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偵察ユニットは、ゴルフボールほどの大きさの球形ロボットで、全周型のカメラを備え、空中を浮遊して映像を司令室に送る。
決して見つかり易い物じゃないけれど、仮にヒーローの目に留まったら近くに秘密基地があると即座にばれてしまう。
僕は内心ドキドキしながら、基地外へ偵察ユニットを放出する。
そして僕とカラミティ・クィーンが見守る中、司令室のモニターに映し出された光景は、想像を絶する物だった。
基本的に秘密基地をつくろうでは、秘密基地は地下に造られる。
何でも特定の条件を満たせば空を飛ぶ浮遊要塞なんかも造れるらしいけれど、大抵は目立つから早期に破壊されてしまう。
浮遊要塞は防御力も高く、侵入は困難とされるのだけれど、数の暴力には敵わない。
なので所謂ロマン枠と言う奴だ。
まぁさて置き、出入りは転送システムを使う事が殆どだが、侵入される為の経路と言う意味で地上には出入り口が存在し、目立たぬ様にカムフラージュが施されていた。
カムフラージュの内容は、都市部なら雑居ビルだったり、田舎なら小学校の体育館や、近くの滝壺の裏とか、山地なら岩場に偽装されてるし、水辺なら砂浜がスライドして出入り口が開く。
今回の秘密基地は都市部に造られているので、カムフラージュは雑居ビルだろうと思っていた僕だけれど、カメラに映された地上部分にずでんと在ったのは、どこの富豪が住んでいるのかと問いたくなる大豪邸。
しかもその造りは随分と古風で、まるで中世を思わせる物だ。
もうこの時点で嫌な予感はしていたのだけれど、僕は偵察ユニットの高度を上げて、もっと広い範囲を映させた。
その結果目の当たりにしたのは、立ち並ぶ古風な屋敷、道を行くのは車でなく馬車、区画は高い城壁に囲まれ、その向こうには大きな大きな石造りの城が在る。
城の周囲を観察すれば、警備する兵士は鈍色の鎧兜を身に纏い、自らの身長程もあるサイズの槍を手に持つ。
「ファンタジー世界かよ!」
僕は思わずそう突っ込んでしまう。
中世じゃなく、ファンタジー世界だと判断した理由は、城の敷地内に存在した大きな大きな厩舎の中に、翼を持った蜥蜴に似た生物が飼われていたからだ。
所謂あれだ。
ワイヴァーンって奴である。
あんな生物を飼ってるって事は、その背に乗って空を舞う、竜騎士が存在するのだろう。
これをファンタジーと言わずして何と言うのか。
ふと、ミズガルズオムワールド、グランドリア大陸、ミルクトセイラ国、王都ハラウオンと言う単語を思い出す。
そう言えば本部からの転送の時、そんな風に場所の表示がされていた。
つまりここは、ファンタジー世界をモチーフとした新サーバーなんだろうか?
僕は偵察を続けながら、そんな風に考える。
王都ハラウオンは、城を中心として広がる町で、まるで区画を分けるかの様に四重の防壁に囲まれている。
一つ目は王城を守る防壁で、二つ目が豪邸の立ち並ぶ区画、多分貴族街を守る防壁。
その外側、三つ目の防壁が守る区画には市民が暮らしており、その更に外、四つ目の防壁が守る区画に暮らすのは、少し貧しそうに見える民。
防壁の外にも町は広がっていて、そちらはスラムである様だった。
現実感に乏しいその光景に、僕は少し浮かれていたのかも知れない。
だってファンタジーである。
僕は父の影響で特撮が、まぁ決して嫌いじゃないと言うか寧ろ愛好しているが、他のジャンルにだって興味がない訳じゃない。
特にファンタジーに関しては、母の勧めで色々な作品を、漫画や小説を読んでいた。
そんな物語の中の世界が広がってるのだ。
興奮しない方が難しい。
尤も、フルダイヴ型のVRゲームにはファンタジー世界を題材にした物も多くあるから、それ等に良く触れてる人なら僕の反応は大分と大袈裟に見えるかも知れないけれども。
でも僕がそんな風に浮かれていたからだろうか。
その出来事は起きてしまった。
偵察と言うよりも、寧ろ好奇心を満たす為に僕は偵察ユニットを操作する。
三つ目の防壁に守られた、市民街を観察する為に偵察ユニットの高度を下げた僕。
興味があったのは、行き交う市民達が買い物をする品々だ。
けれども本当に僕は迂闊で、不意に買い物する母に連れられていた子供が、偵察ユニットを見付けてしまう。
珍しい虫だとでも思ったのか、偵察ユニットを捕まえようとして、母の手を離して駆け出す子供。
その次の瞬間、悲劇は起こった。
不運にも子供が飛び出した瞬間、道を通る豪奢な馬車がその子を轢いてしまったのだ。
馬車は止まり、悲鳴を上げて地に倒れた我が子を抱き起す母。
だが悲劇は終わっていない。
止まった馬車から降りて来たのは、貴族の護衛だろうか、腰に剣を吊った屈強な男。
馬車の窓からは、貴族と思わしき美しい少女がチラと顔を覗かせ、不快気に眉を顰めてる。
そして剣を抜いた男は、我が子を抱きしめて動かない母親を、バサリと切って捨てた。
さも当然の様に。
それから血の汚れをふき取ると、男は貴族の少女に向かって一礼して馬車に乗り込み、馬車は動き出して立ち去ってしまう。
市民達は不安げな表情をしていたけれど、やがてやって来た衛兵が母と子の骸を回収して去って行くと、再び何事も無かったかの様に買い物を始めた。
「……なん、なんだこれ?」
思わず僕は、そう言わずに居られなかった。
とても現実に起きた出来事だとは思えないが、だからってゲームの内容だとも思えない。
更に王都の様子を見続ける。
奴隷が売られていた。
肌の色が違う人種や、獣の様な耳を持った獣人。
彼等は一様にやつれて死んだ目をしていて、まるで骸の様だ。
スラムの人々は不衛生で、奴隷と同じかそれ以上にやつれてる。
でも目はギラギラと輝いていて、生き抜く意思に満ちていた。
飢えて路上で倒れた子供が、同じスラムの住人に運ばれて行く。
そしてそれは、決して埋葬する為じゃない。
吐き気がする。
モニターに映し出された人々が、僕には人間だとは思えなかった。
「随分と未開の地に飛ばされたようですね。これなら征服はし易いでしょうが、しかしこれは……」
僕と一緒にモニターを見ていたカラミティ・クィーンが、そう呟く。
そう、未開だ。
未開人、未開の野蛮人。
そんな風に言い表すと、しっくりと来た。
認めよう、これはゲームじゃない。
僕が二年もプレイして来た秘密基地をつくろうは、こんな悪趣味なゲームでは決してない。
運営、フェニックスプロジェクトも、こんな悪趣味な世界を創って悦に入る様な会社じゃないのだ。
「異世界転移……か」
母に勧められた小説の一部には、そんなジャンルの物もあった。
ここが異世界だとすれば、そりゃあ異世界には異世界の都合があり法があり、やり方がある。
僕にとっては悪趣味で野蛮な彼等の行いも、何かしかの意味はあるのだろう。
馬車を止めた市民に罰を下すのは、貴族の権威を保つ為。
奴隷を扱うのは、低コストな労働力を用いて国を富ます為。
スラムの住人の行いも、単純に生きる為だった。
それは多分当然の事なのだろう。
学校で学んだ歴史に、鉱山労働に子供を使って死なせた話があった。
身体の小さな子供は狭い坑道にも入れるからと、そうなったらしい。
その当時は、子供をそんな風に使い捨てにしてでも、鉱山資源を掘り出す必要があったそうだ。
けれども僕の価値観では、そんな事は受け入れられない。
異世界の都合や理なんて知った事か。
何せ僕は悪の組織の大首領だ。
法も体制も、僕にとっては敵である。
「征服しよう」
その言葉は自然と出て来た。
そう、征服だ。
この国を、世界を征服し、僕の価値観を押し付けよう。
彼等が未開であるのなら、力付くでその目を、智を、こじ開ける。
「クィーン、博士と技術者、怪人達を集めて。これより秘密結社スコルは征服活動を開始する。僕はこの世界の太陽を喰らう」
ノアがそうしようと思ったのか、僕がそうしようと思ったのか、それはわからない。
でも胸の中に、熱く何かが滾る。
「ノア様の御心のままに」
カラミティ・クィーンの言葉に、僕は頷く。
彼女の瞳には、隠し切れない興奮と喜びの光が宿ってた。