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合法ロリと非合法お兄さん

 梅里天音(ウメザトアマネ)は28歳会社員にして合法ロリである。

 学生時代はその外見で損をし、社会人になった今でもまともな恋愛を経験したことがない。化粧と眼鏡で大人っぽい雰囲気を出しているが成果はいまいち出ていない。

 職場ではマスコット扱いであり、告白してくるのはロリコンか小中学生。社外折衝に向かえばその容姿から舐められる。


 ある日の週末。

 雨に降られた天音は、替えの衣類を求めて親友のデザイナーの家へ。

 モデル用の服に着替えて帰宅途中、近道をしようとした彼女は半グレ集団に絡まれる。


 窮地に陥った彼女を救ってくれたのは、青山陸翔(アオヤマリクト)。どう見てもカタギっぽくない男性で……。

 その日から天音の日々は一転してしまう。


 天音を送迎しようとする陸翔。彼の許嫁を名乗る女性。襲い掛かる半グレ。天音の親友の様子もおかしくて……?


「私、結婚できる気がしません」


 洗濯機にスーツを放り込みながら、私は嘆きました。


 鏡に映る私の姿はどこからどう見てもローティーンの少女。

 萌え袖のプルオーバー、ハイウエストのショートパンツに、植物柄のニーハイです。少し大人びたテイストが入っているものの、容姿とのアンバランスなコケティッシュさが際立ちます。デザインした親友曰く『小悪魔系』ファッションだそうです。モデルをした際のカメラマンは「見事なメスガキですね!」と叫んでいたのを思い出しました。


 週末の夜。仕事帰りだった私は、通り雨に降られて、親友のアトリエに避難してきました。

 親友は服飾デザイナーなので、予備の服には困らないのですが……。私の容姿に合わせたデザインになるので、私の望む服装とはかけ離れているんですよね。


「アタシが貰ってあげてもいいけれど?」

 洗面台で落ち込んでいた私に、ドア越しからの声が届きました。


「その姿じゃ私どころか、誰にも本気にされないですよ?」

 ガラガラと引き戸を開けながら、私は声の主に答えます。いつ見ても、親友は美人です。長身痩躯でモヒカンヘアー。黒と緑の入り混じった髪が独特の雰囲気を出しています。濃い目のメイクは私には真似できなくて羨ましかったりします。


「そうかしら? 男の子も女の子もアタシの姿でコロリと騙されるけれどね」

 そう言って丁寧な仕草で、私に缶ビールを手渡してくれます。一挙一動が綺麗で、とても男性とは思えません。

 学生時代、低身長ロリの私と高身長で中性的なレイ君は、対照的なコンプレックスを抱えるもの同士として共感めいた友情を結んでました。

 互いに恋愛的な意識がなかったことは幸運だったのかもしれません。


「刺されないでくださいね?」

「大丈夫よ、ホンキの恋愛はお断りしているから」


 受け取ったビールをカシュッと開けて、私は中身を呷ります。

 

「お酒と服、渡しておいてなんだけど。その恰好で飲んでるのは、その……ダメな感じよね」


 マジマジと私を見つめながら、レイ君がそんなことを言いました。


「化粧と眼鏡とスーツじゃないと、コンビニどころかスーパーですら年齢確認されますよ?」

「ふふ、化粧と衣服は女の鎧よ。アタシたちの剥き出しの心を隠してくれるわ」


 お互いに外見によるメリットよりもデメリットを享受してきた身としての過去を思い出したのでしょうか、レイ君は寂しげに笑いました。


「化粧と眼鏡をしても大人の女にはなれなかったんですよ。それに、女装辞めたらイケメンのレイ君には言われたくないのです」

 私は不満げに口をすぼめて、冷蔵庫から2本目のビールを取り出します。


「あー、できれば素顔の私を、ありのままの私を愛してくれる人がいいんですよぉ」


 この歳でロリコンの変態さんとか、小学生とか中学生の男の子に告白されるのは辛いんです。


「ありのままだと今の姿よ?」

「言わないでください……」


 ありのまま――すなわちロリであると自爆した私はテーブルに突っ伏しました。


「どーせ、私はただの合法ロリ女ですよー……」


 その後もグダグダと管を巻いていた私に対して、レイ君は非情に告げました。


「明日は休みでしょう? 服、アイロンまでかけとくから遅くなる前に帰りなさいな」

「この格好で帰れと言うんですか!」

 ガバっと顔を起こした私は悲鳴を上げました。絶対、警察に勘違いされて補導されます!

 もしくは、ロリコンさんに「いくら?」と聞かれます!


「別に昔から対応は慣れてるでしょ?」


 私の親友は優しいんですけど、甘くはないんです。







 拝啓。少女だった頃の私へ。


 白馬の王子さまは私を迎えに来てくれませんでした。だけど、私は今、黒服のお兄さんに横抱きにされてます。


 ついでに――。


「待てやオラァ!」


 どうみてもガラの悪い人たちにも追われています。

 私がいけなかったんです。レイ君の所から帰るのにめんどくさくなって、歓楽街の裏路地を通ろうとしたから。お酒で少し気が大きくなっていたのかもしれません。


 後ろから追っ掛けてくる怖い人たちに声をかけられ、困っていたところをどうにかしてくれたのがこの人。

 真っ黒いスーツに広い肩幅。刈り上げた短髪に鋭い目つきの強面。

 私と彼らの間に立って、何か話をしていたようでしたが、決裂したみたいです。ケンカになりそうだったので、私は警察を呼ぼうか悩んでいると、彼は私を抱えて逃げ出しました。


 小柄な私をまるで荷物のようにして、追いかけてくる人たちよりもわずかに早い速度で駆け抜けていきます。酔っ払いや居酒屋の客引きを軽快に避けながらなので、気分は荒れ狂うジェットコースターみたいな感じです。


「どこへ行くんです!?」


 混乱と恐怖から心臓はバクバクと言っていますが、私は彼に話しかけます。なんというか、状況に気持ちが追いついていません。


 人通りの多いメインストリートには向かわず、どちらかといえば薄暗い方へ行っている気がします。

目に映る案内板はラブホテルとか、風俗のお店とか……。

 もしかしたら、この人もグルでこのまま私は売られてしまうのでしょうか。今さら、そんなことに思い至るものの、抵抗したり叫んだりするのも危険な気がして、大人しくしています。


「セーフハウス」

 私の質問に答えてくれたみたいです。泥の中に沈みこむような低い声。


「?」

 彼の腕の中で首を傾げます。彼は身じろぎした私の様子をチラリと見てくれました。無表情というか気難しそうな彼の顔からは表情が読み取れません。


「行けばわかる」

 言葉少なく返した彼はそれっきり口を閉じてしまいました。

 ホテル街を抜けて、桃色のネオン灯で『充足ビル』と書かれた建物の外部階段を駆け上がっていきます。


 カン、カッ、カン。テンポよく鉄骨の音が響きます。


「ゆ、揺れが」

 さすがに体が上下に揺さぶられます。うう、気持ち悪いです。


「我慢して」

 階段の踊り場を三回ほど経由した後、非常口を彼は開けて内部へと入りました。

 ゴミ一つない絨毯、きらびやかな照明。ガラス張りの扉の横には、蝶ネクタイをしたどこか胡散臭そうな中年男性が待機しています。

 その男性は、私たちに対して丁寧なお辞儀をしていました。


 これって……中で自由恋愛しちゃうお店ですよね。


 私がそちらに目を奪われていると、彼は通路の先を指さしました。


「こっち」


 『STAFF ONLY』と書かれた白い扉。彼はそこを躊躇いなく開け入りました。

 部屋の中は殺風景な事務所と言った雰囲気でした。

 茶色く変色した壁紙に、年期の入ったエアコン。黒張りのソファはとりあえず用意しました感に溢れています。

 彼は息を大きく吐くと私を降ろしてくれました。

 

「災難だったね」

「えっと、ありがとうございます?」

 彼は私から目を離し、スマートフォンを取り出して連絡をしています。

 悪い人ではないのでしょうか? 顔は怖いんですけど、雰囲気は柔らかくなっています。

 彼に促されるまま、私はソファに座ります。向きあうと緊張するんですけど。何を言われるんだろう、と私はハラハラしていました。


「彼らはコキュートスっていう半グレ。あのままだと沈められてた」

「沈む……?」

 コキュートス? 半グレ? 沈む?

 えっと、東京湾とかに魚の餌になっちゃうんでしょうか。それは嫌です。


「裏風俗。ぼったくり。本番アリ」

 言葉の意味が分かっていない私に対して彼は言葉少なく告げました。


「ひぇ……」

 思わず声が裏返りました。つまり、そのアレですよね……。

 起こったかもしれない未来に私は自分の無防備さとか軽率さを反省します。


「多分、子供が遊んでいると思われたから声をかけたんだと思う。もう少し大人しい恰好をしたほうがいい」

 違うんです。大人なんです。伊達眼鏡くらいしておけばよかった。


「そうですね。思慮に欠けてました」

 しょんぼりとする私に、彼は慰めるようにぎこちない笑みを浮かべます。表情を動かすのが苦手なのかもしれません。


「責めてるわけじゃない。でも、助けられてよかった」

 そう言ってくれた彼の端末にメッセージが入ったようです。何か良くない知らせでしょうか、露骨に彼の顔がゆがみます。


「ごめん、ヤツらに目を付けられた。明日からしばらく迎えに行く。学校は?」

「あの、えっと……。会社員なんです」

 私は申し訳ない気分になって、財布から名刺を取り出します。恥ずかしいけど生年月日も記載しているのを渡しました。じゃないと、信じてもらえないでしょうから。


梅里天音(ウメザトアマネ)、さん。年上……」

「え?」

 私と同世代くらいにしか見えない彼の言葉に驚きます。もしかして20代前半だったりするんでしょうか?

 彼はためらいがちにスーツの裏ポケットから何かを取り出しました。

 名刺……じゃないですね。それは学生証でした。


青山陸翔(アオヤマリクト)。高1です」

 高校1年生! 嘘ですよね!?

 驚いた顔をした私に向かって、敬語に直したリクト君は背筋を正して言葉を続けました。


六道(リクドウ)会直系道明(ドウミョウ)組傘下、青山組元組長、青山樹の息子、です。ご迷惑かもしれませんが、しばらくはお迎えに上がります」

 そう言って、彼は私に深々と頭を下げました。



 ど、どうしましょう……。




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