覚醒
「ああもう、急いでるときに限って!」
目の前のバケモノに拳を叩き込むと、壁に埋まって動かなくなる。どうやらようやく止めを刺せたようだ。
「はぁ、はぁ……」
特に何の能力もないバケモノ相手にも、ここまで苦戦するようになってしまった。すでに傷だらけの体を見ないようにしながら、再び空へと舞い戻る。
急がないといけない。なにせ、バケモノとは違う異様な存在が、私の家にいることを感じるのだ。もちろん、力を失ってしまった彼女と、それからお兄さんも一緒だ。
「お願い、間に合って」
前だけを見ていたからだろうか。私は横から急接近するバケモノに反応が遅れた。
「くっ……!」
致命傷は避けたものの、衝撃を殺しきれずに地面へと転がり落ちる。
「邪魔を……しないで!」
ただのバケモノが、どれほど驚異であったかを私は始めて実感した。今の私では、前までのように完封することはできない。
もし自分が魔法少女の力を失ったら……
考えるまでもない。何もできずにバケモノに喰われてしまうだろう。それほどまでに、力のない人とバケモノとは差があるのだ。
「はぁ……はぁ……っ!なんで……」
家の近くの存在が、さらに増えた。バケモノのものと酷似しているが、ただのバケモノとは思えないほど強大な存在感。今の弱り傷ついた私では、対峙することもためらいそうになる敵。
「と、とにかくいかないと……」
勝てるかわからない。そもそも、消耗しすぎた。逃げたい。死にに行くのはゴメンだ。
それでも、私の足は前に動いてしまっていた。理性が拒んだとしても、本能的に、足は前へ前へと、だんだん早まっていく。
涙を堪えて、痛む傷を無視して、地面を踏み、空へと飛び上がる。障害物が目の前になければ、目的地はもうすぐだ。
遠目に家を捉えた、その瞬間だった。
閃光
そして衝撃波
発生源は私の家だ。壁の一面が完全に崩れ落ち、発生源があらわになる。
バケモノ、明らかに頭部が異常発達している。口を崩れた壁の方へ向けていたことから、このバケモノのブレス攻撃によって家が崩れたのだと理解する。
謎の少女。私と同じ容姿をした謎の少女。まるでお兄さんの好きなゲームで出てくる2Pカラーのようだ。不満げに浮かぶ彼女は、まだ遠くにいる私をすでに捉えていた。
力を失った元魔法少女。目を見開き、涙を流し、しかし目の前のバケモノに何もできずにいる。力がなければ、私達魔法少女は餌でしかない。彼女も、そのことを理解して動けずにいる。
そして、お兄さん。元魔法少女に抱きつくような姿勢で倒れている。目は虚ろで、でもいつものあの軽い笑顔だけは、失っていない。ただ、下半身からすべては跡形もなく消え去っている。焦げ付いた服の様子から、それがバケモノのブレスによるものだというのは想像に難くない。
私。何も考えずに地面を蹴った私。力の差なんて関係ない。今までの消耗なんて関係ない。大事な命が途切れかけている。目の前で大事なものが失われようとしている。私なら、まだ戦える。恐怖なんて感じている暇はない。理性も本能も、関係ない。
私が、お兄さんを救う。いままで私がそうしてもらったように。
=*=*=*=*=
気がついたら、バケモノはピクリとも動かず倒れ伏し、謎の少女の胸ぐらを掴んで壁に押し付けている私がいた。
傷の痛みがないと思えば、元からそうであったかのように傷は存在せず、
消耗を感じないどころか、溢れてしまいそうな力が拳に宿っていた。
「ふふ、どうやら私の負け……か」
謎の少女は、観念したかのようにそう項垂れる。
「さぁ、殺せよ魔法少女。私はそっち側の存在じゃないのだから」
今なら、この不思議な少女が相手でも負ける気がしない。この拳を叩き込めば、二度と口をきけないようにできる。
「……?何を考えてるの」
だが、私はそっと謎の少女を下ろした。そして背中を向ける。
「どういうつもり」
「別に……ただお兄さんならこうすると思っただけです」
「敵をみすみす逃しておいて、それで済むとでも?」
「そもそも、敵って何でしょうか」
私には、目の前の少女を敵として認識することができなくなっていた。
「あなたと私、本当に敵対する意味がありますか」
「そうやって隙を見せて無事で済むと思ってるの!」
背中を向けた私に対して、背後から異様な力のこもった拳が飛んでくる。
「私は……お兄さんみたいに口が回るわけじゃないので――」
異様な力であっても、関係ない。私は振り向きがてらにその拳を手で掴む。
「いま、ここであなたを壊しきるか、逃がすかの2択しかとれないんです」
「じゃあ壊せば?」
「嫌です」
謎の少女は、キョトンとしていた。
「私、わがままなので」
掴んだ拳を離し、再び背中を向ける。もはや私は、謎の少女を驚異だと思えなくなっていた。
「お兄さん、いますぐ神の使いさんを呼びますからね、待っててください」
表の世界だったら致命傷でも、この世界ならば間に合う。私は神の使いさんを呼びながら、未だに後ろで色々と言ってくる少女に目を向ける。
「だからあなたは私を――」
「しつこい」
「ふぎゃっ」
軽く上からどついたつもりが、当たりどころが悪かったらしい、謎の少女は白目を向いて地面に崩れ落ちてしまった。まだピクピクしているので、生きてはいるだろう。
その数分後に到着した神の使いさんからお兄さんの無事を聞いた後、私は緊張の糸が切れて倒れるように意識を失ってしまった。




