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17 手掛かりと敵対者

間が空いたので連続投稿その1


(…………あれ?)


第2診察室へ入るべくドアノブを回して扉を開けようとした操。


それなりの覚悟をした上での行動は、あっさりと阻止されてしまった。


「……鍵掛かってる……」


緊急時ゆえか、診察室の扉はしっかりと施錠がされていた。


部屋の主のセキュリティ意識の高さが伺える。


しかし、自分なりに決意した上で、思いっきり出鼻を挫かれた操は、頭に来てしまっていた。


……握ったままのドアノブに、思わず()()()力が入ってしまう程度には。



ごきっ



「あっ」


金属製の何かが折れたりしたような音がして、実際にドアノブが木製の扉の一部ごともぎ取られ、操の手の中にあった。


「や、やっちゃった……どうしよう」


力加減を間違えて扉を破壊してしまい慌てる操だが、思わず周囲をキョロキョロと見回してから息を吐いた。


「だ、誰も見てないし、緊急時だから、大丈夫だよね……?」


誰に対しての言い訳かは不明だが、そんな事を呟く操。


次いで、今自分が破壊してしまった扉の状態を恐る恐る確認する。


「……変な風に力が入ったせいで、根元の部分も鍵ごと取れ掛かってる……」


ねじる様にドアノブが取れて(取って)しまった為か、鍵のロック部分が露出して取れ掛かっていた。


試しに扉を押したり引いたりしてみるが、やはり開かない。


だが、しっかり鍵が掛かっていた先程と比べると、ガタガタと少しだけ動かす事が出来、もう少しで開けられそうな様子だ。


「う、うーん……もう少しで開きそう……? ここまで来たら、無理やり何とか出来ないかな?」


図らずも力技で鍵をこじ開けるような形になってしまった以上、体裁を取り繕う事もない。


そう開き直った操は、さらなる破壊による障害の排除を考えた。


所謂『脳筋』的な考え方だが、実際それが最も簡単なのも確かだった。


「このまま素手で壊すのは……ちょっと難しいかな」


扉の状態は、素手で露出した鍵部分をどうにかするには、少々難しい破損具合のようだ。


その為、操は腕から細い蔦を生やし、扉の破損した部分から蔦の先端を差し入れた。


(なるべく細い蔦を中に入れて……鍵全体に絡み付かせるように……)


そして、蔦を鍵の仕掛け部分まで伸ばし、鍵の内部に蔦を伝わせて行き、扉と壁を固定するロック部分に到達させると……。



蔦全体を意識しつつ、全力で鍵部分を捻じった。



べきばきごりっ



ドアノブをもぎ取ってしまった時よりも破壊的な音が響き、思わず操も身を竦める。


扉の破損した部分に差し込んだ蔦からは、壊れた金属製の「何か」の感触が伝わって来ている。


恐る恐る扉を少し押してみると……軋んだ音を僅かに立てながら、扉がゆっくりと開いた。




こじ開けた扉を押し開けて室内へ足を踏み入れる。


当然警戒は怠っていないが、狭い室内では『荊の鞭』は扱い難い。


その為操は、即座に接近戦になっても対応出来るように、右手で銃を構えつつ、左手はフリーの状態にして室内に進入して行った。


この状態なら左右どちらから敵が表れても、右側は銃、左側は『棘』で即座に反撃する事が可能だ。


とはいえ、『棘』は刺突による攻撃である為、今までの使い方としては、密着する程の至近距離でのカウンターが殆どであり、厳密には接近戦向きではない。


一応、金属にも匹敵すると思われる強度がある為、打撃にも使用出来るとは思うが、タフな怪物相手にはあまり効果的ではないだろう。


また、先程発現した『装甲』を纏った上での格闘攻撃も、至近距離での戦闘に慣れていない操ではリスクが高い。


先程と同様の状況に陥る可能性は排除し切れない為、出来る限り避けるべきだろう。




そのように自身の接近戦闘能力の対応力の低さを頭の片隅で考えつつ、室内の様子を伺って行く操。


第2診察室の内部は明かりが点いたままだった。


内装は第3診察室と似たような物だが、こちらは窓が無い為、どこか息苦しいような雰囲気を覚える。


見えている範囲にあるのは、診察に使用する診察台や、患者から聞き取った内容を記録したりするのに使うPCが置かれた机。


更に、部屋の右手奥には入り口側からは見え難いが、カーテンが引かれた一角があり、どうやら簡易的なベッドが設置されているようだ。


そして正面奥の壁には、様々な学術書等が納められたスチールラック、治療に使われる薬品等が入っていると思われる金属製の棚や、冷蔵庫らしき物があった。


その光景は総合病院の診察室というよりは、個人経営の診療所のような、清潔さは保ちつつもやや雑然とした気配の漂う物だった。


(…………間違いない。 夢であの医者と話していた部屋だ)


やや散らかった印象のある机の上を見て、操はそう確信する。


夢で見た光景では机の前に医者が座り、操は診察台の前に置かれた椅子に座っていた。


現状、室内には誰もおらず当てが外れたとも言えるが、何かしらの手掛かりは隠れているかもしれない。


まず、操は机の周辺を調べてみる事にした。


夢の中の会話でもそうだったが、恐らく操を診察していたのであろう医者は、PCを時折操作していた。


その為、PCに何かしらの情報が残っている可能性は高い、と操は考えた。


と、そこまで考えPCを調べようとして……既に電源が入っている事に気が付く。


(……電源が点けっぱなし? ……まさか、直前まで誰かがいた?)


そう思い至ったと同時に、操は自身の見落としに気が付いた。


(……ベッドのカーテンが引かれているのはどうして?)


一気に嫌な予感に支配される。


この第2診察室は上下虐のL字型のような形をしていて、入り口側から見て右奥、角を曲がった所にベッドがある。


入り口側から見え難い位置にあり、診察室内にある簡易ベッドなので普段は使用していないのだろうと推測する事が出来た。


しかし、カーテンが引かれているという事は、誰かが使用している場合に他ならない。


そして、病院全体が異常事態に見舞われている今の状況で、明かりが点いた部屋、尚且つPCを使用していた形跡がある、とすれば……。


(誰かが……ううん、()()が隠れていても不思議じゃない)


動く物の気配は今の所感じない。


しかし、仮に怪物が隠れているとしても、元が死体である彼らがそこにいたとしても、認識出来るかどうかは怪しいだろう。




操は先程と同じように銃を構えつつ、慎重に簡易ベッドの方へと近づいて行く。


今一度よく見てみると、ベッドの周囲を覆っているカーテンは分厚い布製の物だった。


そのせいもあってか、カーテン内の様子は全く伺えない。


何が出て来ても良いように、緊張しつつカーテンに手を掛ける。


そして、一度深呼吸をした後……一気にカーテンを引いた。



「…………!!!」



そこには()()居なかった。


しかし、()()無かった訳でもなかった。


あったのは壁に飛び散った()()()と、簡易ベッドのマットレス部分にべっとりと付着した血の跡だった。


(これ……は……)


目の前の光景を呆然と見つめる操。


身も蓋もない言い方をするなら、血の跡やら血飛沫やらはここに来るまでの間に嫌という程見て来た。


しかし、目の前の光景は、これまで見て来た物とは違うと一目見て理解出来てしまった。


何故なら……。


(壁にあるのは……銃弾の跡? 何発も撃たれてる。 撃たれた後にベッドに倒れ込んだの?)


壁には銃痕と思われる幾つもの穴が空いていた。


壁に飛んだ血の跡からすると、かなりの回数を撃たれたようだ。


恐らく生きてはいない。


撃たれた人物はそのままベッドに倒れ込んだ為、マットレス部分に血が大量に付着したのだろう。


しかし、だとすれば疑問点がある。


(……死体は何処に行ったの?)


ここで誰かが何者かに銃撃されて死亡したとするなら、死体が無いのはおかしい。


確かに『青い花』の影響で、死後に死体が動き出す事がある今の状況では、死体が移動する事自体は考えられる。


だが、現在操のいる第2診察室は施錠されていた上、窓も無い奥まった位置にある部屋だ。


周辺に隠れられそうな場所は無いし、怪物がそんな真似をするとは……。


そこまで考えて、操は南棟の2階で天井から花人の奇襲を受けたのを思い出し、慌てて視線を上に向ける。


すると案の定、天井の一部が破壊され、大穴が空いている事に気が付いた。


幸いにもと言うべきか、そこには何もおらず壁から血の跡が続き、天井の隙間に入って行っているのみだった。


(これ……どう見ても『開花』してるよね)


ここで銃撃された誰かがいたとして、ベッドや壁の血飛沫はともかく、天井に続いている血の跡は人間が付けた物とは思えない。


更に、よく見てみると、壁の血の跡が付いた場所に、何かで引っ掻いたような傷が付いているのを発見した。


(爪痕……? でも、花人は爪なんて無かった筈……新種?)


病院内では花人が攻撃的な進化を遂げたような姿の、木人という新種の怪物が出現している。


アレ以外にも新種がいないとは言い切れないと操は考えていた。


しかし、例の医者……ジェイムズ・クロフォードが担当だったはずの診察室で、大量の血痕、更には『開花』した可能性を示す痕跡がある、という事は……。


(最悪のパターンを考えていた方が良い……かもね)


室内の状況を見る限り、部屋の主の生存は望めない確率が高まってしまったと言って良いだろう。


しかも、何者かに銃撃された結果、怪物化したようにも見える。


やはり、院内で行われている違法行為の関連だろうか?



簡易ベッド周辺を一通り調べ終わると、操は先程調べようとしたPCを再度調べてみる事にした。


(電源が点いているなら操作出来るかも……)


そう思っての事だったが、マウス操作をしようとして、ある事に気が付いた。


(あれ?動かない……って、何か表示が……パスワード入力?)


画面にはパスワードの入力を求めるメッセージが表示されていた。


どうやら、スリープ状態になると、解除にパスワードが必要になる設定になっているようだ。


(むう……病院の方は、セキュリティ意識低そうだったのに……)


クロフォード医師がPCに手がかりを残しているとは限らない。


しかし、町全体が危機的状況になっている中で、わざわざPCを使用した、とするなら……。


(調べる価値はある……から、何とか解除出来ないかな)


流石に精密機械に力ずくで、という訳にはいかない。


そして、当然と言えば当然だが、セキュリティを破るような技術は操には無い。


パスワードが分からなければPCにアクセスする事は難しいだろう。


(どっちにしろ、クロフォード医師を探さないといけないか)


現状、失った記憶の唯一の手掛かりであるクロフォード医師が生存している可能性は低い。


その上、診察室内の様子を見るに、恐らく『開花』して移動してしまっている。


全体的にきな臭さが漂うこの病院内で、人探しならぬ『怪物探し』に目的が変わってしまった。


このまま院内を探し続けるのはリスクが高いとは思うが、元より危険は承知の上だ。


とはいえ、病院の施設内でまだ探していない場所を虱潰しにするのは、流石に無理がある。


何か行動の指針になるような物は無いだろうか…………操がそう考えていた時だった。



「!? 誰!?」


背後に微かに気配を感じ、反射的に振り返った操の視界に、廊下を走り去る何者かの影が僅かに映った。


咄嗟に先程破壊した扉を開け廊下に飛び出すと、周囲をを確認する。


すると既に足音の主の姿は無かったが、東側にある上の階への階段の方からバタバタと足音が響いている事に気が付いた。


すぐさま操は銃を構えつつ廊下を駆け出し、足音の主の後を追う。


階段に響く足音から、2階に誰かが走って行ったのが分かった操は、迷わず階段を駆け上がった。


ようやく手掛かりを掴めるかもしれない、という思いからか、飛ぶように2階の廊下に出る手前まで到達した操。


しかし次の瞬間、頭の中に危険を知らせる警鐘が鳴り響いた。


「……っ!!」


階段から2階廊下へ飛び出す直前、操は咄嗟に身を捻りその場に伏せた。


その直後、けたたましい連続した発砲音と共に、階段周辺の壁や床にいくつもの銃弾の跡が穿たれた。



明らかにこちらへ向けての銃撃。


しかし、壁際に隠れつつ操は、冷静に姿を確認出来ない相手を分析していた。


(発砲音からして、サブマシンガン? でも、狙いがかなり雑…………プロではない?)


壁や床に撃ち込まれた弾痕と連続した発砲音から、操は相手の武器が警官隊等に採用されているサブマシンガンであると考えた。


その一方で、階段を上がって来る操の足音に気が付き反射的に発砲している事、その際に狙いがいい加減である事から、銃の扱いに不慣れな者ではないかとも当たりを付けた。


この病院に入ってくる際に、建物を守る為に展開していたと思われる警官隊の車両を見掛けている。


恐らくはそうした警官隊の隊員の持ち物を奪って使っているのではないだろうか?


(と、いう事は、この病院の関係者の可能性が大……だけど、友好的では無さそうだね)


操は診察室で気配を感じた際に、扉の外の人物に声を上げて呼び掛けている。


その上で逃走し、あまつさえ追って来た操に対して発砲して来たという事は、明らかにこちらが人間だと分かった上で敵対して来ているという事になる。


事によっては、クロフォード医師を銃撃した張本人である可能性すらある。


(接触するのは危険だとは思うけど……顔位は確認しておかないと)


この非常時になぜ人間同士で敵対しているのか、という疑問もあるが、この病院に未だに残って何をしているのかも気になる。


クロフォード医師を殺害した人物と同一人物なのであれば、彼の行方も知っているかもしれない。


操は身を隠している壁の下側から、慎重に片目だけを出して廊下の先を確認する。


最初の発砲以降、相手の反応は無い


こちらが顔を出すのを待ち構えているのでは、と考えて警戒したが、廊下の先の光景を見て納得した。


そこには、男が右手でこちらに銃を向けつつ、すぐ側の扉に付いた機械を震える手で操作する姿があった。


メガネを掛け、白衣を着た神経質そうな外見の、30代中頃くらいの男だ。


どうやら入ろうとしている部屋は、ナンバーロック式の鍵が付いているようで、男はそれを解除しようとしているらしい。


片手でこちらに銃を向けてはいるが、ロックを解除する事に気を取られ過ぎて、壁から顔を覗かせる操に気が付いていない。


今の内に荊の鞭を伸ばして銃を取り上げ、捕縛するべきか。


しかしその場合、目の前の男に操の体が異質な状態にあるという事を教える事になってしまう。


捕縛が上手く行ったとしても、いや、むしろ捕縛が上手く行った場合にこそ、操の情報を与える事はリスクが高い。


操が迷っていると、その内に男が扉のロックを解除し終えてしまった。


扉へ向いていた男の意識が再び廊下の先……つまり、操の方へ向き直る。


「く、くそっ!!」


(……やばっ!)


直後に響き渡る銃声。


片手で、しかも、壁際から顔を覗かせる操に動揺した状態で放たれた銃弾は、明後日の方向に飛び交う。


壁や床、果ては天井にまで放たれた銃弾は、時折火花を散らして跳弾ししつつ、着弾した場所に穴を穿った。


男がこちらに意識を向けた事に気付いた操は、すぐさま壁の向こうに顔を引っ込めた為、特に被害を受ける事なく済んだ。


しかし、下手な鉄砲も……と言うように、この状態で飛び出すのは危険極まりない為、身を隠すしかない。


結果的に男の行動は、操に対する牽制として機能し、操の行動を封じる形になった。


過剰な程にサブマシンガンを乱射しつつ、男はロックを解除した扉を開け室内に逃げ込むと、再度ロックを掛け直してしまう。


そんな男の行動を確認した操は、念の為警戒しつつ、隠れていた壁から出ると、弾痕が残る壁を見て溜息をついた。


(思った以上に敵対的ね……。 自分以外の人間は全部敵だと思ってる感じ)


操は病院内で行われていたと思われる、何らかの違法取引の情報を目にした時から、生存者がいたとしても友好的な相手とは限らないと考えてはいた。


しかし、流石に出合い頭に銃を乱射されるとは思っていなかった。


この異常事態故に錯乱しているのでは、とも一瞬考えたが、先程の男の様子を見るにその可能性は低そうだ。


(確かに怯えている雰囲気ではあったけど……パニックを起こすような人間が、この状況で生き残っているとは思えない)


怪物が徘徊する病院内に銃を片手に立て籠もり、命を繋いでいる時点で、それなりに危機回避能力のある人間であると言える。


今現在のように、施錠できる部屋に閉じ籠もるというのも、そうした対処の一つだろう。


しかし、当然操にとっては、あまり好ましい状況ではない。


クロフォード医師の生死を確かめるという意味でも、あの男から何とかして情報を聞き出さなければいけない。


(正面切って突入……はどう考えてもダメだよね)


恐らくやろうと思えば出来るであろう、最も単純な方法を考える操。


とはいえ、その方法を行った場合、室内にいる男に狙い撃ちにされてしまうだろう。


(そもそも、扉も頑丈そうな造りだし、不意を打って……っていうのは無理そう)


タイミングをずらして相手が油断した所で一気に突入する、というのは、扉の耐久力が高そうな事もあり難しそうだ。


あの男もそれが分かっているから、この部屋に立て籠もったのだろう。


(この部屋は……『中央管理室』?)


確か、一定以上の大きさの施設に存在する、エレベーターの管制システム等の電気系統の監視室……のような物だった気がする。


記憶喪失の影響かどうかは不明だが、その辺りの知識は曖昧だ。


(こういう部屋って、この規模の施設に必要なものなのかな……?)


この病院の裏の側面を知っていると、こういった部分も怪しく思えて来る。


事実、管理室の扉はナンバーロック式のカギが掛かっているだけではなく、扉自体も妙に頑丈そうな造りだ。


更に、小窓の一つも付いていない為、内部の様子も確認出来ない。


そして、そこまで考えて、操の視界にある物が写った。


(……? あれは…………。 カメラ?)



操が見つけたのは、天井に設置された、半球状のドームに覆われた小さな監視カメラだった。


どう見ても扉の前にいる操の方にカメラが向いており、稼働している事を示すランプが点灯している。


(……これ、中から見てるよね)


管理室内で手動操作が出来るのかは不明だが、カメラは確実に操の姿を捉えている。


特に何か変化があった訳ではないが、操はカメラ越しに陰湿な視線を感じ、顔を顰める。


とりあえず扉の前から離れ、階段の方へと移動する。


男を追いかけて来た為、周囲の部屋等に気を配っていなかったが、男が立て籠もっている中央管理室以外にもいくつかの部屋があった。


現在位置は北棟の2階。


操は念の為、物陰に隠れて病院の見取り図を取り出して、周辺の部屋を確認した。


(あの部屋が中央管理室で……他の部屋は倉庫と……)


地図を見つつ、実際の部屋の名称を確認して行く。


すると、一つの部屋が目に入った。


(……予備室?)


予備室とは、明確な使い道の無く余っている部屋の事だ。


何かしらの必要に迫られた際には、様々な用途に使用されるという意味では、多目的室とも言えるかもしれない。


しかし、普段は特に使用目的も無い空き部屋の筈だ。


にもかかわらず、扉に付いた曇りガラスからは、明かりが漏れている。


(この病院って電気点けっぱなしなの?)


そう疑問に思ったが、この病院が避難所になっていた事を思い出す。


避難して来た住民を匿った際に、明かりを点けたままにしたとすれば、あり得なくはない。


霧で日の光が遮られている今の状況では、夜間は見通しが悪い為、建物の明かりを絶やすのは非常に危険だ。


病院内の明かりの多くが点けっぱなしなのは、そういった理由からだと思われる。


─しかし。


(……やっぱり、鍵が掛かってる)


予備室には明かりが点いたままであり、更に鍵まで掛かっているという事は、室内に誰かがいる……あるいは「居た」という事だ。


どちらにせよ、今この部屋に入る理由は無い。


(管理室の隣の部屋とかだったら、聞き耳を立てて部屋の中の様子を伺ったり出来るかもしれないけど……)


一応、予備室は離れてはいるものの、男のいる中央管理室の並びにある部屋だ。


管理室との間には、特に用途の書いていない「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた明かりの点いていない部屋がある。


管理室ほどではないが、大きめの部屋のようで、扉は一つしか付いていない。


廊下の反対側は「事務室」、「スタッフルーム」等といった表示がされた部屋が並んでいるが、「事務室」は窓口と思われる場所にシャッターが下りている。


一応扉が開いているかを確認してみるが、こちらにも鍵が掛けられているようで、扉は開かなかった。


(どうしよう? このままだと本当に力任せにこじ開けるしか…………ん?)


どうにかして管理室内の男に接触する方法はないか、と思案する操は一つの部屋が目に入った。


(……北第3倉庫)


管理室とは反対方向、廊下の端にひっそりと『北第3倉庫』と表示された部屋があった。


こちらも明かりは点いていないが、どことなく他の部屋と比べても使用されている形跡が無いように感じた。


(倉庫なのに使ってないのかな?)


念の為近付いて様子を見てみるが、やはり普段は使用されていないらしく、扉にも鍵が掛かっている。


しかしそれ以上に操の目を引いたのは、扉の状態だ。


ボロボロ、とまでは言えないが、明らかに古びている、と言いたくなるような外見をしていた。


ネームプレートも錆が浮いて来ており、手入れもあまりされていない事が明らかだった。


(……なんというか、北棟に入った時から何となく思ってたけど……)


目の前のこの倉庫も含め、建物全体が南棟に比べて古いのだ。


南棟は比較的新しい建物のようだったが、北棟の建物は所々傷んだ部分があるように思える。


元からあった建物を新規に建て直した、と言うのであれば、普通は北棟の方も同じく建て直すと思うのだが……。


(セキュリティも杜撰な所があるし、結構探せば隙があるのかも……?)


その辺りを突く事が出来れば、管理室への侵入も可能かもしれない。


古びた倉庫を見てそう考えた操だったが、そこである事に気が付いた。


(ん……? あれ……? そういえば、倉庫って……私、鍵持ってない?)


北棟に侵入した際に通った、第3診察室の隠し金庫で見つけた鍵。


確かあれには「2階倉庫・予備」と書かれたタグが付いていた筈だ。


ポーチから鍵を取り出して確認してみると確かにその様に書いてあり、よくよく見てみると、鍵自体がやや古びた印象を受ける。


(やっぱりここの鍵みたいね。 ……開くかな?)


鍵穴に鍵を差し込んでゆっくり回してみると、カチャリ、という音と共に倉庫の鍵が解除された。


表面が経年劣化で傷んだドアノブを握り、回しながら押すと、若干の抵抗がありつつも、倉庫の扉が軋みながら開いた。


操は倉庫内に誰もいない事を確認すると、部屋に入った扉のすぐ脇にあった電灯のスイッチを入れる。


倉庫内部は、細長い小さな部屋になっており、備え付けられた金属製の棚に、随分と古いように見える何らかの医療器具らしき物が複数置かれていた。


いくつかの機械にはカバーが掛けられており、全く使われていない事が一目でわかる。


そうした機械類以外にも、ダンボールに詰め込まれた紙束や、何かのマニュアルらしき物が山積みになっていた。


(……本当にただの倉庫みたいね。)


操は、わざわざ隠し金庫に保管してあった鍵の為、何か重要な物が隠されているのでは、と少し警戒していたが、どうやら杞憂だったらしい。


(でも、それなら何であんな金庫に入っていたんだろう?)


例の書類の『内容』と関係がある鍵なのではないか、と思い金庫から持ち出してきたが、少なくとも倉庫内におかしな物は見当たらない。


もちろん、そんな物があったとしても、わざわざ操が首を突っ込む必要は無いのだが。


(何か役に立ちそうな物が無いかと思ったんだけど、何もないかな……)


ざっと見渡した限り、狭い倉庫内にあるのは、よく分からない古い医療器具と、やはりよくわからない紙束・何かのマニュアル等だ。


特にめぼしい物も見当たらない為、無駄足だったかと操が部屋を出て行こうとしたその時、一番奥の壁に貼ってあるとある物に気が付いた。


(ん? あれは……?)


それは、奥の棚の影に隠れるように壁に貼り付けてある一枚の紙だった。


倉庫内にあるその他の物と同じく、かなり古い物のようで色が変色してしまっている。


壁から剥がして手にとって見てみると、一見するとそれは北棟の地図のように見えた。


しかし、先程操が手に入れた病院内のマップとは異なり、どちらかというと設計図とか建築図等と呼ばれる物だった。


北棟の1階から3階までの平面図と、建物を横から見た際の立面図等が記載されており、素人目には何処をどう見ればいいのか今一つ分かり難い代物だ。


(何でこんな物がここに……ってあれ? タイトルが……)


ゴチャゴチャと色々な寸法や、建物内の設置物の位置等が記載された図面にはタイトルが表記されていた。


しかし、表記されているタイトルは北棟の設計図、ではなく「旧聖メアリー記念病院改装計画図」だった。


(改装計画図? しかも、旧? やっぱり元々の病院の建物を元にしたって事?)


この設計図……いや、改装計画図によると、元々の聖メアリー記念病院は、現在の北棟にあたる建物のみだったらしい。


そこから土地を広げるか何かをして、現在の形のように南棟を新築し、古い建物の方は北棟としてそのまま使用し続けているという事のようだ。


北棟の建物が所々南棟に比べて古いように感じるのはそういう事情があるらしい。


そして、この図面を見た操は、図面事態は「改装計画図」となっているが、その実外側が修復されただけで、内部はごく簡単に補修するだけに留まっている事に気が付いた。


資金的な物かとも一瞬思ったが、外壁部分はやたら念入りに手が加えられているのが素人目にも分かる。


対して内部は室内の配置なども含めて、ほとんどそのままだ。


というよりも、1階のある区画を避けて最低限の補修をしているように見える。


(ここって……1階の西側にある階段?)


そこは操が北棟に侵入する際に通って来た第3診察室を出て、西に行った所にある階段付近だった。


この図面によると、どうやら地下への階段らしい。


院内マップを確認してその階段の先にある部屋の名前を確認してみる。 すると……。


(地下にある部屋は、機械室と……うっ…………霊安室……)


ある意味、病院地下のお約束とも言える部屋に顔を顰める操。


だが、確かに霊安室は好き好んで近づこうとする者はいない。


老朽化した建物で()()()()()()()()()()人を近づけたくない場所があるのだとすればうってつけだろう。


「隠したい何か」をそこに隠しているのならなおの事だ。




(もし私の推測があっているなら、改装する前からこの病院は何かしらの後ろめたい事をしてたって事だよね)


操は、自身の記憶の手掛かりを探す為に病院内を探索を行っているが、調べれば調べる程に、病院の上層部が行っていたであろう悪事の爪痕が垣間見えてしまう。


恐らくクロフォード医師もその一端に触れた結果、何らかの危機に巻き込まれてしまったのだろう。


こうなって来ると操の失った記憶と、この病院の裏の顔を暴く事は無関係ではいられない可能性すら出て来る。


改装計画図に書かれた工事が行われた年月から考えても、恐らく相当に根が深い話だ。


そう考え至り、操は覚悟を決めた。


今まではどこか自分には関係のない事だと目を逸らしていた事は否めない。


しかし、この病院内で以前より起きていた事が自身の消えた記憶を取り戻す為の障害になるのであれば、それらを跳ね除けて行かなければ求める物を手に入れる事は出来ないだろう。


病院内を徘徊する怪物達然り、あの男も然りだ。


正直もうウンザリだが、恐らく避けては通れない。


それならば、全てを白日の下に晒した上で踏み越えて行けばいい。


そうする事で自身の求める物に手が届くのだから。




操は静かに息を吐き出し、そう決意するのだった。




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