。入口際で食い止める戦いをしている者は居るが、押し切られそうになっている。

 駆けつけた全員が素早く中へと飛び込むと、入口で戦っていた者が扉をピッタリとしめて鍵をかけた。

 

「聖女さま、こんなに強い防御と攻撃の魔法を付けて下さって大丈夫ですか?」

 

 中へと飛び込んで戦いを始めた者が、驚いた声を上げる。

 

「いえ、私じゃないわ」

 

 ライリは首を振って、ルカを見た。

 

「ルカでもない。それは竜神の力」

 

 戦いの仲間たちは竜神の加護を得た状態だ。しかし、いかんせん敵の量が多すぎた。地下からどんどん上がってくる。

 

「ルカに任せて」

 

 言うなりルカは変身した。小さな身体は聖堂の高さの半分くらいの背丈になった。

 かぎづめの付いた羽をもつ、巨大な赤褐色の竜だ。

 ルカは化け物たちの中に飛び込んで暴れだした。

 

 爪の鋭い足で踏みつけ、固く鋭利なひれがある鱗に包まれた長い尻尾でがしがしと跳ね飛ばす。化け物たちは、神の怒りに触れたかのように、閃光を放ちながら瞬く間に消えて行く。

 

「凄いわ」

 

「これなら、なんとかなりそうだ!」

 

 逃げ惑う化け物を倒しながら、戦う者たちは歓喜の声を上げている。

 しかし、聖堂一階の化け物を一掃して問題の地下へと下りて行こうとしたところで、

 

「施錠します」

 

 無機質な声が響いて、ルカは元の姿に戻ってしまった。

 

「ま、待って。施錠って、ルカ、もしかして変身は一度きり?」

 

「そうだ」

 

 ルカはコクンと頷く。

 

「ええ? 地下が本番ですよ?」

 

「そうなのか?」

 

 ルカは小首を傾げた。

 訊いている間に、化け物が階段を上がってくる気配がする。

 

「どうしましょう? 一旦、引きますか?」

 

「そうね。ルカを満腹にして戻った方が良さそう……」

 

 ライリの困惑気な声を聞きながら、ルカは必死に何かを思い出そうとしていた。何か忘れている。

 が、直ぐに、ピンと、閃いた。

 

「そうだ! ライリ、頭なでて!」

 

 父の言葉を思い出し、ルカは告げる。

 怪訝そうにしながらも、聖女は頭を撫でてくれた。ルカは喉を鳴らす猫に似た心地良さそうな表情だ。

 

「解錠しました!」

 

 無機質な声が響く。

 

「地下に飛び込んでから変身する」

 

 ルカは告げると、子供の姿で化け物を殴ってなぎ倒し地下への階段を降りて行く。

 無邪気な笑い声をたて、ルカは群れた化け物の中へ突入しながら変身した。


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