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可愛い末っ子はドラゴン兄弟に溺愛されています!

ある日、森に人間の赤ん坊が捨てられていた。

それを見つけたドラゴンの兄弟たちは、気まぐれからその赤ん坊を育て始める。


十四年の月日が過ぎ、赤ん坊は健気で素直な少年に成長した。

ドラゴンたちは彼を【エリック】と呼び、自分たちの末っ子として溺愛する。


ところが、ひとつだけ問題があった。

可愛い末っ子を失いたくないがために、ドラゴンたちは彼が人間であることを教えていなかった。そのため、エリックは自分をドラゴンだと思い込んだまま成長する。


ある日、エリックは森の中で人間と遭遇する。

なぜ自分には羽や尻尾がないのか。本当はドラゴンではないのかもしれない。そんな悩みを抱くようになるエリック。


その話を聞いたドラゴンたちは、森にやってくる人間を脅して追い払った。

これでエリックと人間の接触はなくなるだろうと思われたが、予想外の事態が起こる。


――武装した人間たちがドラゴン討伐にやって来たのだ。

「兄さん、これ本物かい?」


 店主は台の上に置かれたものを(いぶか)し気に眺めた。

 それ(・・)は爬虫類の鱗のような形をしているが大きさは人の顔ほどもある。ランプの光にかざしてみれば、ぬらりと虹色の光沢をはね返した。金属のようにも見えるが、手にすれば驚くほど軽い。


「もちろん。正真正銘ドラゴンの鱗だよ」


 目の前の男はこともなげに答える。

 年の頃は二十代前半。遠くの大陸から来たのだろうか、この辺りでは見かけない顔つきをしている。燃えるような赤い瞳が印象的だった。


 だが、ドラゴンなど伝説上の生き物だ。

 昔は本当にいたとも聞くが、所詮はおとぎ話だ。


「こいつが本物なら、あらゆる刃物を防ぐはずだ。ちょいと試してもいいかい」

「どうぞ」


 相手はあっさり承諾した。

 少々拍子抜けしながらも、それじゃ遠慮なく、と店主は壁にかけてあった短剣を取り出した。


 まずは目立たぬ端に刃を当てる。

 硬い。なんという硬さだ。

 力を入れれば入れるほど刃物のほうが潰れてゆくのがわかる。

 店主は腹をくくり、(つか)を両手でしっかり握り込み渾身の力で突き立てた。


 カキン。

 甲高い音が響き、短剣の刃先が欠けた。

 (う、嘘だろ? この世で一番硬いロンズデル製のナイフが……!)


 店主の背中に冷や汗が伝う。

 にやり、と男が笑った。


「ねえまだ? こっちは買い取ってくれるならどこの店でも構わないんだけど」

「わ、わかった! こいつはうちが買い取る!」

「半端な金額じゃ納得しないからね」


 店主は慌てて店の奥に引っ込み、革袋を3つ、少し迷って4つ抱えて戻った。

 とっておきの資金だ。革袋の紐をといて中に詰まった金貨を見せてやると、男は途端に機嫌を良くした。


「わあ。ありがと」


 そしてろくに金貨の枚数も確認しないまま、背負っていた布袋にぽいぽいと放り込む。

 その様子を呆然と見ていた店主は、ふと我に返り慌てて尋ねた。


「な、なあ兄さん。こんな大層なもの、どこで手に入れたんだい?」

「秘密!」


 男は軽やかにウィンクすると、身をひるがえして店を出ていった。





「ふぅ、疲れた。やっぱり人間の体って不便だよね」


 愚痴をこぼしながら、カールは背負っていた荷物をどさりと地面に降ろした。

 大きな布袋はめいっぱいに膨らんでいる。買い過ぎだと長男のアランに叱られるかもしれないが、知ったことではない。すべては末っ子のためだ。


 カールは服をすべて脱ぎ去り、それも袋に押し込む。そして動物のように手足を大地へついた。すでに街からは遠く離れている。折り重なる山が彼を隠してくれるだろう。


「う、ウゥウウゥぅぅ」


 奇妙な唸り声とともに彼の体が変化してゆく。

 みるみる手足が太くなり、胴体は山のように膨らむ。丸太のような尻尾が伸び、背には大きな羽が生えた。その瞳は、燃えるような赤。

 太い鉤爪で器用に荷物を抱えると、カールは灰色の空へ飛び立った。





 洞窟の入り口に降り立てば、待ちかねたように末っ子のエリックが首元へ抱き着いてきた。


「おかえりなさい!」

「ただいまエリック。いい子にしてた?」

「はい! カール兄さまが無事に帰ってきてくれて嬉しいです」


 無垢な笑顔を向けられ、カールは思わず天を仰ぐ。

 ああ、今日もうちの末っ子が可愛い。可愛すぎる。なにこの天使。

 尊さを噛みしめていると、洞窟の奥から二匹のドラゴンがのそのそと出てきた。


「ご苦労だったな。カール」

「おかえり、カール」


 出迎えたのは、長男のアランと次男のブルーノだ。

 カールは二匹にも挨拶をし、それから末っ子に荷物を預けた。

 布袋を受け取ったエリックはその中身をひとつひとつ丁寧に並べてゆく。


 大半はエリックのための服で、その他には毛布、クッション、石鹸や歯磨き粉、ふかふかのタオル、調味料や甘いお菓子まである。何冊か本があるのはブルーノ用だ。


「ずいぶんたくさん買ってきたな」

 思っていた通り、長男のアランがそんな感想を口にする。

「鱗がすいぶん高く売れてね。奮発しちゃった」

「希少価値が上がっているのかもしれないな」

「ふ~ん、そういうものなの?」


 三匹がそんな話をしていると、末っ子がひょっこり顔をのぞかせた。

「兄さま、僕も街へ行ってみたいです!」

「それはいかん」「行ってはいけないよ」「だめだよエリック」

 兄たちから口々に反対され、彼はしょんぼりうつむいた。

「でも……」

「まずは今よりも強くなり、教養を蓄え、立派に成長することだ」

 長男が諭すと、末っ子は力強く頷いた。

「はい! 僕、がんばって兄さまたちのような立派なドラゴンになります!」


 その健気な決意に、兄たちは相好を崩した。

「うむ。頑張りなさい」「成長が楽しみだな」「応援してるからね」


 しかし、ひとつだけ問題があった。


 ドラゴンたちから溺愛されているこの末っ子、実はドラゴンではなく人間なのである。どう逆立ちしてもドラゴンになれるはずがないのだ。

 だが、兄たちがそのことを言い出せないため、エリックはずっと自分がドラゴンだと信じて疑わずに育った。


 それは三匹にとって大きな悩みでもあった。





 ある日、三匹は頭を寄せてひそひそと相談した。


「兄さん、やはりエリックに話すべきだと思う」「そうだよアラン兄」

 弟たちから促されても、長兄は踏ん切りがつかない。

「待て、もう少し時期を見てだな……」

「だがあの子はもう十四だぞ」「そうだよ。誤魔化し切れないって」

「むむ」


 言えない理由は単純である。

 エリックが可愛すぎて手放せないのだ。


 ある年、森に捨てられていた赤ん坊を拾った。

 気まぐれで育ててみれば、これがどうにも可愛らしい。

 最初こそ大変だったものの、歩けるようになると兄たちのあとをよちよちと必死についてくる。言葉を話せるようになればますます可愛らしくなった。

 しかも、三匹の教育が良かったのか、エリックは礼儀正しく賢く心優しい少年に育った。


「カール。お前がもっと人間の姿でいれば、エリックも安心するんじゃないか」

 次男の提案に、三男は顔をしかめる。

「ブルーノ兄、あれめっちゃ疲れるんだからね」


 三男のカールはもともと器用な(タチ)で、次男から少しやり方を聞いただけで変身術を理解し身に付けてしまったのだ。

 だが、変身術というのは本来魔術の類である。

 いかに長く生きているドラゴンとはいえ、多くの経験を積んでいるはずの長男も、本から知識を得ているはずの次男も、この術を習得するには至らなかった。


「お前たち、考えてもみるのだ。あの澄み切った青空のような瞳。日の光を束ねたような金色の髪。草原を吹き抜ける風のような爽やかな笑顔。もし真実を告げてしまえば、あの姿を二度と見られなくなるかもしれないのだぞ」


 いつもは厳格な長男の目に、大粒の涙が浮かぶ。

「兄さん、泣かないでくれ」「俺たちまで悲しくなるよ」

 三匹はそろって泣くのであった。





 その日の夕方、(まき)拾いから戻ってきたエリックは浮かない表情をしていた。

「どうしたエリック。悩み事があるなら遠慮なく話すがいい」

 長男が優しく声をかける。

 するとエリックは声を震わせた。


「アラン兄さま。――僕は、ドラゴンではないのでしょうか?」

 たちまち三匹は騒然となった。

「な、なぜそんなことを!」「誰かに言われたのかい」「急にどうしちゃったの」

「森の中で、僕と同じ姿をした者に出会いました。その相手に言われたのです」


 ドラゴンたちは顔を見合わせた。

 最初に言葉を発したのは長男のアランだった。


「そのような世迷(よま)(ごと)を信じてはならぬ」

「……でも、なぜ僕には尻尾がないのですか? なぜ兄さまたちのような羽が生えないのですか?」

 エリックの両目からぽろぽろと涙がこぼれる。

「心配せずとも成長すれば生えるさ」「そのうち生えてくるよ、ババーンって!」

 次男と三男もかわるがわる慰めの言葉をかける。


「……はい。その日が来るのが待ち遠しくて仕方がありません」

 ようやくエリックが微笑んだので、三匹はほっとした。





 ドラゴンたちは相談し、交替で森を見張ることにした。

 そして人間が近付くと地面を踏み鳴らしたり炎を吐いて脅かすのだった。


「ごめんね~。しばらくここは通行止めで~す!」

「うわぁ、逃げろぉ!」


 効果は抜群で、人間たちは一目散に逃げていった。

 これでしばらくは安泰だと思われた。

 しかし、そうはならなかった。波乱はすぐに訪れた。


「兄さん、森に人間がいっぱい来てる!」

「人間? おおかたゴブリン討伐であろう」

「いや、あの装備と人数はおそらくドラゴン退治だ」


 長男は鼻で笑った。人間など、どれほど来ても恐れるに足りない。

 だが、ふと末っ子の姿が見えないことに気付いた。


「エリックは出かけたのか?」

「うん、散歩に行くって」

「どこへ?」

「わからない。一人になりたいって言ってたけど」


 三匹は青ざめた。

 もしエリックが討伐隊と遭遇したら、自分が人間であることに気付いてしまうかもしれない。

 いや、それよりも最悪なのは、討伐隊の目的がドラゴン退治だと知ったエリックが一人で彼らに立ち向かうことだ。その可能性は充分にある。

 なにしろ兄思いの優しい子なのだ。


 長男は素早く弟たちに指示を出す。

「お前たちはエリックを探せ。私は人間を足止めする」

「わかった」「まかせて!」

 互いに頷き合い、ドラゴンたちは散り散りに別れた。

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