魔法少女マシマシ
「ただいま……です」
「おかえり。晩飯できてるぞ」
「あっはい。すぐに着替えてきますね」
魔法少女の様子がおかしい。そう思ったのは俺の勘違いではなかった。
「バケモノが勝手に倒されてる?」
「はい。気配を察知して現場に急行しても、もうバケモノが倒されたあとなんです」
「そりゃ……いいことじゃないのか?」
【ところがどっこい、そういうわけにもいかないのさ】
神の使い野郎も気を揉んでいるようで、額を手で抑えていた。
「他の魔法少女って線はないのか?神だっていっぱいいるんだし、お前のしらない神の使いがいるとか」
【それはすでに調査済みさ。確かに、この世の中には魔法少女がたくさんいる。だからこそ管理もお役所のようにしているんだ】
「お前が仕事に追われてるのはそれか」
【半分くらいはね】
「しかし魔法少女がたくさんか……。ほんとに俺が生きてた世界かよ」
「一般人には絶対にばれないように動いてますからね。基本的には目撃したが最後、ですから」
「俺が特例ってことか」
そう考えると俺は運がいいんだか悪いんだか。まあ仕事を辞めて主婦もどきをやりながら十分な金があるんだから、幸運だったってことにしよう。
「そんで、その魔法少女はどんなやつかもわからないのか?」
【うーん、一言で表すならば……破壊型かな】
「破壊?そりゃまた物騒だな」
【拳ですべて穿つよりかは魔法っぽい気もするけれどね】
「ははっ、一理ある」
「ちょっと神の使いさん!お兄さんも」
「まあまあ落ち着け魔法少女。んで、どうしてそんなに気を揉んでいるんだ?べつにバケモノを倒すのは悪いことではないだろ」
【無許可で倒しているのが問題なのさ。おかげでここ数日、僕は書類や会議に追われっぱなしだよ】
「かわいそうに……ビールでも飲むか?」
仕事が多くなったとかその謎の魔法少女は許せんやつだな。
【気遣いはうれしいけれど遠慮しておくよ。このあとも書類が残ってるからね】
「……あとでコーヒーでも買ってきてやるよ」
なんともかわいそうな神の使いがいたもんである。
「神の使いがこうなってる理由はわかった。んでおまえの方はどうしてそんな腑に落ちないって表情をしてるんだ?」
魔法少女はただ疲れているといった表情でなく、そういった心に引っかかるなにかがありそうな顔をしている。
「それが……」
魔法少女は一通の手紙を取り出す。
「中身、みてもいいか?」
コクリと頷いたのを確認して、俺はその手紙を開く。
「こりゃまた、随分やべえのが出てきたな」
その内容は、脅迫文のようなものであった。魔法少女の変身後の姿と、それから氏名住所電話番号。SNSのIDなんかも書かれている。というか君SNSなんか使ってるのね。おじさんてっきりそういうのには疎いのかと思ってたよ。
「これらを学校で公開するねぇ」
「私自身は別に良いのですが……、先生方にはいらぬ心配をかけてしまいますし」
いやいや、少しは自分のことも気にしろよ。明らかに異常なまでの個人特定だ。内容が内容でなければ、警察にお世話になるレベルである。
【問題は、その写真と個人情報なんだ】
「べつにカメラで撮ればいいだろ。個人情報だっていろいろと手に入れる手段はあるだろうし」
【はぁ。君は僕が言ったことも忘れたのかい?】
自称神の使いは大きくため息をついた。
【裏の世界で起きたことを現実に持ってこれるのは魔法少女だけさ。ジャスティーヌの裏の世界での姿を撮って、表で手紙にして送ってきたということは】
「別の魔法少女が犯人ってことか」
【もしくはそれに準ずる何かだね。そういう存在がいるとは信じたくもないけれど】
まあそりゃそうか。こいつが知らないということは、神の意思の外にあるということだ。
「とりあえず事情はわかった。わかった上で聞くんだが――」
そう、俺にとってはこれが重要である。
「――俺にできることはあるか?」
「ないですね」
【ないね】
「うん、いや、わかっていたけれども」
なんだか仲間はずれにされている気分になった。
=*=*=*=*=
「ジャスティーヌ……正義ねぇ」
少女はバケモノを足で踏みながら写真をパシャリと撮る。バケモノは動かない。それは当たり前で、上半身が木っ端微塵に吹き飛んでいればたとえ裏世界といえど生物は生きれないのである。
「なんでこんな生ぬるいの?もっと壊しつくせばいいのに。ねえそうは思わない?神の使いさん」
【こんなものですよ、魔法少女なんて。むしろあなたが適合しすぎです】
「褒めてもなにも出ないわ」
【出してもらおうとは思ってませんよ】
ふよふよと浮かぶ猫のぬいぐるみを横目でみながら、少女はバケモノを踏み潰す。
力のはいっていないように見えたが、バケモノに足裏が触れた瞬間、その残骸は跡形もなく破壊しつくされた。
「後片付け、よろしくね。私はあっちでお茶でも飲んでるわ」
【任せてください】
少女はホコリをはらうように服を触る。光が集い、霧散する。そこには、隣町のお嬢様学校の制服を身にまとった少女がいた。
「魔法少女って大変ね。なにかあったかいものが飲みたい気分なんだけど」
キョロキョロと自販機を探せば、公園の端にあるのを見つける。
迷いなく進んでいた歩みが次第に遅くなり、自販機より数メートル手前で止まる。
「あら?」
少女はスマホを取り出し、件の魔法少女の写真を表示する。
「へぇ、随分と似てるわね」
そこには……
「やっぱ缶コーヒーは微糖だよなぁ」
魔法少女とそっくりの顔を持つ少女が、温かいコーヒー缶で手を温めている姿があった。
「熱い缶ってこうシャカシャカ振ると……アツっっ!」
(なにやってるのかしらあの子)




