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「ウチの……、負け、なんやね」
絞り出す様な、カリーナの声。
そこには随分と薄れたけれどまだ完全には消え切っていない怒りと憎しみ、それから怯えと、諦観を感じる。
そんな彼女に対しては、流石に僕も勝ち誇れない。
「ええよ、もう……。煮るなり焼くなり、好きにしぃや」
カリーナはそんな言葉を吐くけれど、その目にはジワリと涙が滲み、やがて嗚咽をあげて泣き出した。
何と言うか、こう、非常に絵面が悪い。
これではまるで、僕が泣かせているみたいだ。
……いやまぁ、否定のしようもなくその通りなのだけれど、誤解である。
カリーナは確か、元の世界では大学生だった筈。
大学の夏休みが長い事を自慢されたから、間違いない。
つまり年上なのだけれど、こんな風に泣かれてしまうと、まるで年下を相手してる気分になる。
彼女は恐らく、もう色々と限界だったのだろう。
弱気になると自分を保てないから、怒りと憎しみを燃やす事で己を奮い立たせていたのだ。
けれどもその怒りと憎しみを、僕が力で圧し折った。
そうしないと、話し合いにすらならないと判断したから。
「死にたくないよぅ……」
涙と共に零れ出た、怯えに満ちたカリーナの呟き。
八百年前、彼女は負ければ殺されてしまう立場に置かれ、そして結局は死ななかった物の、永い時を封印されてしまった。
カリーナはきっと、その時と同じ気持ちで僕との戦いに挑み、今は怯えているのだろう。
その気持ちはとてもわかる。
わかるのだけれど……、
「いや、別に殺さないよ?」
流石に知り合いにこうも怯えられると、僕としても少し凹む。
僕が戦ったのは、彼女のこの世界に対する怒りと憎しみを受け止め、落ち着かせる為だ。
命を奪う為じゃない。
そもそもの前提が間違っていて、
「PCに、PCを殺す機能ってないからね」
僕にカリーナを殺す事は不可能なのだ。
「う、嘘や。ウチはあの名前も知らん誰かを殺してもうたし、刺されて殺されそうになったし、ずっととじこめられたんよ」
驚きに涙も止まってしまったカリーナが、僕の言葉を否定する。
そう、彼女の心の傷にもなってる、この世界で勇者と呼ばれたプレイヤーの死。
それもまた単なる誤解だ。
これに関しては何度も調べて、確認もしたのだけれど、多分間違いはない。
僕が聖都ヴァリスの地下で占拠した基地に、聖女の使った光の杖は残されていたが、勇者が使ったとされる光の剣は残っていなかった。
もし仮にどこか別の場所に残っていたなら、或いは僕の脅威になるかも知れないと探したが、結局どこにも見付からなかった。
そこで伝承をより深く調べてみると、光の剣は勇者と共に消え去ったとされていた。
そりゃあヒーローの扱う武器はそのヒーローに帰属する物だから、死と共に失われてもおかしくはないのだけれど、だからって勇者の死体まで消えてしまう理由にはならない。
故に僕はこの現象をこう判断する。
勇者と呼ばれたヒーローは、同じ秘密基地をつくろうのプレイヤーであるカリーナに倒されたが故に、ゲーム通りの処置を受けて消え去ってしまったのだと。
「あまり負けた事がないと経験が無いかも知れないけれど、怪人が破壊されれば帰属する基地の再生槽に、帰属する基地が破壊されれば本部の再生槽に飛ぶ様に、PCが戦闘不能になると本部の司令室に飛ぶんだよ。一定期間が過ぎるか、ポイントを支払って再生しなきゃ指示すら出せないけれどね」
だから勇者と呼ばれたヒーローも、自身の本部に飛ばされてしまったのだろう。
そして、そう、僕が占拠した基地はこの世界に作られた支部であり、勇者と呼ばれたヒーローの本部は元の、秘密基地をつくろうのゲームの中に存在している。
彼はカリーナに戦闘不能にされた事で、元の世界に帰還したのだ。
……これが勇者がこの世界から消えてしまった理由である。
「因みに本部が破壊されてると、ログインサーバーに飛ばされて本部建設からやり直しになるよ。どちらにしても、元の世界に帰れるね」
それからカリーナが戦闘不能に追い込まれたにも拘らず元の世界に戻らずに封印されてしまったのは、止めを刺した聖女がこの世界の人間だったからだろう。
実際にこれまでの征服活動で、複数の魔法攻撃を浴びて戦闘不能になった機械型の下級怪人が、再生槽に転送されなかった事があるのだ。
幸いアキの修理で再稼働したけれど、あの時は少しヒヤリとさせられた。
一方、秘密基地をつくろうのシステムに属する存在からの破壊には、再生槽への転送がキチンと機能する事も確認している。
例えば先程の空中要塞の主砲攻撃に巻き込まれた下級怪人達は、全て再生槽に転送されてリストに名前が上がってた。
「だからカリーナ。僕は君を殺せない。僕に出来るのは、君を元の世界に帰らせる事だけだよ」
僕は彼女の長い長い悪夢を噛み砕いて飲み干す為に、この世界に呼ばれて来たのだ。
その役割は、今果たされる。




