だが断る
再び魔法少女を学校に見送ってから、俺はリビングで頭を抱えていた。とにかく異常事態ということだけは俺のちっぽけな頭でも理解している。しかし、対抗策なんかが出てくるわけもない。
タバコを模した菓子をかじりながら、窓越しに外を見る。まるで悩みなんてなさそうな快晴に、腹が立ちそうだ。洗濯日和であることは否定できないので、さっとシーツ類を洗濯機にかける。
「ああちくしょう、考えてても仕方ないってわかってんのになぁ」
先日の謎の少女が言ったとおり、俺がなにかしら直接解決できる問題ではない。だが、目の前にこうも大きく壁が立ちはだかっているのに、無視しろというほうが無理な話だ。
「はあ。ったく、謎の少女Aさんが突然尋ねてきて答えをくれたらいいのに」
「呼んだ?」
「……」
俺は一度目を閉じ、深呼吸をする。まさか白昼夢を見るほど疲れが溜まっているとは。これはTHE・何もしない日を増やす必要があるかもしれない。
「あれ?おーい?もしもーし」
せっかくだから布団も干してしまおう。数分日光に当てるだけでも全然ちがうもんだ。ああもうこうなったら面倒で後回しにしていた手洗いの衣類もやってしまおう。忙しくなってきたぞーーー。
「そろそろ怒るよ?」
「……俺の見てる幻想ではない?」
「ちゃんといるよ。呼ばれたからせっかく出てきてあげたのに」
俺や魔法少女と瓜二つの存在が、目の前でニコニコと話しかけてくる。
「おい、お前敵側だろ。何軽く出てきちゃってんの」
「やだなー。敵じゃないよ」
「そう言って信じると思っているのか?」
「じゃあ言い直すよ。今のところ君に危害を加える気はないよ」
「俺に?」
「もちろん魔法少女と直接対決なんてのも、もってのほかだね」
とにかく今はその言葉を信じることにする。まあ、もし敵対されても俺には抵抗するような能力はないがな。
「何しにきた?」
「呼んだのはそっちだよ。何を聞きたいの?」
「……お前の目的とか」
「あー、うん。まあ、システムの破壊かな」
「システム?」
「魔法少女とバケモノというシステムをね」
「そりゃ彼女らが装置だとか言いたいのか?」
「察しがいいね」
システムだと?あんな無垢な少女に託しておいてシステムだって?
「昔、神とかいうものは自分らの想定外にならないよう、発展しすぎないよう、自浄機関を作り上げた。彼らは発展しすぎた人間社会から一定数間引くことで、人間たちが神を超えないようにしたんだ」
「神が?でも確か魔法少女も」
「そう、そこが問題なんだよ」
謎の少女は頭を手で抑えて、困ってますというジェスチャーをした。
「神は自分の作ったものを忘れたのか、それとも気まぐれか、その自浄機関を押さえつける装置をつくりあげた」
「その装置ってのが魔法少女ってことか?」
「そのとおり。自浄機関の制御は装置の存在によって暴走し、無差別・無期限に人を間引き始めた。そこからは勢力同士による戦争の始まりだ。終わることがない、ね」
つまりはなんだ。神ってのが悪いって話なのか?俺も、魔法少女も、神の采配とやらでその戦争に巻き込まれた装置だと?
「そんなの……ありかよ……」
「だから破壊する。そんな不完全なもの、修復するより1から、いやゼロから作り直したほうが良い」
「それがお前の主張か」
「どう?協力してくれる?」
俺は顎をさすってしばらく考える。そして考えをまとめ、口に出す。
「お前、友達がいないタイプだろ」
「……へっ?」
「人との付き合いを長く細く続けるのが苦手なタイプだ。友達だったという人種は多くいるのに、今も友達って言えるほどの仲の人がいないタイプだ」
「そ、そんなことない!」
「いいや、俺にはわかるね」
「……!」
「そしてお前の問への答えも、Noだ」
睨みつけてくる少女に肩をすくめてみせる。
「俺が協力すると思ったか?俺が思い通りにいかないならすべて再構築してしまえと言うような悪役に見えるか?」
「じゃあこのままで良いっていうの!?」
「俺にはわからんさ。どうせ、賛同したところで俺にできることもないだろうしな。だが、間違えたからってすべて壊しきって最初からだなんて、そんな考えには俺は賛同しない」
「でも、もうどうしようもないくらいにシステムは壊れてるんだって」
「……じゃあ一つ聞くが、お前の案だと俺はどうなるんだ?」
「……わからない。神さまがどう作ってるのかはわからないから」
「じゃあ俺じゃなく、一緒に住んでる魔法少女は?」
「……」
「ああ、そういえば。つい最近、知り合いの魔法少女が不幸になったのもあったな。あれをやったの、お前だろ?」
「どうしてわかったの?」
「最近の周りの変化と言えばお前だからだよ」
何も話さなくなってしまった少女を横目に、洗濯物を干し始める。長話でシワになっちゃ困るからな。しわくちゃな洗濯物ほど心が落ち込むものはないね。いや、火をかけすぎて焦がしたカレーも同じくらいだな。
「仕方がないの」
「なんだって?」
「誰かが犠牲にならなければいけない。私はもう、覚悟を決めた。ただ、私だけじゃ足りない」
「なるほどな。お前が何を考えているのかは分かった」
「必要なことなの。だから協力して」
いままでの態度はどこへやら、目の前の少女は深く頭を下げる。
考えてみればそうだ。うちの魔法少女と同じ歳くらいであろう少女が、世界の理に立ち向かおうとしている。犠牲の算段に自分を入れてまでだ。それに至るまでの覚悟、それは年頃の娘1人が抱えきれるようなものでないことは確かだ。
……俺の答えは決まった。
「嫌だね。協力してなんてやるもんか」




