さんじゅうろっけい
公園にのっそりと歩いて入ってきたバケモノは、まず俺を見る。そして俺のすぐ側の少女を舐め回すように見たあと、次は俺のなくなった左腕の部分をじっくりと眺める。
バケモノの顔が、器用にもニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
まずいまずいまずいって。まて、とにかく落ち着くところからだ。クールになるんだ、俺。敵はたかが一人、それに比べてこっちは二人だ。
「おいそこの謎の少女X、ここは一つ共闘と行こうじゃないか?」
「私のせいで私のせいで私の――」
「あー、うん。俺コレしってる。ダメなやつだ」
俺にできることは、もう何もない。できればこの手段はとっときたかったんだがな。いやしっかし、俺の尊敬する人物もやった手法だ。やるっきゃねえ。
「ふふふ、バケモノめ。そう余裕ぶっこいてると死ぬぜ」
俺は立ち上がって右手を握りしめる。バケモノは何言ってるんだこいつ、という顔でこっちを見た。
「俺にはこの技がある。こいつを出さざるをえなくなったのは……残念だが、まあ誇ってもいいぞ」
俺は地面にしゃがみこみ、右手を地面につく。そして前傾姿勢をとり、足を軽く伸ばす。
そう、いわゆるクラウチングスタートの姿勢だ。
「ははは、見ているだけでいいのか。……遅いな!」
俺は全速力でスタートを切る。足のバネを活かしたスタートは、俺を一気にトップスピードまでおしあげてくれる。
「……ガゥ?」
そう、俺は、バケモノから全速力で逃亡した。置いていった少女?知らん!もともとは俺を襲ってきたやつだ。俺より頭のいい人も言ってた!なんとかかんとか逃げるになんとか!やべえ忘れた!
「あばよバケモノ!あの世で会おう!」
俺は一目散に公園から出ていく。そして近くのたまたま鍵の空いてた家に潜り込んで、俺はとりあえず一息をついた。
さあ、作戦開始だ。
=*=*=*=*=
少女の方へと向きなおったバケモノは、仕方がないと言わんばかりに大きくあくびをする。少女は心ここにあらずで、バケモノに注意を向けていない。
「なんで……人間じゃないのにバケモノでもないなんて、知らない知らない。私は、私は」
「グルルルル」
バケモノには、この魔法少女の心内がわからぬ。しかし、自分の使命はしっかりと認識していた。
襲い、破壊し、そして喰らう
それこそがバケモノの存在意義であり、彼を動かすチカラであった。
バケモノは一歩一歩と少女へと近づく。少女が動く様子はない。ただブツブツと言葉を話すのみで、動く気配はない。
しめた、とバケモノは口角を上げる。人間を喰うと元気になるのだから、魔法少女を喰えばもっと元気になるのでは、なんて考えが頭をよぎっていた。
バケモノが少女に手を伸ばす。
グチャリ
しかし触れる前に、後頭部になにか変な感触がした。手でなぞってみれば、それは殻と中身である。一般的な、にわとりの、卵が、後頭部に当たっていた。
「どうだ、俺の魂の叫びスペシャル~食べ物の恨みを載せて~の味は?」
そこには、一人の少女が立っていた。
バケモノには、大好物がまた戻ってきてくれたようにしか見えなかった。
「ほらほら、どうだ?旨いだろ?このメーカーの卵はなぁ!高くて俺には手が出せなかった高級なやつなんだ。裏世界じゃなきゃふっわふわのオムライスにしてやってたところなのになぁ」
バケモノはその大きな図体を、より早く動くために4足歩行へと進化させる。
「えっちょっ、聞いてないんだけど?」
「オマエウマソウ。オレサマオマエマルカジリ」
「言語機能まで進化しやがった!まずいって!さすがにそれはやばいって!」
飛びかかるように走りだしたバケモノから、その荒い口調の少女は逃げる。その立派な逃げ足は、なぜかしらないが進化したバケモノすらも圧倒していた。しかし、一向に反撃の手にはでない。
「反撃する手段が俺にあるわけねぇだろ!ったく誰でもいい!早く助けてくれ!!!」
「私のお兄さんに何をしてるんですか?」
それは上からやってきた。音もなく。ただし着地の衝撃でバケモノの右腕を破壊しながら。
「オマエ、ナニモノ」
「はぁ、喋るバケモノですか。神の使いさんも不在ですし面倒ですね」
そういいながら、上から落ちてきた魔法少女は拳を構える。
「とりあえず、なぐります。少し漏らしかけてるお兄さんの分も」
「いや、それは言わんで良い」
「冗談のつもりだったんですが……」
「ならなおさら言わんでいい!」
「帰ったらお風呂が先ですね……」
顔を真っ赤にしながら声を荒げる少女と、反転したかのような、でも顔のパーツ自体は同じのような少女がその場にはいた。
バケモノは混乱した。
「グルルァ!」
「うるさいですね」
魔法少女の渾身グーパンチ。バケモノの左半身は吹き飛んだ。
「あれ、意外と脆い……?」
敵を排除。ワンショットキル。
「うーん、よくわからないけどもう一発うっておきましょう」
バケモノは消し飛んだ。
「終わりました。大丈夫ですか、お兄さん?」
「た、助かった……」
「間に合ったようでなによりです」
正義の魔法少女はにっこりと笑う。
「それで、お兄さんの腕をそんなふうにしたのはどこの誰ですか?」
あっコレやべえかも、という顔をしながら、逃げ回っていた方の少女はタラリと汗を流した。




