エピローグ
ああクソ、あのクソ上司、絶対に許さねえ
ふつふつと湧いてくる怒りを道端の石ころにぶつけながら、俺は街頭のみが照らすオフィス街を駅に向かって歩く。
なんだかすべてにイライラしてきた。なんでこうクソみたいに家から遠いんだうちの職場は。しかもなんだ、なんでおれはこんなクソみたいな時間まで残らされたんだ。要領が悪いわけじゃないだろうに。
それもこれも、全部クソ客のせいだ、絶対に許さん。
石ころを大きく蹴り上げたところで、スマホが鳴る。
「ああもう、こんな時間に誰だよ」
スマホの画面を見て、青ざめる。
「おい、うそだ、嘘だと言ってくれ」
着信の相手ではない。着信画面のせいで上の方に追いやられた時間の方だ。
「終電……のがしたじゃねえか!」
地面に膝をつきながら、俺はこんな深夜に電話なんぞをかけてきよったクソ客に悪態をついてやると着信をとる。
『いやぁ、君、仕事の納期の話なんだがね?』
「ええ、おかげさまで残業までして終わらせたので終電のがしたところですよ」
『いやぁすまないねぇ。ではまた次もこの調子で頼むよ』
「……せぇ」
『ん?なんだね?』
「うるせぇのはどっちだオラァ!アアン?なんで俺があんたの都合のために心身削って仕事しなきゃいけねえんだアア!?」
『ちょっと君、お、落ち着きたまえ』
「落ち着いてられっか!もう辞めてやるこんな仕事!月曜からは自分で仕事すること覚えるんだな!じゃあな!」
それだけ言い捨てるとブチっと電話を切る。ついでに俺のキャリア人生もキルっと。ははっ、笑えねえ。
「いいし、俺にはニチアサがあるし」
先週は休日返上だったため録画した分が残ってる。タクシーでも捕まえてさっさと家に帰ろうそうしよう。こういう日はビールでも流し込みながらアニメ鑑賞するに限る。
家に帰ると、無機質なワンルームが俺を出迎えてくれる。
「ったく、こういうのでいいんだよ」
俺は作っておいた自家製チャーシューと缶ビールを取り出し、ちゃぶ台にドカっと置く。カシュッという音が疲れ切った体に沁みる。
「あぁ……もはやこのためだけに頑張ってるまである」
テレビのリモコンをいじって録画を再生し始める。魔法少女が謎の化け物を相手に奮闘するよくあるアニメだ。女児向けとは言うものの、脚本の深さ、テーマの濃さ、そして制作陣の力の入れ方。たとえ俺のような大人でも楽しませてくれる。
「もし俺がこの世界にいたら、きっと悪役側だろうな」
俺みたいなダメな大人は、だいたい悪役側か、そうでなくても敵に利用される側だ。
「ま、そんな非現実なことがおきるわけないけどな」
俺はもうひとつ酒を開け、そのまま泥のように眠りについた。
=*=*=*=*=
「っと、そういえば俺はもう無職か」
早朝に目を覚ました俺は、いそいで仕事の支度をし始めてから気がつく。もう発注も来ないだろう。暇だ。
「仕方ねえ……とりあえず軽くメシ買いに行くか」
最低限の身なりを整えて、財布とスマホだけを手にコンビニへと向かう。朝はパンか、いやでもおにぎりの気分でもある。汁物も欲しいから、インスタントの味噌汁におにぎり……これだな。
そう思いながら住宅街を歩いていると、ふと学生たちと道端ですれ違い、俺は足を止めた。
三人組だ。
そっくりな双子らしき少女たちと、それから二人と学校が違うらしく別の制服を着ている少女だ。というか双子はメッシュの色が違う以外はマジで見分けがつかねえ。ただ性格は違うらしく、金メッシュの方は静かで、銀メッシュはお喋りのようだ。まるで白と黒、光と影、善と悪。そんな印象を感じる。
3人でキャッキャと話しながら登校する姿を拝みつつ、足を再び動かし始めた瞬間だった。
「お兄さん」
双子の片割れ、静かで落ち着いた方から声をかけられる。あれ?俺なにかやっちゃいました?さすがにお縄にはかかりたくないんですけど。
そう思いながら振り返る。
「これ、落としましたよ」
「ああ、すまん助かる」
どうやら財布がポケットから落っこちてしまっていたらしい。地面に落ちた財布を、少女は屈んで拾ってくれた。
「えっと……セイギさん?」
「いや、正義って書くけどマサヨシって読むんだよ。変な名前だろ?」
「いえ、良い名前だと思いますけど」
「そうか?まあ、どっちかっていうと悪人面って言われるけどな」
そういうと、少女はクスクスと控えめに笑った。
「良いんじゃないですか?悪人面の正義のヒーローがいても」
「まあ、別に正義のヒーローなんかしてないからいいけどな」
まったく、財布くんが渾身の開脚をしたが為に中の免許証が少女に見られたじゃないか。
「とにかく拾ってくれてありがとう」
「いえいえ」
「じゃあな」
「はい、お兄さん」
なんだか懐かしさを覚えながら、俺はコンビニへと向き直る。
「そういえば神の使いさんが、またお兄さんの唐揚げが食べたいって言ってましたよ」
「……神の使いさん?誰だそれ」
「いずれ分かりますよ、それじゃあ」
そんな謎の言葉を残したまま、少女は駆け足で2人の元へと駆けて行く。
「でも、なんだか聞き覚えがある気がするんだよなぁ」
最近みたアニメでそんなのがいた気もするし、そうじゃないどこかで聞いた気もする。
頭にモヤモヤを抱えながら、俺はコンビニの扉を開いた。
その数分後、俺はなにも買わずにコンビニを出て、近くのスーパーへ向かっていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。




