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欲にまみれろ

 着替えを終了した彼女は、まっすぐにキッチンへといって手慣れた手付きで準備をしたかと思えば、火も包丁もなにも使わずに食卓へとついた。


「待て」


「なにか?」


 俺は食パンをくわえる彼女の姿を見て頭を抱える。おいおい、まじかよ。嘘だと言ってくれ。


「なんだそれは」


「えっと……食パンと卵と牛乳ですけど」


「普通そこまでしたら、こう、料理の一つや二つしてみようなんて思わないか?」


「そ、そうなんですか?」


 彼女はあろうことか、食パンを生で咥え、コップに卵を入れ、牛乳の小さいパックを注ぎ口をあけて豪快にラッパ飲みしている。中学生女子にあるまじき行為であると思うのは俺の勘違いではないはずだ。というかそもそも生卵を飲むとか変なアスリートかなにかかよ!


「ああもう、キッチン借りるぞ!」


 俺は我慢ならずに食パンのあまりと卵を取り出して、牛乳をボウルに入れる。卵と牛乳を混ぜ合わせて作るのは卵液。つまりは即席フレンチトーストもどきである。


「食事なんて栄養がとれればいいのに」


「馬鹿やろう!」


 思わずどなってしまう。食事とは人生の大事なパーツだ。食事を疎かにするなんてありえない、少なくとも俺の中ではだ。


「いいから食え!食事は楽しむもんだぞ!」


「……」


 大声を出したからか、彼女はまるで怯える子猫のように目を丸めて微動だにしない。しまったやりすぎたとは思ったがときすでに遅し。


「ばか……泣くなよ」


「な、泣いてなんかありません」


 ゴシゴシと目元をこする彼女を見ないように背中を向けながら、フレンチトーストもどきの火加減を見る。卵に火が入り香ばしい匂いがしてきたころ、俺は戸棚を確認する。


「……皿は?」


「いつもはフライパンから直接」


「おいおい、嘘だろ」


「……?」


 彼女はまるで俺が声を荒げる意味がわからないというように首をかしげている。食事が楽しくないなら何が楽しくて生きているんだ?三大欲求の一つだぞ?


「わかった。とりあえずしょうがないから朝は我慢してくれ」

 

「我慢もなにも……」


「いいから」


「は、はい……」


 彼女はおどおどとしながらフォークを持って、フライパンに乗ったままのフレンチトーストもどきを口に含む。しばらくもぐもぐとしたあと、息をつくまもなく次のフレンチトーストにフォークを伸ばしている。どうやら気に入ってくれたようだ。まったく、お前は手のかかる拾ってきたばかりの子猫かなにかか?


「まったく、くたびれたOLじゃないんだからそんな無欲な生活なんてやめてしまえ」


「べつに欲がないわけじゃないです」


「じゃあもっと解放するんだな。擦り切れちまうぞ」


「私は大丈夫です」


「大丈夫なら俺は生まれてないだろ」


「それは……そうですけど」


 悩む時期ってやつなのか。まあ女子中学生って年頃はいろいろと多感な時期で大変なんだろう。あまり責め立てないでやるか。


 だがしかし、この食生活はいただけない。


「ふふふ、晩は楽しみにしているといい」


「えっ……今日もコンビニで買ってこようと思ったんですけど」


「はっ?ゆるさないが?絶対に阻止するが?」


 ドンと音を立てながら机を叩く。


「おいおい、有り金全部だしてみな」


「恐喝ですか」


「似たようなもんだ。俺の目の黒いうちはコンビニ弁当なんて許さねえからな」


「でもだからって金を」


「いろいろ入用になるだろうが。ついでにいろいろと買ってきてやるからおとなしく金をよこせ」


「……それならいいんですけど」


 疑うようにジト目で睨みつけながらも、彼女は俺に銀行の通帳を手渡す。聞き分けの良いガキは好きだよ。


「鍵はそこにおいておきますが、……お願いだから変なことしないでくださいよ?」


「わかってるわかってる。全部俺に任せておけ」


「それじゃあ……行ってきます」


「はいはい、いってらっしゃい」


 適当に彼女を学校に送り出した俺はニヤリと笑う。これからは俺の時間だ。


 とりあえず俺の分の日用品や食事関連は買い揃えよう。せっかく俺は暇なのだし、これからは何でもできる。ああ、そうなるとパソコンが欲しいな。予算にもよるけれどゲームが動くくらいのが欲しい。あとは……


 ふと、ペラリと通帳をめくる。


「おいおいおい、まじかよまじかよ」


 そこに刻まれていた額は、中学生の年頃の娘が持つには過剰すぎるほど大きかった。いや、これは中学生だなんて年齢は関係ない。個人で持つには明らかに異常な程の額がそこには収められていた。


「家でも建てたいのか?とてつもなく禁欲家だとか?」


 そんなバカなことを考えながら、俺は服を着替える。ラインの出ないズボンに無地のTシャツ、そして何故かクローゼットの中に押し込められていた男物のキャップ。服のサイズはさすが瓜二つな体なだけあってピッタリである。そして帽子。これがあるおかげで、俺はかわいらしい顔を隠して性別その他もろもろをごまかすことができる。見たこともない帽子の持ち主と、それを大事に保管していた彼女に感謝である。


「そんなこたどうでもいい。どうせ彼女が金庫の肥やしにしてた金なんだ。ばんばん使ってやろうじゃないか」


 ああ夢が膨らむ。まるで「宝くじがあたったら」なんて空想が現実になったかのようだ。


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