それはずるいって
「私がまだ理性のあるうちに、理由を聞いてもいいかな?」
「そうだな。何の理由も無しに断るってのもよくねえ」
俺は洗濯物を片付けてから、もう一度少女に向き直る。
「俺はわがままでいい加減な人間だ。だから、お前がこれまでどんな物語を抱えてきたのかも、今背負おうとしているかも無視して言う」
そりゃねえだろって話だが、俺はこれでいい。これが俺だ。
「俺はな、物語のエンディングはハッピーエンドじゃねえと許せねえ性格なんだ。しかもただのハッピーエンドじゃねえ。たとえ道理がなかろうと、ご都合主義の産物だろうと、登場人物全員が大団円で終わるようなエンディングだ。バッドエンディングだとか、1方面から見たハッピーエンドとかは駄目だ。トゥルーエンドにだって、俺にはそれほど価値を感じない。だから、お前の言う『犠牲の伴うエンディング』は断じて拒否する」
「物語と現実の区別もつかないの?」
「ついてるさ。ついてるからこそ言うんだ。俺は圧倒的ハッピーエンド至上主義者だ。例え今日絶望があろうと、明日涙を流そうと、それがハッピーエンドのための布石なら俺は喜んでその試練をうけるだろうな」
「相談した人を間違えたみたい」
「いまさら気がついたのか?まったく、最近の年頃の娘は俺をなんだと思ってるんだか」
頼りがいがある大人にでも見えてんのか?今の外見はただの少女だし、中身だってまともな人間じゃねえよ。
「それじゃあ貴方にはここで消えてもらう」
「ま、そうなるだろうな。予想通りの展開で助かるよ」
「なにを」
不意をついて俺は、手に持った洗濯物を少女の顔に投げつける。そして出来た一瞬の隙を付き、少女を壁に押さえつける。
「な!離して!」
「どうどう。まあそう興奮すんなよ」
ここも想定通りで良かった。きっと元魔法少女とかなんだろう。こっちの世界での力はそれほどでもないらしい。
「さあどうする謎の少女さん。このままうちの魔法少女が帰ってくるまで取っ組み合いするか?」
「……呆れた」
「へっ?」
「この程度で勝ったつもり?」
世界が反転していく。
=*=*=*=*=
ちくしょう、しくじったな。
簡易的に変身しながら、裏返った世界で俺はそうぼやく。
「はぁ、はぁ。ようやくこれで対等」
謎の少女さんは、これまた見覚えのある衣装で俺の前に立つ。
「変身後の姿まで一緒かよ」
うちの魔法少女と色違いの衣装は、どこか闇を感じさせる。
「そりゃ脳内レベルで姿を借りているんだもの」
「そんで、俺と殴り合いか?」
「えっ?魔法少女なんだから魔法使うよ」
「えっ」
「えっ?」
魔法……そんなものもあるのか。いやあるか。うちの魔法少女が拳で殴りに行くものだから感覚が麻痺してた。
「しっかし、どうすっかねぇ……。俺は戦う方法知らないわけだけど」
「なんっ!で!当たらないっ!のっ!」
「いやぁ、だって予備動作見えるし」
なんともまあテンプレートな魔法攻撃は、残念ながらゲームで予備動作見てからの回避を練習していた俺には丸見えの軌道だった。
「ああもう……だから自分で戦うのは嫌なんだよ」
「おいっ!何をする気だ!」
俺の声を聞かずに、謎の少女は手を前にかざす。すると床が盛り上がり、目の前にバケモノが現れる。
「敵側勢力じゃないか!」
「私にとってはかわいいペットだよ」
「見た目はそっくりなのに感性は魔法少女の方がマシだなっ!」
物理攻撃はアカン。てかバケモノの攻撃って流石の俺でも避けるの大変なんだよ。しかも狭い室内と来た。面倒ここに極まれり、だな。
「へぇ、意外と粘るね」
「そりゃもう何度も襲われてるからっ!なぁ!」
アニメとかでみる戦闘中にしゃべる描写。あれって非現実的だな!息が乱れるわ!
「じゃあ、そろそろ終わらせようか」
謎の少女が何かをつぶやくと、バケモノの動きが急に止まった。
「やっちゃえ」
「えっ」
バケモノが大きな口を開けたと思うと、直感的に俺は横に飛び退いた。
突如として鳴り響く轟音、崩壊の音。
「おいおい、嘘だろ」
室内が、室外になりやがった。反転した後の世界とはいえ、俺が背中を向けていた壁がボロボロに崩れ去ってしまった。
「ブレス攻撃はずるいって」
「戦いにずるも何もないでしょ?」
「ぐうの音もでねぇな」
ちくしょう、こんなときだというのに魔法少女はまだ現れねえ。正義の味方は遅れて登場するものだってか!?まじで早く来てくれ、さもなくばお前の慕う兄さんがこの壁のように穴だらけになっちまう。
「さて、次をはやく撃って」
バケモノが口をあけ、もう一度俺を捉えた、その瞬間だった。
「お、お兄さん。さっきすごい音が――」
「おいバカ!避けろ!」
神様とやら。確かに魔法少女を呼んだが、だからといって力を失ってしまった方を呼ばなくてもいいだろ……。元破壊の魔法少女は、状況を何も理解できない様子で扉をあけてしまった。
バケモノは、すぐにブレスを発射できる状態のまま、新しい敵の方へと振り向いた。




