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10 自力本願

短めです


新たに得た攻撃手段の強力さに我が事ながら、ドン引きしてしまっていた操。


しかし、いつまでもそうしている訳にもいかない為、気を取り直して新たな武器である『荊の鞭』を引き寄せる。


操が意識するだけで伸ばされた荊の鞭が動き、手元まで戻って来る。


「……ま、まぁ、攻撃能力が高いっていう部分は満たしてるから……いいか」


自分が想像していたよりも過剰火力な荊の鞭の威力を一旦受け入れる事にした操。


すると、腕に巻き付いていた花も蔦も、操の腕に溶ける様にして吸収されて行った。


「今更だけどこの蔦って、意識すると腕から生えたり、腕に吸収されたりするんだよね……」


どういうメカニズムなのかは分からないが、操の意思次第で『青い花』の能力を操る事が出来ている。


荊の鞭もそうした力を用いて作り出せた事から、現状操に取り付いている『青い花』は操の制御下にあると言える。


しかしそれでも、得体の知れない存在である事には変わりが無い。


このままこの力に頼っていて良いのだろうか、という考えが頭をよぎる。


だが結局、今の状況を生き残るには、この『青い花』の能力を活用して行くのが現状最も確実な方法だとも理解していた。


「仕方ない……けど、このままだと、私もあの怪物みたいになっちゃうのかな……」


思考の深みに嵌まってしまいそうになった所で、はっとして頭を振り不安を追い出す。


今すべき事は目的地である病院を目指す事だ。


余計な事は考えない様にしようと気を取り直した。



改めて周囲を見渡してみる。


この屋上には他に昇降用の階段や梯子の類は見当たらない。


先程確認した階段の反対側にはやはり何もなく、霧がかかった空間しかない。


しかし、視線を上げた操は、反対側の建物に近い場所に何らかの物体の影が見える事に気が付いた。


「あれは……クレーン? 工事中だったのかな?」


そこにあったのは工事現場などでよく見かける資材運搬用のクレーンだった。


フックの先には何も下がっておらず、道路の中程に横向きに設置されているようだ。


伸縮する部分が伸びた状態であり、現在操がいる建物よりも高い位置に先端部分がある。


距離的には操の鞭で何とか届きそうだ。


「フックの所に荊の鞭を巻き付けて、勢いを付けてジャンプすれば向こうに届くかな?」


勿論普通の人間がそんな事をするのは危険極まりないが、今の操は人間離れした身体能力の持ち主だ。


振り子の様に勢いを付けて反対側の建物に飛び移る事が出来れば……。


「まぁ、大分無茶だよね……。 でも今はそれしか方法が無い、か」


危険を承知の上で空中ブランコに挑戦する事を決意した操は、屋上の縁に足を掛けた。


相変わらず屋上からは霧が濃く、下を見ても道路の様子は分からない。


もし落下してしまった場合はただでは済まないのは確実だが。



右手の荊の鞭をクレーンのフック目掛けて伸ばす。


しゅるるっ という音と共に鞭がフック部分に巻き付いた。


念の為引っ張ってしっかりと巻き付いている事を確認。


「……ふぅ」


深呼吸をして気を落ち着かせる。


後は一歩踏み出すだけだ。


「よし……行こう」


そして、操は覚悟を決め…………屋上から身を躍らせた。




「…………………………!!!」


クレーンの先端に巻き付けた荊の鞭に体を預け、勢いよく飛び出した操。


勢いのまま加速した結果、あっという間に反対側の建物が近づいて来る。


しかしクレーンに鞭が巻き付いている為、振り子の様に振られた操の体は上方向に大きく振られる。


そして、鞭が振り幅の頂点に達する寸前……操はクレーンの先端に巻き付いた鞭を解いた。


加速した勢いを保ったまま鞭を解いた為、操の体は前方……反対側の建物方向に投げ出される。


このまま行けば前方の建物の屋上に着地出来るが、何もしなければ床に叩き付けられてしまうだろう。


操は空中で体を丸めて足が地面に付くように体勢を整えた。


猛スピードで建物の床が近づいて来て来る。


「…………ふっ!!!」


着地する瞬間、操は足で衝撃を受け流しつつ、前転して受け身を取る。


それでも勢いがついていた為、靴が床を擦ってやや前進してしまったが、なんとか勢いを止める事が出来た。




操は着地の体勢のまま周囲の気配を探る。


しかし、周りには動く物の気配は無いと判断し、操は深く息を吐いた。


「ふー……さ、流石に怖かった……」


思わずそう漏らす。


多分出来るだろうと思って実行した事ではあるが、一歩間違えれば大惨事になる所だった。


思っていた以上に勢いが付いてしまって内心慌てたのだが、操が期待したように体の方は自然に反応して受け身を取ってくれた。


勝手に体が動いたという訳ではないが、どの様にすればいいのかが自然と分かる。


奇妙な事ではあるが、地味ながら操を何度も助けてくれた感覚だ。


「特殊能力って言えるのか分からないけど、助かってはいるし……いいのかな」


ともあれ、反対側の建物屋上には来れた。


周囲を調べようと操が顔を上げると、丁度目の前に下へ降りる梯子が見えた。


念の為周りを見渡してみるが、他には下に降りる為の階段や梯子は見当たらない。


他には先程いた建物と同じ様な貯水タンクや空調設備等があるだけだ。


梯子の上から下を覗いてみると、やはり霧で見えにくくなっているが、開けた場所になっているようだった。


怪物らしき気配はしない為、とりあえず降りてみる事にする。



梯子を下りた先は駐車場だった。


何台かの車が止まっている以外は特に変わった所は無い。


…………フロントガラスが割れて血が付着したりはしているが。


「どこもこんな感じね……他に生き残っている人はいるのかな」


すぐに銃を構えられるようにしつつ、歩いて駐車場を横断して行く。


特に何事もなく駐車場の入り口まで来る事ができ、先程の道路よりもやや狭い道に出た。


ライナに貰った地図を確認すると、この道路は最初に通るつもりだった道の一本奥の道路のようだ。


この道を進んでも聖メアリー病院に行く事が出来るらしい。


見た限りでは周辺に怪物の姿も無い為、このまま進んで問題なさそうだ。


僅かな物音等にも注意を払いつつ道路を進んで行く。


相変わらず街灯に車がぶつかった状態で放置されていたり、商店のガラスが割れて血が付着していたりと不穏な雰囲気がする。


周囲の様子はこれまで歩いて来た道とほとんど変わりはない。


……操はそう思っていたが、途中である事に気が付いた。


(…………花の数が増えて来てる)


ライナのアパートからここに来るまでの間にも、ちらほらと『青い花』が地面や壁伝いに咲いているのを目にしてはいた。


しかし、先程から歩いている道には明らかにライナのアパート周辺よりも多くの花が咲いている。


それどころか、先に進めば進む程花の数が増えている。


ちょうど今目の前に見えてきた車など、地面から蔦を伸ばした『青い花』に車体を浸食されているかのようだ。


花から伸びた蔦が車内に入り込み、中にある物に絡みついて……。



(…………!!)



車内を覗いて見えた物に操は反射的に銃を向けた。


そこにあったのは全身に花の蔦が巻き付き、半ば植物の一部と化してしまったかのような二人分の死体だった。


今まで目にした怪物よりも体を覆っている花の蔦の量が多く、一見すると人間と気付けない程だった。


しかしそれ以上に操が戦慄したのはその死体が、二人分の人間の体が背中合わせに融合したかのようになっていた事だった。


青い花の蔦が糸のように二人分の死体を縫い合わせているのだ。


しかし、蔦の僅かな隙間から見える死体の体は蔦で縫い合わせられているだけでなく、肉が癒着してしまっている様にも見える。


明らかに異常な状態だが、幸いな事に目の前のこの死体が動き出す様子は無かった。


(……まるで頭が二つある人間みたい)


動いていないとはいえ、死体だと思って通り過ぎて背後から襲われてはたまらないので、念の為警戒しながら横を通る。


車の横を足早に通過して歩き去る操。


いくら怪物として襲って来ないとはいえ見ていて気持ちの良い物ではなかった。


(でも、どうして怪物にならなかったんだろう?)


現状この街で死んだ人間は直後に怪物となって襲い掛かって来る。


少なくとも操はそう思っているし、この街で一週間も生き延びているライナも同様の認識だった。


しかし実際に、死後も怪物化していない死体がたった今確認された。


つまりそれは……。


(必ずしも怪物になってしまう訳じゃなくて、その過程で『青い花』が死体の乗っ取りに失敗する事もある?)


先程の死体を見る限り花自体は開花していた。


怪物にならない条件が何かは分からないが、操は胸に留めておくべきだと直感的に思った。




周囲を警戒しつつ慎重に道を進んで行くと、やがて大きな建物が右手に見えて来た。


正面の入り口にはゲートと警備員の詰め所があり、道路には救急車が停まっている。


ゲートの脇の壁に大きく『聖メアリー記念病院』と書かれている。


「…………着いたみたいね」


そう呟いた操は建物に目をやる。


建物の規模は3階建てであり、それ程高さのある建物ではない。


しかしその代わりというべきか、敷地が非常に広かった。


グリーンフォレストの様な地方都市としてはかなり規模の大きな病院だと言えるだろう。


しかし、操は病院の大きさよりもその見た目の異常さに目を奪われていた。



窓ガラスが割れ内部から幾つもの枝、もしくは根とでもいうような植物が飛び出し、そこかしこに『青い花』を咲かせている。


更には無数の細かい蔦が這わされた壁は一面緑色に変色してしまったかのようになっている。


正面入り口を入った左右にある駐車スペースは、アスファルトを突き破ってやはり根のような物が幾つも生えて来ていた。


事情を知らない者が見れば廃墟か何かだと思ってしまいそうな有様だ。


そして何より操が嫌な予感を感じたのは、入口のゲートや道路から見える病院の割れた窓が、内側から破られているように見える事だった。



「………………無事な人、いるかな……。」


操は思わずそう呟きながらも、周囲を警戒しつつゲートを潜って病院の敷地内に足を踏み入れるのだった。




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