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「はい、カラミティ・クィーンでございます。ノア様、如何なさいましたか?」
メリハリのきいた褐色の身体に露出度の高い衣装を纏った、長い銀色の髪の美女。
その見た目は間違いなく、秘密結社スコルに属する上級怪人、カラミティ・クィーン。
僕が彼女を見間違える筈はなかった。
でも今朝目覚めてから何度こう思っただろうか?
こんな事はあり得ない。
直接操作ではないNPCとしてのヒーローや怪人は設定されていない台詞は喋れないのだ。
ましてや自分から僕の為に朝食を運んで来る?
そんなAIは組んでないし、どうやって組めば良いのかもわからない。
なのに本当にこれが一番おかしいのだけれど、カラミティ・クィーンが喋って食事を運んで来る事を、当然だと感じてる僕が居た。
「いや、何でもない。ありがとう」
僕は内心の動揺を抑え、足を踏み鳴らす。
するとやはり床が割れ、机がせり上がって来た。
……今まではあまり気にして来なかったが、食事を取るとなると床から出て来た机ってあんまり衛生的じゃない。
下らない事に意識が行くと、少し気が楽になる。
カラミティ・クィーンが運んできたプレートには、トーストにバター、ハムエッグにレタスのサラダ、良く焼かれたウィンナーソーセージまで付いていた。
飲み物は、コーヒーではなくオレンジジュース。
あぁ、そう言えば二年前は、まだコーヒーが飲めなかったのだ。
それに今は朝食はご飯派に戻ったが、反抗期の頃は家族と同じ朝食が嫌で、自分でトーストを焼いて食べてたっけ。
何と言うかこれは、秋津・明の為じゃなく、ノアの為に用意された食事だった。
そしてやっぱり、この朝食のメニューを当然だと感じてる僕が居て、……それは僕であって僕じゃなく、つまりは、そう、ノアなのだろう。
そんな風に考えると、それはとてもしっくりと来る。
勿論そんな事は、あり得ない。
あり得ないのだけれど、今日はもうあり得ない事ばっかりで、あり得ないと思うのに疲れてしまった。
だから素直に、感じるままに、今だけは受け入れよう。
もしかしたらまだ寝てるだけで、起きたら自室のベッドの上かも知れないし、ジタバタせずに僕は秋津・明であって、ノアでもあろう。
だってそんなのは、何時も通りだ。
朝食のプレートには箸もフォークもスプーンも付いていなかったが、僕は超能力でひょいとウィンナーソーセージを持ち上げ、口にポイと運ぶ。
ノアならそうすると感じたからだ。
と言うかそもそも、プレート自体を超能力で持ち上げていれば、わざわざあんまり衛生的じゃない机を使わなくても良かったんじゃ……。
モグモグと咀嚼し、ごくりと飲み下す。
割と美味い。
と言うかかなり美味い?
もしかしなくても、かなり高級品なんじゃないだろうか。
そんな事を考えながら食事を続けると、傍らに控えてその様子を見ていたカラミティ・クィーンが、僅かな安堵を表情に浮かべてた。
どうやら普段と様子の違う僕に違和感を感じ、何時も通り食事するのを見て安堵したと言う所か。
いまいち状況の掴めない今、あまり配下に疑いを持たれるのは良くないだろう。
態々配下の視線を気にしないといけないと言う事に、僕は何故か軽いイラ付きを覚えながらも、もう少しノアらしく振る舞おうと決める。
「そう言えば、指示が必要だって?」
食事を終え、ナプキンで口元を拭いた僕はカラミティ・クィーンに問う。
と言うか顔も洗いたいし歯も磨きたいし、朝風呂にも入りたいのだけれど、ジッと待ってた彼女を放置も出来ない。
洗顔所に風呂場の位置は、そうしたいと思うと自然と脳裏に浮かぶ。
他にも司令室はトイレや寝室も備えているらしい。
まぁ当然と言えば当然だ。
人が生活するには、それ等の設備は必須である。
ただ問題なのは僕がそれを知らなかった、もといゲームの中の司令室にはそんな物は備わってなかった事だけれども。
「はい、数時間前より本部や他支部との連絡、システム連結が途絶え、現在この支部は孤立状態となっています。情報入手の為、偵察ユニットの放出のご指示を戴きたく思います」
……えぇ。
ただでさえ良くわからない状況なのに、カラミティ・クィーンの口から出て来た言葉はかなり深刻な物だった。
つまり今の僕が自由に動かせるのは、造り立てで貧弱な設備しか揃っていない第七支部のみだと言うのだから。
勿論、上級戦闘員や怪人を引き連れて来てるし、ポイントや資源も潤沢に所有してるから、秘密基地をつくろうを始めたばかりの状態に比べたらずっと恵まれてる。
でも怪人数百体や万を数える戦闘員を抱えた、秘密結社スコルと言う組織のバックアップが充分に受けられなくなったと言うのは、非常に痛い出来事だ。
確かに少しでも今の状況を把握する為、偵察ユニットの派遣しての秘密基地周辺を把握は必須だろう。
だが偵察ユニットを派遣すれば、この基地が発見される可能性を僅かだが上昇させる。
故にカラミティ・クィーンは僕に判断を仰ぎに来たのだ。
……いやまぁそもそも、オートで支部を運営してくれる支部長なら兎も角、上級とは言え一怪人に過ぎないカラミティ・クィーンがそんな提案をして来る事は驚きだけれども。
彼女は本部付の腹心扱いだったからそれも当然だと思うのは、多分僕じゃなくてノアの思考か。
何にせよ、僕は決めなければならない。
状況が変化するまでこのまま亀の様にここに籠るか、それとも周囲を確認して手持ちの情報を増やすかを。
下手に動けば、最悪の場合この支部にもヒーローが雪崩れ込んで来るだろう。
そうなると手持ちの怪人だけでなく、僕も迎撃に出ねばならない。
何故かアバターを直接操作すると言う意味でなく、ノアと一心同体になってしまってる現状で、本部とのシステム連結がない状況で、……もし敗北したら僕は如何なってしまうのか。
とても怖かった。
けれども僕は、ノアは大首領だ。
ジッと指示を待つカラミティ・クィーンの前で、自分に従う配下の前で、無様な怯えは見せられない。
「わかった。偵察ユニットを放出しよう。但しその一体は僕が直接操作をするよ。周囲の状況は出来る限り確認したい」
意思を込め、強く言葉を放った僕に、カラミティ・クィーンは自らの豊かな胸に手を当て、深々と一礼をした。