ただいまゲーム
雨降りの街は冷たい。
アスファルトに跳ねた雨沁みになった革靴を、明日は変えねばならないだろう。
半個室になった場所に煙が広がって、時間潰しに始めた趣味の煙草が今日は煙たく感じられた頃、そのドアは開かれた。
赤い雨傘刺し開く女性から雨避けを作られると僕は入ってもいい?と首を傾げた。
「神経質な貴方がこんな夜に傘を忘れるなんておかしいったらないわ」
黒い電話ボックスまで迎えに来てくれた愛しい女性が、少しばかり優位そうな笑顔で傘を傾けてくれるのに甘えてそちらに入る準備をする。
通話姿が分からないよう、胸から上に曇り硝子の貼られたこの場は所々が色硝子で蝶々と花の柄になっていて、華やかだ。
幼い彼女を最初に見かけたのは、この浪漫硝子よりも下に来てしまう身長だった。当時、平均身長よりも小さなセーラー服の少女が必死で10円玉を掻き集めて電話をかけている様子に、大丈夫だろうかと遠目から通行人がチラチラと見ていた。
その彼女がしっかりと数センチのヒールをはいて、髪を結わえて、体のラインに沿ったワンピースをふわりと揺らしながら迎えにきてくれた数年先を、その当時の僕に教えて……やりたくないくらい、今の彼女も美しいが。
「的葉くんはどじっこさんね」
くすくすと喉鳴らしながら小鳥のようだ。
色素の薄い髪が電灯に当てられて透ける。
「たまには僕もドジをしてみようかと思いまして…お手数おかけしました」
「いいえ、…でも今日は駒子の勝ちですわ」
「そうだね、僕の帰宅時間当てゲームは駒子が勝ちだよ」
携帯灰皿に煙草を消しながら頷いて答える。帰宅時間が寮の規定時間を回ってしまうかどうか。いつか駒子が住んでいた寮の門限は10時だった。時間にはまだ早いが、この丘を下り、家に着く頃には間違いなく過ぎる。そんなゲームを朝出かける時に行う、別に勝敗は関係なく、楽しむだけ。2人だけの遊戯。
「昔、こうやって門限を破った時があったね」
「……そうですね」
駒子が息を詰める。強気だった瞳がその記憶思い出して動揺の色を示す。じんわりと赤らんだ顔が蛍光灯に照らされたのを見て嬉しいを通り越していく。覚えていてくれたようで何より。
まだ戯れに付き合わせたかったが、寒い中では可哀想だと手を握ってもう片方に傘を持った。ここから徒歩8分。防犯にと付けっぱなしにされた家の灯りを目指す。
仕事を終えたときの空が昔と似ていて。ふと懐かしくなったから曇り空が雨に変わるか否か、それも時間通りに降るかわかりはしない。駒子が危なくない時間までに、家に電話をかけたって迎えに来てくれるかだって、わからない。でも考える間も惜しくて職場に傘を置いてこの丘まで走った。
薄い雨の中、自分とのファーストキスを思い出して欲しかった。
1人だけの僕の賭け事はおしまい。
(終)
文字数制限 原稿用紙2.5~3枚分小説。1作目。
赤い傘が暗闇の中に思い浮かんで、そこから駒子さんができました。