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帰宅

少し遅くなりました

 睡眠不足も解消し、ソファで寝っ転がったまま携帯ゲームをしていると扉が開く音がする。壁にかかった時計を見れば、意外と遅い時間だ。またバケモノでも出て遅くなったのかと思いながら玄関へと向かう。


「おかえり」


「……ただいま」


「飯はいつもどおりの時間でいいか?」


「はい」


 靴を脱いで上がってこようとするのを、俺は立ちふさがって止める。


「なんですか……?」


「うーん」


 普段の俺は、鼻詰まりが酷くてコーヒーの香りすら楽しめないタイプの人間だ。体が変わっても、鼻が鈍感なのは変わらなかった。


 でも、この不便な鼻は、都合の悪いことにこういうときばかりはよく効くのだ。


「誰だお前」


「……っ」


「俺ってばこういうときばっかりは鼻が効くんだよ。んで、何が目的だ」


 目の前の存在は魔法少女の姿のまま、ヘラヘラと笑う。まるで作り物のような笑いは、俺を不愉快にさせるばかりだ。


「少し下見さ。ああ、安心してほしい。今日のところは君にも、そして大事な魔法少女にも手を出すつもりはないさ」


「今日は?」


「またいずれ会うことになるからさ。そのときにどうなっているかはわからないけれど」


「なんで俺たちに敵対するような真似をする」


「うーん、それが理だからかな」


「理?ふざけるなよ」


「おお怖い怖い。でも君にどうこうする力はないだろう?今後も状況に流されるだけさ」


 そのとおりだ。きっとこいつが敵対したとしても、戦うのは正義の魔法少女のほうだろう。だから謎である。どうしてこいつは俺の前に、しかも魔法少女の姿で現れた?


「おっと、長居しすぎちゃまずいんだった。それじゃあお暇させてもらうよ」


「おい待て!まだ聞きたいことが……クソ、消えちまった」


 まるで魔法のように姿は消えてなくなった。イヤな匂いも、元からなかったかのようにしない。



「あれ、お兄さん。玄関で立ってどうしたんですか?」


「ん、ああおかえり」


「はい、ただいまです」


 どうやら本物のおかえりのようだ。助かった、まじであのまま戦闘突入とかシャレにならんからな。


「……どうかしましたか?」


「ん、いや。なんでもねえよ。晩ごはんはいつもより少し遅い時間にするぞ」


「はい、わかりました」


 靴を脱いでそそくさと脇を通り抜けていく魔法少女の腕をとる。ああもうまったく、何してんだ。


「その怪我、どうした」


「何のことですか……?」


 俺は制服のシャツを握って下着ごと裾をめくる。

 そこには、明らかに人ではない何かから殴られ痣がついた腹部があった。


「おい、なんだこれは」


「……」


「ったく、怪我すんのは元気の証拠ってもいうけど、もう少し大事にしろや」


 お前になんかあると俺も困るし、多分街の人も困るんだよ。そこらへん自覚してほしい。


「わからないんです……わからないんですが……」


 魔法少女はうつむいていた顔を上げ、こちらを見つめてくる。


「私……弱くなってしまったかもです」


 深刻そうにそう告げる魔法少女の顔には、不安の色が濃く出ていた。


「とりあえず処置すんぞ。多分今日は神の使い野郎の帰りも遅いだろうしな」


「……はい」


 無理やり手を引いて食卓の椅子に座らせる。


「少し触るぞ」


「えっ……ひゃうっ」


 まだ患部が熱を持ってるな。とりあえず冷やしておくか。


「それで、何があったんだ」


「攻撃をくらってしまって」


「珍しいな。んで、一発もらったくらいで弱くなったって?」


「……」


「まあ、普段無傷ですんでる方がおかしかったんだよ。今回のは戒めと思って、気を引き締めるきっかけにでもしな」


「……はい」


 ああくそ、言葉のチョイスをミスったかな。こういう人を慰めるのって苦手なんだよちくしょう。


「変に吐き気があったり熱っぽかったりはしないよな?」


「はい、そこは大丈夫です」


「ならよかった。ったく、あのバケモノから攻撃くらって痣程度ってのも十分に強いけどな」


 人間離れにも程がある。まあそれが魔法少女としての力なんだろうが。


「少し横になっておきますね」


「ああ、わかった。眠り込むなよ?晩飯の時間には降りてきてくれ」


「はい、わかりました」


 そういって寝室へと向かっていく魔法少女を見届ける。


 しかし、バケモノの攻撃で痣か。



 いや待てよ。現実世界に残る痣?たしか裏の世界で起こったことはほぼ表の世界にはフィードバックされないはずでは?それこそ、建物全体が崩壊するような規模でなければ表の世界に影響はなかったはずだ。


 だというのに、実際に痣という目に見える形で現れている。一発ぶん殴られた程度かと思っていたが、そうではないかもしれない。


「ったく、しくじったな」


 頭をガシガシとかきながら台所へと向かう。なんであれ、時間は過ぎる。時間が過ぎれば腹は空く。だから俺は晩飯をつくる準備にとりかかる。


「ちくしょう」


 俺にできることといえばこれくらいだった。


『でも君にどうこうする力はないだろう?』


 あいつの言葉が頭の中をぐるぐると回る。


「これくらいしかできねえさ。でも必要なことなんだよ」


 己の無力さに嘆くことなんていくらでもできる。だから今わざわざする必要はない。今は美味い晩飯を作ってやることぐらいしか、できない。


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