エリス・ネルソンという女性
※注意。ハッピーエンドにはなりません。
またしても思い付きですみません。
恋愛ジャンルかヒューマンドラマジャンルか迷っているのでジャンル変更があるかもしれないです。
それはおそらく寝耳に水の婚約だったはず。彼にとって。
今年25歳を迎えた彼には3年前まで最愛の女性がいて結婚寸前だったそうだ。ーー王命で婚約を取り止められなければ。相思相愛だった2人は身分的にも問題は無かった。
彼……リヴァイス・レード公爵令息(嫡男)と彼女……我が国唯一の王女殿下・フェリシア様は幼馴染みで幼い頃からの婚約者。そして相思相愛。美男美女で誰からもお似合いだと言われていた。フェリシア様がリヴァイス様の元に降嫁する事になっていてフェリシア様が18歳になられた3年前に盛大な結婚式を挙げる予定だった。国王も国民も国中が2人の恋を応援してまるで物語のようだった。
その予定が狂ったのは我が国を襲った天災だった。何年かに一度起こる水害。我が国を流れる川は氾濫しやすく度々水害で食物が収穫前に駄目になる事が有るが、今回は城の備蓄を上回る被害に遭ってしまい、急遽隣国に要請を出した。隣国は快く備蓄品の食料を提供してくれたのだが、その隣国からの使者として王太子殿下がやって来た。その王太子殿下の腹心の側近の1人は婚約者も恋人も居らず仕事が恋人のような男だったのだが。
その仕事人間が美姫と名高いフェリシア様を見初めてしまったのである。常日頃より誰でも良いからこの女性が良いと思えたなら結婚するよう言っていた王太子殿下に、この側近が話を持ち込んだのが発端であった。隣国の王太子殿下は既に正妃と結婚しているが互いに政略結婚。2人の間に王子が1人生まれたら王太子殿下はさっさと愛妾を侍らせた。それも3人もだ。その愛妾のうちの1人がこの側近の妹という事もあって、尚更王太子殿下は側近に目をかけていたらしい。
そんなわけで女っけの無かった側近が見初めた王女を何が何でも側近の妻にしたい王太子殿下が、この緊急時に提供した食料と引き換えにフェリシア様を所望したのである。当然、国王陛下も宰相以下重鎮達も断った。王女は既に婚約者が居てもうすぐ結婚するのだ、と。
でも隣国の王太子殿下は諦めることなく。フェリシア様は自分の幸せな結婚よりも国民の命の方が大事だ、とその条件を飲むことにした。
……そんなわけで結婚寸前だった最愛の婚約者を失って虚ろになってしまったままのリヴァイス様は死人寸前ながら愛した女性が気にかけていた国民のために仕事だけは全うしている。その他は生きながら死んでいるように感情の無い男になってしまわれた。
それでも結婚していない男は信用されないと見做される(結婚して初めて一人前と思われる)ため、公爵位を継ぐためにも結婚はしなくてはならない。そんなわけで貧乏子爵家の令嬢で持参金も無ければ嫁き遅れという年齢(21歳)に差し掛かった私に白羽の矢が立ってしまった。要するに金と引き換えに婚家に尽くす事を望まれた妻である。
それが私ーーエリス・ネルソン子爵令嬢のことでした。
何故子爵家の者が? とは思われる方もおりましたが単純に高位貴族の令嬢は婚約者が居るのが殆どで、おまけにいくら公爵令息とはいえ王女殿下と婚約していたリヴァイス様の妻なんて政略的に婚約解消してまでなりたいものではなかったのでしょう。当然です。美男美女で相思相愛だった王女殿下の代わりに自分が隣に立つ。普通ならば無理だと思います。余程自分に自信がない限り。
そんなわけで子爵家まで身分を落とされても結婚を急がれたのはそろそろ家督を継がせたい、と先代様……つまりお義父様が思われたからに他なりません。そんなわけで虚ろな目をした旦那様は嫌々ながら私と結婚されました。
私も別に自信は有りません。顔は平凡。色合いは国民の大半と同じ茶色の髪に茶色い目で特徴は有りませんし。身体も出る所など殆ど無いお子様体型ですし。せめて身体が妖艶とか王女殿下程とはいかなくても美人の部類に入るとか色気が醸し出されているとか何か有れば良かったのですが、見事に無いです。しかも貧乏。……ホントなんでウチに白羽の矢が立ったのでしょう?
ちなみに私はこの縁談を受けて初めてお会いしたのが結婚式でした。まぁ政略結婚なんてそんなものです。昔からの婚約者でも無い限りは。旦那様は誓いのキスすら嫌そうでそれは無しになりました。文句などありません。言いようが無いのですから。結婚なんて出来ないと思っていた私に押し付けられたとはいえどなたかの後妻でもなくそれも良い身分の正妻です。文句を言えばバチが当たります。
おまけに借金は無いものの貧乏だったウチに公爵令息の妻という立場になる関係上、その妻の実家があまりにも見栄えが悪いのは良くないと援助までして下さるのです。これで文句など言えるわけがありません。
亡きお母様も天国から喜んでくれていると良いのですが。お父様とお兄様は複雑な表情でしたからせめて亡きお母様くらい喜んで下さると良いのですけれど。もちろんと言うべきかなんと言うべきか。初夜はありませんでした。
「君を抱く気はない」
これが本日初めて会った私が聞いた旦那様のお声でした。ですので私は
「かしこまりました。ただ私はご存知のように子爵家で育ったものですから上位貴族のマナー等何一つ知りません。教えて頂く事は可能でしょうか?」
「……家庭教師と家の事は執事と侍女長に聞け」
「はい。それから旦那様もご存知のように私は公爵家に尽くす事が前提でございます。それは子はともかくとして公爵夫人としての意味も有りましょう。ですので1日に10分でも構いません。その日に会った事を教えて下さいませんか? 場合によっては公爵夫人として知っておかねばならない事もありますから」
「……良かろう。では休むといい」
「はい、おやすみなさいませ」
こうして私は旦那様と1日に10分程度でも会話するという目標が出来ました。翌日には執事と侍女長に挨拶をし、同時に旦那様がその気になるまでは閨は共にしない事も宣言しておく。旦那様のご両親にも内密にしておくようにお願いした。2人共微妙な表情になっているのは、“私”が妻である事が嫌なのか閨の話をされたからなのか。どちらにしても私は私のやる事をする以外無かった。
最初のうちは使用人達はよそよそしくて距離があったけれど、私が偉ぶっていない所為なのか分からない事を素直に聞こうとするからなのか他に要因があるのか。段々と打ち解けられた。
旦那様との関係は3ヶ月は10分で会話が終了していたが半年を迎える頃は30分くらいにまで延びた。その間に公爵夫人としてお茶会に夜会へ頻繁に出て行き陰口を叩かれながらも女性には女性の戦いや情報があって仕入れた情報を旦那様に提供していたら少しだけ認めてもらえたらしかった。
……それは良いのだけど。旦那様、少し働き過ぎではないかしら? 新婚休暇ももらっていなかったしこの半年で休みって6日だけ。つまり月に一度のみ。その休みは只管に寝ているみたい。これでは身体に良くないと思うわ。執事と侍女長に相談すれば2人共「「奥様の仰る通りなのです!」」と同意してくれた。ちなみに2人以下使用人達は1ヶ月くらい経ってからはずっと「奥様」と呼んでくれている。
有り難い事だわ。だって本来ならこのレード公爵家の奥様はフェリシア様だったのだもの。幼馴染みの婚約者だから使用人達もフェリシア様をご存知だったようで、さすがに私の前では言わないけれど最初の頃はコソコソと「王女殿下が奥様だったはずなのにたかが子爵令嬢が奥様なんて、旦那様が可哀想」と言われていた事は知っている。まぁ当然の事なので何も言わずに私は私の出来る事をやっていたらいつの間にか「奥様」と呼んでもらっていた。本当に有り難い事。
ちなみに夜会は夫婦同伴が基本のものはきちんとエスコートをしてもらえるけれど、旦那様はエスコートのみ。ダンスすらありません。まぁ貧乏子爵令嬢出身の私にダンスなんて無理でしたから良かったと思うべきでしょう。
後は旦那様は挨拶回りで私を必要最低限に紹介してくれた。紹介されない事を危惧していたから最低限でも有り難いわ。そこから交友を広げるのは私自身の戦いです。私は公爵の妻。足を引っ張られないようにしないと旦那様に恥をかかせてしまいます。
有り難い事に私を伴う夜会にはきちんとドレスや装飾品を贈って下さいますから公爵夫人としての面目は成り立ってます。有り難いわ。そうして私は社交界を牽引する同じ公爵家の……けれど格は向こうが上の……夫人に気に入ってもらえて徐々に社交界の貴婦人達から認めてもらえるようになりました。そうなると聞こえてくるのは旦那様が働き過ぎる程働いていること。
そういった事もあって私は旦那様に
「旦那様、働き過ぎでは有りませんか? 少しは休まないと倒れてしまいますわ」
と訴えました。同時に執事と侍女長も私を援護して「食欲が減っている」だの「痩せた」だのと言います。どうやら上司である宰相補佐役(旦那様は宰相補佐役の補佐です)からも休めと言われていたそうで3日休む事にしたそうです。
公爵家の当主としての仕事に宰相補佐役の補佐をしているだけあってとてもお忙しい旦那様。屋敷には寝に帰って来ているようでした。3日あるなら、と私は3日間全ての朝食を共にする事を提案しました。旦那様は嫌そうな表情をしながらも3日だけの辛抱だと思われたのか頷かれました。
それなら……と私は久しぶりにパンを作る事にしました。只のパンではなく中にウィンナーやスモークサーモンやレタス等を入れたサンドウィッチも作りました。何も入っていないパンは朝食用。入っている方は昼食用です。
初日は会話をしながら朝食を食べて午前中の私は刺繍をして過ごしました。午後からは公爵夫人としての務めの一つである孤児院への訪問です。お昼は書斎で本を読み耽っている旦那様と共に食べようとは思っていなかったので、執事にお願いして書斎にサンドウィッチを持って行ってもらいました。私はお天気が良いので庭に面したサロンで頂きます。
本当は食堂じゃないと公爵夫人としてはまずいのですけど。(マナーの教師に見つかったら嫌味を言われるレベルです)でも執事を筆頭に使用人達は苦笑して許してくれるようになりました。皆にも食べてもらえるようにサンドウィッチは沢山作りましたから食べてもらえていると良いんですけどね。
その後予定通り午後からは孤児院を訪れて子ども達と遊びながらチェックです。衣服が変に汚れていないか? とか、虐待の痕はないか? とか。家庭教師のお陰で計算も出来るようになり執事のお陰で帳簿も見られるようになりましたから孤児院の運営におかしな所が無いか帳簿チェックも出来るようになりました。とはいえ、誤魔化しがあると困りますから抜き打ちチェックも必要ですけどね。
これは信頼とは別の話です。
信頼しているから何もチェックせずに「良いよ、好きなように」というのは無責任な事、と家庭教師から教わりました。確かにその通りです。そんなわけで夫人として少しずつ少しずつ公爵家の仕事も覚えていったら執事から更に信頼してもらえるようになりました。とても有り難い事です。
さて、その日の夕食は旦那様が休みだからか珍しくご一緒しました。と言っても会話は何も無かったですけど。それでも少しだけ前進したのではないでしょうか。その翌日。旦那様お休みの2日目は朝から物凄くいいお天気で洗濯日和です。使用人達と一緒に洗濯した後で暇になってしまったので私は執事に思い付いた事を話しました。執事も笑顔で頷いてくれましたから早速行動開始です。
「旦那様」
「なんだ」
「天気が良いので少し出かけませんか?」
「不要だ」
「そう仰らずに。執事が心配していましたわ。体力が落ちないか、と」
古参の使用人が心配している、と言えば旦那様は渋々自室から出ていらして。嫌々着替えられた後に「どこへ行く」と。私は笑って御者に行き先は告げてあります、とさっさと馬車へ乗り込みました。旦那様も仕方なしに馬車に乗られて。私は窓から見える景色の綺麗さを旦那様に伝えますが旦那様は無言です。でも私はそんな事を気にしていられません。到着したのは王都の郊外にあるちょっとした森です。木々の中を歩くと心が落ち着くと聞きますから森の中の散歩を執事に提案したのです。
旦那様にエスコートをしてもらうなんて思ってもいませんし旦那様もそのつもりもないのは分かっています。
だから「好きなように歩きましょう」と笑って旦那様を促しました。渋々と頷いた旦那様に先に行ってもらい、ついてきてくれた侍女達にお昼の準備をお願いしておきます。お昼を食べ終えたら帰宅するつもりである事も伝えておきました。
侍女達は私に「奥様ありがとうございます」とか「旦那様を外に連れて来て下さって」とか口々に言いながら準備はお任せを、と張り切ってくれました。私はそれに微笑んでから森の中に入りゆっくりと深呼吸をして歩きます。
少し先に旦那様が見えました。お顔を確認出来ない距離ですが立ち止まって木々を見上げているのは分かりました。私は邪魔をしないようにそっと方向を変えて散策を続けます。
お腹は空かないけれど喉が渇いた頃に戻りますと、旦那様は既にお茶を呑んでいたようでした。私は何も言わずに注がれたお茶を呑みます。ゆったりとした時間にホッと息をつきました。その後ゆっくりとお昼を食べて帰宅。
旦那様はそのまま書斎に、私は自室で刺繍をして過ごしました。夕食は前日と同じで旦那様と一緒に。そして翌日。旦那様お休み3日目は朝から雨でしたので旦那様を無理に起こす事はしませんでした。旦那様が起きたら朝食にする事は事前に執事に告げてありますから私は自室でゆっくりと雨空を見ていました。
「こんな雨の日は思い出しますね……」
シトシトと降る雨の日の朝、お母様は息を引き取りました。旦那様の休暇が終わる今日から3日後がお母様の命日です。旦那様に実家に顔を出す許可を得ておきましょうか。そんな事を考えていたら侍女が呼びに来ましたので私は旦那様と朝食のために食堂へ向かいました。
「旦那様」
「なんだ」
「その3日後なのですが実家に顔を出しても良いでしょうか」
「そんな事くらい一々許可を取らんで構わん。好きにしろ」
「ありがとうございます」
旦那様はチラとも私を見ずにそれだけ言って食事を終わらせるとさっさと食堂を後にしました。書斎か執務室か自室でしょう。取り敢えず旦那様から許可は出ましたし、今日は最後のお休みです。ゆっくりして頂きましょう。
私は朝食後に執事と侍女長を呼んで「3日後はお母様の命日なので実家に帰ってからお墓参りに行ってきます」と告げた。執事が「旦那様にも仰って共に」と言うので私は首を振りました。
「旦那様は今もフェリシア王女殿下を愛しておられるのですから、お飾りの妻である私の母の墓参りにわざわざ仕事を休んで頂く必要がありません。……いつか旦那様が私を本当の妻として見て下さった時には共に行きたいですが」
と告げれば執事も侍女長も悲しそうな表情で「分かりました」と頷いてくれました。あなた達のその気持ちだけで充分です。そう思いながら私は「あ」と思い出しました。貧乏暇なしとは良く言ったもので下町の針子仕事もしていた私は刺繍は大得意です。
公爵夫人が針子として働けないので刺繍を嗜むだけでしたが、空き時間に刺繍を沢山していました。それを思い出したのです。自室から刺繍したハンカチを持って来て執事と侍女長に伝えました。
「皆の名前を刺繍したハンカチです。大したものでなくてすみませんが、日頃のお礼だと思って下さいな。それからこちらは旦那様の分です」
「旦那様の分まで」
受け取った2人は嬉しそうにしていますが、旦那様の分と言った途端に微妙な表情に。不味かったでしょうか。
「ええ。嫁き遅れと言われていた私を正妻にお迎えして下さったのですから。どなたかの後添えも覚悟していました。もしくは修道院へ行こうかとも。ですから感謝を込めて。……こんな物で感謝を表すのもどうなんだろうとは思いますが」
「「いえいえ。そんなことはありませんよ」」
と2人が言ってくれたので旦那様へのハンカチも託しました。受け取るか受け取らないかは旦那様次第ですが。……こうして旦那様の休暇が終わりまた日常に戻りました。
そうして1年が過ぎた頃には旦那様の目が虚ろでは無くなりました。ホッとしました。その事に執事と侍女長に感謝された私は2人にだけ打ち明ける事にしました。
「私にも経験がありますから」
そう言って切り出した私の話。2人は静かに聞いてやがて「「そうでしたか」」と頷いてくれました。あの経験が有ったからこそ旦那様のお気持ちが解るのかもしれません。
そうして旦那様との距離はそれ以上縮まる事は無かったですが、さりとて結婚当初程顔を合わせないわけではなく。穏やかに日々が過ぎて行き……閨を共にする事がないまま2年の月日が過ぎていました。
この時点で何度か旦那様のご両親……前公爵夫妻と顔を合わせて「孫はまだか」と尋ねられましたが。それ以外は何とか嫁として合格ラインのようです。社交界も変わらずに積極的に関わりまして今では旦那様の“妻”として認められつつありました。
そんな時でした。
「フェリシア王女殿下が離縁されて帰国する事になった」
という噂が駆け巡ったのは……。その噂が出る少し前から旦那様は心此処に在らずで常にソワソワしっぱなし。私との毎日10分程度(今では30分以上)の顔合わせもパッタリと無くなっていましたが、その理由がコレか、と納得致しました。公爵家の使用人達は物凄い微妙な表情で執事1人だけが冷静でした。
「我が公爵家の奥様はエリス様です」
ある日執事にそう言われて驚きました。でもとても真剣だったので心の底から「ありがとう」と笑ってお礼を述べました。でもそれがもしかしたら何かの前触れだったのかもしれません。
突如私は王家から内々に呼び出されました。
フェリシア王女殿下が離縁されて帰国した、という噂が確定して本当に帰国されてから1週間経っていました。旦那様は当然城に出仕していますが、最近の私は旦那様と朝食を共に摂る事や夕食を共に摂る事も拒否され、1日10分程度の会話という約束もすっぽかされたままですから何故呼び出されるのかもさっぱり分からないまま。
しかし王家から呼び出されて断れるわけがありません。執事と侍女長はどこか不安そうな表情でしたので帰って来たら呼び出しの内容を話す事を条件に侍女と共に城に向かいました。そこで私は今まで遠くから見ていたフェリシア王女殿下を許される範囲で間近で見る事になりました。やはりとても美しい方です。そのフェリシア王女殿下が自室から人払いをされた後で(本当に護衛も侍女も下げました)
「これは命令です。今すぐリヴァイスと離婚しなさい。彼は私の恋人で婚約者です」
と命じられました。……そういう要件か。私は少しだけ俯いてから「恐れながら発言の許可を」求めて許されましたので、本音を話す事にしました。
「恐れながら、私は旦那様をお慕いしていませんが尊敬はしています。その旦那様とフェリシア殿下の命令で離婚しましたならフェリシア殿下も旦那様も醜聞になってしまいます。ですので1年お待ち下さいませんか?」
「1年? 何故。未練か?」
「いいえ。私と旦那様はこの2年、恥ずかしながら閨を共にしておりません。後1年経てば子が産めぬ女だと私の瑕疵で離婚出来ましょう。それならば殿下にも旦那様にも醜聞にはなりますまい。旦那様も殿下が帰国されるという噂の前後から私とは一切顔を合わせておりません。益々閨は共にする事がないでしょう。それでどうでしょうか」
「ふむ。それは良い。私もリヴァイスも醜聞にはならぬ。良かろう。では1年後、必ず離婚せよ」
「御意」
こうして私と殿下は秘密裏に約束を取り付け(密かに手紙のやり取りをしようが逢引しようが知らぬ存ぜぬを貫く事も約束して)帰宅しました。早々に不安そうな執事と侍女長だけに真実を告げます。
「そんな! 奥様は既にこのレード公爵家の奥様です!」
侍女長が悲鳴じみた声をあげる。
「でもね、私と旦那様は白い結婚。それはあなた達も知っているはず。おまけに殿下が帰国されるという噂の頃から旦那様と私はパッタリとお会いしていないのよ? これでは離婚するのも時間の問題。旦那様は確実にフェリシア殿下が帰国した事で頭が一杯でしょう。でもそのうちふと我に返って私という存在を思い出される。となれば直ぐに離婚を持ち出されるわ」
2人は顔を青ざめさせたまま。
「だから殿下にお伝えしたの。このまま後1年経てば私は子が産めぬ女として殿下も旦那様も何の醜聞もなく離婚出来る、と」
「奥様!」
今度は執事が悲痛な声です。
「私は精一杯歩み寄って尽くしたつもりだったけれど、旦那様とは結局どこかよそよそしいまま。閨も共にせず私も旦那様もお互いに思い合う事が無い。これでは離婚した方が互いのためよ。私は旦那様をお慕いしていないけれど尊敬はしています。その旦那様に醜聞は避けてあげたい。
それが私の最後の務めでしょう。それに、思い合うお二人が今度こそ結ばれるのであれば、それはとても羨ましくて喜ばしい事だわ。私はダメだったけれど、旦那様は真に思い合う相手と結ばれる。とても幸せになれるんじゃないかしら」
私が微笑めば2人はハッとした顔になりました。以前話した私の過去を思い出したのでしょう。2人は渋々と……本当に渋々と頷いて「どうか最後までよろしくね」と言う私の言葉を受け入れてくれた。
「奥様はその後どうなさるのです?」
少し掠れた声で侍女長に尋ねられた。
「後を継いだお兄様とお義姉様には申し訳ないのだけど暫く実家に厄介になるわ。ーー父が弱っているみたいで。公爵家からの援助金で薬を飲んでいるけれど良くないみたい」
執事も侍女長も私が時々実家に帰っている意味を悟ったようでした。目を見開いて「旦那様に」と言う執事に首を振る。こんなに会わないのに何を言うのだろう、と思う。2人は悲しげに顔を俯かせてただ「かしこまりました」と受け入れてくれた。
その後、1ヶ月経った頃に旦那様から離婚を持ち出されましたが私が殿下に説明したように説明すれば「あと1年、我慢してやる」と仰って受け入れて下さいました。ご自分にも殿下にも醜聞が付きにくいのならそちらの方が良いと判断されたようです。
ーーそうして1年が経ち、旦那様と結婚してから3年の結婚記念日である今日、私ことエリス・ネルソンとリヴァイス・レード公爵閣下は「子を産めぬ女」である私の瑕疵で離婚しました。
後半リヴァイス視点。
女性が酷い目に遭ったという表現あり。
後半は1時間後の25日午後10時に予約してあります。