解説篇 裏庭にて
解説篇 裏庭にて
「ベルムントさんはいわゆる『偽の主人公』だったんですよ」
翌日——屋敷の裏庭。
祖父の代から置いてあるベンチに腰掛けながら、ベルがどうやってあの密室を作り上げたのかとハンスに訊いたら、そんな答えが返ってきた。ちなみにハンスは昼間から果実酒をかっくらっている。コップは使わず、ボトルからの直飲みだ。ごくごくと豪快に飲んでいた。今日中に空けてしまうつもりらしい。
「ええと『偽の主人公』というのは、多かれ少なかれ、物語上で主人公に成り代わって何らかの褒賞を得ようと画策する連中のことでして。たとえば『灰猫』……シンデレラ系列の類話で言えば意地悪な姉たちがこれにあたります。『花咲爺』やら『ホレおばさん』なんかにも同様の存在は登場して、こちらは主人公が得るはずの褒美を横取りするのではなく、自身も同様の褒美を得ようとして失敗してますね」
「ベルが偽の主人公だってのはわかったよ。でもそれって動機の話でしょう? どうやってベルがあんな不可能犯罪を成し遂げたのかを教えて欲しいんだけど」
「『偽の主人公』の話は密室トリックのスペシャルヒントでもあるんすよ。んーと、あとはそうっすね、あれを見てください」
ベルはきょろきょろと庭の空を見渡した後、ある一点を指差す。見ると、遥か上空、豆粒のように小さな影が蠢いていた。影は私の視線に気づいたのか、それともただの偶然か、みるみる大きくなっていき、ついには巨大な竜の姿を現して裏庭に着地する。
タシューギの聖獣は私の眼前でど派手な咆哮をあげた。
「せ、聖獣……」
「ええ聖獣っす」
ハンスはこくんと頭を頷かせた。
「もうわかりますよね。問い:犯人はどうやって聖獣を殺したか?」
「……殺していない、のか」
もはや考えるまでもなく明白だった。
「竜退治の物語において、偽の主人公は姫と結婚するために竜を殺したふりをするんです」
それを聞いて、何かがバチリと噛み合う感覚があった。
そうか——殺さなくていいんだ。
ベルの目的は私との結婚で、そのためには私を生かしたまま、私に知られないように私を妨害する必要があった。つまりベルにとって「聖獣の殺害」とは、必ずしも達成すべき目的ではない。
聖獣は殺されていない。殺されたように見せかけられていただけだった。
どうやって殺したか、いくら考えても答えが出ないわけだ。
「つまり、お嬢の見た聖獣の死体は偽物だったってことっすね」
「偽物って……でも、そうか……」
聖獣の死体は炎剣で斬られていて、その大部分が灰になっていた。唯一形を残していた頭部にしたって、ベルが炎剣を抜いた途端灰になってしまっている。
「炎剣で聖獣を殺したのって、死体から肝を取れないようにするためだと思ってたけど、偽の死体だとわからないようにするためでもあったんだね……」
「ちなみに、偽の死体として使われたのは礼拝堂にある聖獣の石像でした。あそこで強盗殺人があったらしいんすけど、それの犯人もベルムントさんですね。礼拝堂の物をぶっ壊しつつカモフラージュで盗みやら殺人やら犯しつつ、聖獣の石像の首の部分を現場から持ち去ったっぽいっす。石像が粉々に砕かれていたことからの推測なんで、証拠はありませんけど」
「え、ってことは、ベルはあの日こっそり地上に戻ってたの?」
「ベルムントさんどころか、皆さん全員地上に戻っていますよ。ベルムントさんの『逃げ出しの魔法』によってね」
ハンスにとってはわかりきった話かもしれないが、私にとっては衝撃の事実だ。「地上に?」戻っている? 私たち全員が?
「密室は地上付近に作られてたってことだろ」
私の疑問を取っ払う一言は背後からかけられた。そちらを振り向く。勝ち気な笑みを浮かべた盗賊と、白頭巾の僧侶が裏庭に降りてくるのが見えた。
ヒルダとカレン。私とともに地下迷宮に潜ったメンバーだ——うち一人は、無断でくっついてきた迷惑なやつだけど。
「アタシらは寝てるあいだに場所を移動させられたんだよ。あのクソ野郎にさ」
そう言うと、ヒルダはがっと私の肩に手を置いてなだれかかってくる。バランスを取り損ねて体勢を崩しながら「なに、なに」と訊くと、ヒルダは猫撫で声になって報酬をねだってきた。
「そろそろご褒美くれよなぁ、令嬢さまぁ。アタシぁ相当頑張ったんだから、ねぇ?」
「貴方は大して頑張ってないでしょう」ベンチの横に立つカレンがすました顔で言う。「は? 頑張ったんだが? お前と庭師連れて地上まで上がったんだが?」「それだけじゃないですか。貴方は道中一度として矢面に立たなかった」「立つわけねーだろハゲ。アタシ魔法使いよ? 後ろから援護が基本だろうが。お前みてーな肌色頭部装甲なんか備わってないんですぅ。こちとらふっさふさなんですぅ」「援護された覚えもありません」「あっは、お若いのに痴呆ですか可哀想に」「……荒事が怖すぎて後ろにさがりすぎた結果私たちを見失って『お前らどこだよォ〜!? 置いてくなよォ〜!?」と半泣きで地下迷宮をうろつく貴方の姿なら、バッチリ覚えていますが」「ばっ、馬鹿言ってんじゃねーよ! バーカ!」
喧嘩する二人も気になるところだが、それよりも密室の謎への興味が勝った。私は再びハンスの方を向く。
「あの場所は最深部じゃなかったってこと?」
「その通りっす」
ハンスは頷いた。
「密室自体は『逃げ出しの魔法』を使えば作成可能っす。しかしあの中で唯一『逃げ出しの魔法』を使えるとされていたヒルダさんは、当初犯行不可能であると思われていました。なぜかっつーと、『逃げ出しの魔法』を使ってしまうとどうしても地上に出てしまわざるを得ないからっす。一度地上に出てしまうと、最深部まで戻るのにはどうしても一日以上かかっちゃうって話でしたよね。皆さんが目覚める時までに最深部に戻る手段が無いということは、あの場で一緒に目覚めたヒルダさんには犯行不可能——って理屈でした。ですがまあ単純な話、密室が最深部ではなく地上付近のどっか適当な大部屋に作られていたとするんなら、一緒に目覚めた中に犯人がいても全然不思議じゃないんすよねえ。
犯人は皆さんが寝静まったのを待ち——あるいは薬か魔法でその眠りを深くして——逃げ出しの魔法を使って皆さん全員と一緒に地上に戻りました。礼拝堂を襲って偽の聖獣の頭をゲットし、体部分の灰は、その辺に生えてる木でも炎剣で斬り飛ばすとかなんかして調達。諸々の道具と眠る皆さんを地下迷宮の適当な大部屋の前まで運び、部屋の中に入って内側から密室を作ります。逃げ出しの魔法をもう一度使って地上に脱出したら、またその部屋の前まで移動して、鳴子と壁の魔法を張り、皆さんの位置を微調整したら自分も寝てしまう、と。まあ大まかにはそんな感じでしょう」
地下迷宮内には似たような構造の通路や行き止まりの大部屋がいくつもある。最深部の部屋にしたところで、他の部屋と見分けがつくような特徴は、私の見る限りなかったと思う。
帰りはヒルダの魔法で地上に戻ったから、それでトリックが露呈することもない。
私たちが寝ていたのは半日ほど。あれくらいあれば、諸々の準備も可能だったろう。
「いやでも、地下迷宮は入り直すたびに構造が変わるって——あ、でもそうか上層か」
「はい。それは中層以下の話であって、上層部分は変形しないとお嬢の説明にもありました。そうでないと、入ってすぐのところとはいえ、迷宮内部に設置されているらしい礼拝堂がぐちゃぐちゃになりますからね」
「なるほど。あ、じゃあデフさんがいないのって……」
「口封じのために殺されたんでしょうね。迷宮探索を長年している彼だけは最深部に着いた時、そこが最深部だとわかっていたようですし、変わり映えのない迷宮の大部屋の差異を読み取れる可能性が十分にありました。それに加えて彼は現地人です。皆さんが去った後、もう一度地下迷宮にもぐられてしまったりすると、一発でトリックがばれますから」
「そうか……」
「複数人を一度に脱出させられるだけの逃げ出しの魔法を使えれば密室は作れます」とハンスは言う。そうだ、ベルムントは一度に五人まで連れて逃げ出しの魔法を使える。これを言うと私の魔法使いとしての立場がさらに霞むから、言いたくかったのだけれど。
「ですのでヒルダさんにもこのトリックを使うことができたはずですが、動機の面から考えるとなさそうっすね」
「当然だろ。アタシは聖獣の宝に用があったんだ。なんでわざわざ殺したふりなんかしなきゃいけないんだよ」カレンに食ってかかって取り押さえられていたヒルダが言う。
「おっしゃる通りっす。仮にその供述が嘘だとしてもヒルダさんが犯人である可能性は薄いです。当時のヒルダさんの立場ってめちゃめちゃ強いんすよね。なんせお嬢たち皆さん全員の命を握ってるわけっすから、大抵の要求なら通ります。お嬢の妨害なんかをヒルダさんが企ててたんだとしても、こんなまわりくどい方法をとる必要なんかなかったはずっすね。ヒルダさんに『聖獣の肝は持ち帰るな。炎剣で燃やせ』とか言われたら、当時のお嬢たちは従う他なかったでしょうし。恨みを買いたくなかったんだとしても、変装するか、最悪仮面でもつけて現れれば問題ありません」
「そうだね」
私はうなずく。
かといって、私とカレンとデフさんには逃げ出しの魔法は使えなかった。それは確認しているから間違いない。となると残りはただ一人。
ベルは当初、魔法の印を地上に残していないと言っていた——けど、それは証明されていない。
もしベルがこっそり地上のどこかに魔法の印を残していたのだとすれば。
「ベルには、密室を作るのにぴったりの理由と機会があった……」
「まさに、彼のために用意されたトリックって感じっす。お嬢に気づかれず、お嬢を殺さず、聖獣が死んだとお嬢に錯覚させる唯一の方法が彼には使えました。デフさんから地下迷宮の説明を受けている時に思いついたんでしょう。地上にいる間のどこかのタイミングで隙を見て魔法の印を刻めば準備完了……こっそり記したからヒルダさんにも消されずに済んだと。いやぁ最初は謎だらけで困惑しましたが、蓋を開けてみれば単純な階層誤認のトリックでしたね。どこか一つに気づいてしまえば連鎖的に全てわかっちゃうやつです」
ハンスはまたぐいっとボトルをあおる。
「なんにせよ、式に間に合ってよかったですよ。ぎりぎりでしたが」
屋敷を出た後、ハンスはタシューギの地下迷宮に挑戦していたのだという。
カレンとヒルダに協力してもらい、ただひたすら迷宮最深部を目指した。
聖獣を連れ帰るために。
生きた聖獣が目の前に現れてしまえば、ベルの企みは失敗する。仮にハンスの推理に間違いがあり、ベルが無実を証明したとしても、兄貴は眠りから覚める。「ベルさんは犯人でもなんでもなかったって展開だったらさらに美味しかったんすけどね」とは昨日のハンスの言葉だ。実際のところ、ベルは自身の犯行を認めてしまったので、そんな都合の良い話にはならなかったけど。
「じゃあな、ミリィ」と言って、広場の壇上、ベルは自分で起こした炎の中に消えた。
後に残ったのは炎剣のみ。灰が溜まっているかとも思ったけど、そこには炎剣以外何もなかった。炎の裏側からこっそり逃げ出したのか、何らかの移動魔法を使ったのか、灰も残さず燃え尽きたのかはわからないけど、とにかくベルは私の前から姿を消した。
最後に見た彼の表情は笑っていたけど、その眼はこれまで一度も見たことのない暗さと冷たさを湛えていた。
その光景が脳裏をよぎって、一瞬ずきりと胸が痛む——けど、顔には出さない。
「ありがとうね、ハンス」
笑って感謝を述べる。
「カレンさんとヒルダさんのおかげですよ。俺はちょっとした謎を解いただけなんで」
「そんなことないよ。ハンスがいなかったら兄貴はずっと眠ったままだった」
聖獣を連れてきたのはハンスだ。
それは間違いない。
ちなみに言うと、記録には聖獣の肝が気付け薬の素になるとあったのに、ハンスは聖獣の羽毛から薬を調合した。聖獣——竜という存在そのものが治癒や再生、豊穣の概念と結びついているから、薬をつくる時にしたって必ずしも肝という部位にこだわらなくても良いのだとかなんとか、ハンスが蕩々と説明してくれたのだけど、よくわからなかった。まあとにかくハンスは聖獣の体の一部から薬を作り、それによって兄貴は眠りから覚めた。昨夜のことだ。
「んお、朝か?」
ぶっちぎりで場違いな第一声をあげた兄貴が、目を擦りながら自分のベッドを囲む私たちを見渡した時、長旅からようやく家に帰ってきたような安堵感に襲われた。永いこと宙ぶらりんだったけど、とうとう地に足が着いたというか。いや、ベルが犯人だったことの心の整理なんかはまだ全然ついてないんだけど、その時確かに物語が一つ終わった感覚があった。
ちなみに兄貴はその後窓から部屋を覗く聖獣を見て、絶叫するかと思いきや「なんだ、まだ夢ん中か……」と呟きつつ二度寝をかました。やっぱ兄貴には敵わないと思った。
「全体の説明は終わりましたけど、なんか質問あります?」
隣に座るハンスが言う。私はずっと気になっていたことを訊いた。
「なんでこんなに頑張ってくれたの?」
カレンとヒルダが喧嘩をやめてこちらを向くのが気配でわかった。聖獣までもが空飛ぶ鳥から注意を移して私を見る。ドクドクと心臓の鼓動がみるみる早く大きくなっていく。
地下迷宮に挑むのは命懸けだ。
私は運が良かった。ベルとデフさんという、王国中でも指折り(多分)の実力者二人が探索についてきてくれたのだから。ハンスに説明した時はさも楽だったかのように言ったけど、死にかけた場面は何度もあった。そんな危険な場所に、ただの庭師でしかないハンスが挑む理由はなんだったのだろう?
カレンとヒルダが助力をしてくれていたとはいえ、ハンスたちが迷宮最深部に辿り着けたのはクラクの街を出てから三ヶ月後だ。何度となく失敗し、撤退したのだということは想像に難くない。それでも彼は迷宮に挑戦し続けた。
「正直、自分の推理に自信がなかったんすよ」
ハンスは言う。
「ベルムントさんの動機は……その、理屈は通っていても、少なからず衝撃的で、一概には信じられないようなものじゃないすか。皆さんの理解を得られるかも不安でしたし、俺自身、タシューギに着くまでは半信半疑でした。『あの人はそんなことしない』って否定されて、最悪俺が首を吊られるかもしれないなあとかも考えるとめっちゃ怖くなったんで、生きた証拠を連れてくるしかないと思ったんです」
ハンスの答えは、私の期待したそれとは少し焦点がずれていた。「これで大丈夫っすか?」と彼に顔を覗き込まれ、「ああええと、なんで私や兄貴のためにこんなに頑張ってくれたのかなって……」とどうにか呟く。
「そりゃこの家には三年もお世話んなりましたから。若旦那やお嬢が大ピンチになっているのに、何もしないでいる方が無理っすよ」
ハンスは何を言っているんだというようなきょとんとした顔で言った。
「そ、そうなんだ……本当ありがとう……よくわかったよ」
カレンがため息を吐いた気配がした。
「他には何かありますか?」
「ん? え、いや……うん。大丈夫。ありがとう」
「はーいハンスせんせー。質問がありまーす」
声がした方を振り向く。あからさまお行儀よく右手を挙げていたのはヒルダだった。あいつのにやにや顔を見た瞬間、悪い予感が確信へと変わる。待て、待て、もうなんかわかったから。わかっちゃったから。わざわざ突っ込んで訊くことないから。「せんせーってぇ、もしかしてぇ、こいつのことぉ——」「うわーっ! わああああああっ! やめろ馬鹿っ! やめろ!」「こいつ好きじゃないんですかぁ~!?」「あーっ! あーっ! やめろよ馬鹿ぁああああ!」
ハンスはちょっと驚いた顔になっている。ちょっと顔が赤いのは多分お酒を飲んでるからもともとだ。ヒルダだけじゃなくてカレンまでニヤニヤ笑いながらこっちを見てた。こんなことならそもそもあんな質問するんじゃなかったと後悔するけど、でもやっぱり気になるものは気になるだろ仕方ないじゃんか畜生! あ、ハンスの口が動く。やけにスローモーション。待て待てまだ心の準備ができてないから! 唇の動きがびっくりするくらいゆっくり見える。「——す・み・ま・せ・ん・が——」うわあああああなんだなんだなんなんだよ! 何で連日振られなきゃいけないんだよォ! 別にハンスに恋とかしたわけじゃないのにさあ! 「——じ・つ・は、く・に・に・つ・ま・が・い・ま・し・て——」端っから脈無いし! 他人の男じゃねーか!
「なんだつまんねーの。あんたがこいつと結婚すりゃ収まりがよかったのにさ」
「本当すみません……けどまあ、あれっすよ。お嬢は気立ても良いですし、活動的ですし、可愛らしいですし……好い人はすぐ見つかりますって」
「う、うん……ありがとう」曖昧に笑って流す。何言っても惨めなのは変わらないと分かっているので、早く次の話題に移ってもらいたいと願っていると、「ということはハンス、あなたは出稼ぎでこの街に来たのですか?」ってカレンがハンスに質問をぶつけてくれた。
「やー、どっちかっつーと迷子みたいなもんでして。帰る方法がなくて難儀してたんすけど、今回ようやく見つけたんですよ」
ハンスはボトルを思いっきり傾けて、最後の一滴まで酒を飲み干すと、ベンチから立ち上がった。一度ぐぐっと伸びて、そのあと空になったボトルをベンチの下に置こうとする。
「あ、ここにはもう置いちゃ駄目か」
「いや、置いといて——」咄嗟に言葉が出た。「——あとで片付けるから」
「え、そうすか? じゃあまあ、お願いします」
ちょっと不思議そうな顔をしながらそう言ったハンスは、置いてしまったボトルを、言いつけ通りそのままにしてくれた。そして聖獣のいる方に歩き出す。
「もう行くの?」
ハンスの背中に訊いた。彼はこちらを向いて「はい。これ以上聖獣さんをお待たせしてしまうのも悪いんで」と笑って言う。聖獣の方を見ると、彼女は羽を広げて準備運動をするように地上で羽ばたかせた。
「おいおい、聖獣サマに送ってもらわねえと帰れねえのかよ。お前ん家は空の上にでもあんのか?」
ヒルダが冗談を飛ばすと、聖獣の背中に跨ったハンスはハハハと笑う。そういえば結局ハンスの出身がどこか知らないままだ。貴方は何者なの? そう尋ねたけれど、聖獣の羽ばたきにかき消される。
「ではまた、縁があったらお会いしましょう」
ばさりばさりと羽が動かされ、巨大な怪物が宙に浮いた。裏庭の樹木がさあああと唸り、葉や花びらが舞い散る。聖獣は旋回しながら上昇し、だんだんとその姿を小さくしていって、やがて青い空の彼方に消えた。